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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-76話 忍び寄る女神の影3-口に蜜あり腹に剣あり-

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文化祭の装飾係のまとめ役でお疲れ気味の美沙みさを励ますため、永遠とわは美沙を自分の家に招いた。夕食を共にしていた中で美沙の目に止まったのは、『橘 千羽たちばな ちわ』の名前が刻まれたたくさんのトロフィーだった。

「すごい数のトロフィーね。さすが東京都の強化指定選手だわ」
「ぶーぶー文句言ってばっかだけど頑張ってるよ。それに、なんだかんだ楽しそうだしな」

永遠が顔を上げると美沙と目が合った。美沙は真剣な表情で永遠を見つめている。

「橘くん、遠足の時に『平沢走んないの?』って聞いたことを覚えてる?」
「ああ、もちろん……どうした、急に?」

美沙は少し躊躇ためらうように言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。

「実は私の兄も陸上をやっていて、推薦で大学に行ったんだけど……兄の大学の陸上部は全国から選りすぐりの選手が集められた強豪校でね。兄は周りについていくのに必死なあまりオーバーワークで故障して……挫折ざせつして陸上を辞めてしまったの。
その姿を見た時に、私は陸上を嫌いになりたくないって思ったわ。どうしたら陸上をずっと好きでいられるかしらって思った時に見つけたのがアナリストへの道だった」

美沙は淡々と話しているが、陸上で挫折した経験を持つ永遠には心にくるものがあった。

「平沢は強いな。兄貴のことがあって辛かっただろうに、陸上から離れずに選手を献身的に支えて……俺とは大違いだ」

自嘲じしょう気味につぶやく永遠に、美沙は首を横に振った。

「そんなことはないわ。でもね、私はいつの間にか、橘くんに兄の姿を重ねていたのかもしれないって……」

美沙はここまで言うと、意を決したようにこう切り出した。

「橘くんは今、陸上が嫌い?」
「俺は――……」

永遠の脳裏にはかつて陸上に打ち込んだ日々がよみがえったが、深呼吸をして改めて美沙に向き直った。

「ごめんね、答えづらいなら……」

美沙は心配そうな面持ちで、永遠の言葉を待っている。

「――俺は嫌いにはなってねぇよ。でも、怪我をしてなかったら、どうなっていただろうって思うことは、今でもたまにある」
「橘くんの怪我の原因、うわさでは聞いているわ……確か交通事故だって」

遠慮がちに言う美沙に対して、永遠はうなずいた。

「ああ……俺が信号のない横断歩道で、ほんの一瞬の油断で飛び出しちまって……車もそんなにスピードを出してなかったから、奇跡的に命に別状はなかったけどさ。手術後に初めて自分の足で立った時は、まるで自分のものじゃないみたいだったんだ。そこから足の感覚が全然戻らなくて……当時の俺は、周囲が失望するんじゃないかって想像して、毎日がしんどかった」

永遠は少しうつむき、遠い日の記憶を辿たどるように言葉を紡いだ。

「俺が怪我した直後から、千羽が陸上の大会で優勝し始めてさ。千羽からしてみたら、落ち込んでる俺と母親をなんとか喜ばせようとしてくれたんだと思う。その気持ちは痛ぇほど嬉しかったけど、同時に、俺はもうあの場所には戻れないんだって突きつけられているようで、グランドに行くのが尚更辛くなっちまって……。
何にも身が入らない時期が続いて、三年生に上がっていよいよ受験だってなった時に、眞白ましろが言ってくれたんだよ。『高校は俺と永遠としゅうの三人で一緒のところを受験しない?絶対楽しいから』って。
『陸上の事は受験が終わってから考えれば良い』って言ってくれて、本当に心が軽くなった。それから受験勉強を頑張って……陸上以外でも、こんなに一生懸命になれるんだなって、初めて知ったんだ。補欠合格だから本当にギリギリだったけどな」

話しながら当時のことを思い出して、永遠は思わず苦笑した。

一之瀬いちのせくんって中学は東櫻とうおう大学附属中学だったのに、どうして東櫻大学附属高校に行かなかったのか不思議だったんだけど、橘くんとの約束があったからなのね……橘くんは良い友達を持ったわね」

美沙は心底感心したように言った。

「あぁ、眞白がいなかったら今の俺はいねぇな……平沢、俺は平沢が思ってるよりずっと弱い人間だよ。陸上や受験で悩んでいる間、俺は自分のことしか見えていなかった」

そう言いつつ、永遠は一瞬顔をゆがめた。脳裏には、いつも一人で何かと戦っているような、柊の姿が浮かんでいた。

(両親の交通事故死に3年前の珠川河川敷爆破事件……俺より柊の方がずっと辛い思いをしていたはずだ……なのにあいつはずっと独りで戦ってた。そばにいながら柊を支えてやれなくて嫌になるな……でも)
そこで、永遠は改めて美沙のひとみを真っ直ぐ見据えた。

「平沢、俺は陸上を辞めたけど、後悔はしてねぇよ。俺には陸上しかないのにって絶望した時もあったけど、眞白のおかげで陸上が全てじゃないって思えたし、何とか腐らずにここまで来れた。これからは少しでも恩を返せたらなって思ってるよ」
「……陸上を辞めたことを後悔してないって聞けて良かったわ。これで一安心ね」

永遠のどこか吹っ切れたような表情を見て、美沙は安堵あんどしたように、そっと微笑んだ。

「平沢さ、前も言ったけどいつも俺の練習メニュー考えてくれてるじゃん。大変だったら良いからな?俺なんかより、後輩とか他の奴ら優先してもらった方が良いと思うし」
「それはダメよ!橘くんは私の推しなんだから!」
「もう陸上を辞めてるのにか……?」

永遠が意表を突かれたように問い返すと、美沙はますます顔を赤くして、俯いてしまった。

「初めて橘くんが走っている時を見た時、本当に楽しそうだったの。羽が生えてるみたいに走りが軽快で生き生きしてて、ゴールテープ切ったら笑顔が弾けて……見ているこっちが元気を貰えたのよ。それからずっと私は大会で見かける度に橘くんの走りや笑顔に力をもらってた。橘くんの笑顔を見てると元気になれるの!だから走っていなくても、橘くんが笑っていてくれたらそれで良いのよ!」

そう力説する美沙の勢いに、永遠は呆気あっけに取られた。

「なんだそれ、平沢は変なやつだな……」

永遠はくすくす笑いながら立ち上がった。

「ほら、食べ終わったら駅まで送って行くから」

食器を手に取り、流しへと向かう永遠の背中に、美沙はまだ少し赤みを残した頬を膨らませて言った。

「もう!全然分かってない!」

塾から帰宅した眞白は玄関で、眞白は父の怜士と鉢合わせた。玄関にはスーツケースが置かれており、スーツ姿でネクタイを緩めている。

「父さん……久しぶりですね」
「あぁ、出張から帰ったところでな」

眞白が「着替えて来ます」と言って自室に行くために階段を上がろうとすると、「眞白」と父に呼び止められた。

「……何ですか?」

振り返った眞白に、怜士は探るような視線を向けた。

「最近、学業の方はどうなんだ?」
「2学期が始まったばかりなので、次の試験は10月ですよ。もちろん学年1位を取るつもりです」
「《《あいつら》》とは相変わらずなのか?」
「永遠と柊のことですか?……交友関係に口を挟まれたくはないのですが……」

眞白の声にも、隠しきれない苛立いらだちがにじんだ。

「東櫻大学の記念祭で目にしただろう?あいつらが何者かお前は知っているのか?あいつらは――」
「父さんから2人について聞くことは一切ありません」

眞白の強い拒絶の言葉を聞くと、怜士は不敵に笑った。

「そうか……話したのか!」
「あの……勝手に話を進められても困るのですが」
「どうだ?最近、人に見えないものが見えることがないか?」
「見えないものが見えるって……父さんはそういうのを信じる人でしたっけ?」

唐突すぎる怜士の言葉に、眞白は露骨に困惑の色を浮かべた。

「信じるかどうかじゃない、あるのは事実だけだ」
「……疲れているので自室に戻って良いでしょうか」
「あぁ、呼び止めて悪かったな」
「では、失礼します」

眞白は階段を上がって自室に戻った。扉の音がするのを確認すると、怜士は堪えきれなくなったように笑い出した。

「そうか……はははっ!それで良い!ようやく私の目的に近づいて来ている……見ものだな!」

怜士は書斎に入ると、スマートフォンを取り出して電話をかけた。

「あぁ、私だが……頼みがある」




【次話】77話 忍び寄る女神の影4-口に蜜あり腹に剣あり-
4/11(金)22:00頃更新



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