【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-115話 魂の境界3-淵に臨みて網を結ぶ-
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柊は永遠が気を失っている間に現れた「試作品」について、澪に話したのと同様に重い口調で説明を始めた。
「つまり……お前は図らずも人間を殺したって言いたいのか?」
「そうよ……そして松任椛がいる以上、同じ局面が永遠やみんなにも降りかかる可能性がある。だから永遠がその場面に遭遇してしまった時どうしたいのか聞いておきたいの」
永遠は間を置かずに言い放った。
「――愚問だな」
「え?」
「他のやつは分からねぇけど、俺が柊と同じ状況に陥ったら、俺も浄化すことを選ぶ。”試作品”という怨霊は人々にとって脅威でしかない。新たな犠牲を生む前に殺すしかないだろう?」
「永遠ならもっと答えを出すのに苦しむと思ったわ」
「お前な、前世でどれだけ俺が手を汚して来たと思って――」
永遠はそこまで話して、はっとした顔で言葉を飲み込んだ。
「……炎駒の記憶を思い出したの?」
「いや……」
「そう……この話をした時に芝山さんに言われたの。『前世があるからと言って、死に慣れすぎた。お前は現世ではたった15歳なんだぞ』って。永遠は16歳だけど……私たちはこの言葉を胸に留めておかないといけないわ」
「……どうしてだよ?」
「五麟の力は精神に直結しているからよ。人の命を奪う痛みに麻痺して心が壊れれば、力は暴走して、永遠自身を食い潰してしまう……そうなる前に、人としての痛みを忘れないでほしいの」
柊の真っ直ぐな瞳に射抜かれ、永遠は小さく息を吐いた。
「なるほどな……分かった、善処する」
「永遠は前世で第二解放をしている可能性があるのよね?」
柊の言葉に、永遠は左腕の包帯を静かに解いた。手首に巻かれていた白い布が落ちると、そこには麒麟の痣が鮮やかに発現していた。
「で、これがなんだって?」
永遠は柊を心配させないよう、至極冷静に、日常の一部であるかのように振る舞った。
「前世で第二解放をしていても、橘永遠として契約している訳じゃない……だからまだ五麟の力ごと手放すことができるわ」
「今のこの状態で俺がその道を選ぶと思うか?」
「……そうね。さっきの永遠の言葉を借りるなら――『愚問』だったようね」
柊の自嘲気味な笑みに、永遠はやれやれと首を振った。
「柊は心配しすぎ。まずはゆっくり休めよ。他の話は今度聞くから」
「永遠の悩みはここで話すつもりはないようね?」
「柊だって、その脚のことをまだ話すつもりはないんだろ?お互い様じゃねぇか」
そう言って永遠は苦虫を噛んだような顔をする柊を見てくくくと笑った。
「……眞白も永遠も私のことを見透かして話すのやめてくれないかしら?」
「何年幼馴染やってると思ってるんだよ。あとはお前分かりやすくなったよ。心開いてくれてるんだな」
「さらっと恥ずかしいこと言わないで……!」
柊が頬を染めて顔を伏せるのを見て、永遠は少しだけ口角を上げた。
「私が話さないのは、永遠を信頼した上でタイミングを図っているだけよ。学校の裏山で伝えたこと……どんなことでも隠さないように『善処する』って言ったあの言葉、違えるつもりはないわ」
「大丈夫、ちゃんと分かってるって。……だから、俺が悩みを話さないのもただの見栄だと思ってくれ。話せる時が来たらちゃんと話すから」
永遠は少しだけ照れくさそうに息を吐き、真面目な顔に戻った。
「クロのこと、頼む。俺の悩みは自分で対処できるから心配すんな。この結界については……そうだな、この冊子のことを共有したってことにしとけ」
そう言って、永遠はトートバッグから一冊の冊子を取り出し、ベッドの脇に置いた。
「これは?」
「大石が文芸部で書いてた短編の小説が載ってる。俺も読んでみたけど、柊が読んだらまた違う論点出てくるかもだから読んでほしい」
「分かったわ」
柊の返事を確認すると、永遠は指を弾いて結界を解除した。
「美鶴さんと黛にクロのこと話つけてくる」
*
薄暗い階段を1階へと降り、永遠は執務室のドアを軽くノックした。
「はい」という落ち着いた声を確認してからドアを開けると、静寂に包まれた部屋の中、デスクで参考書を広げて受験勉強をしている璃玖と、手元の文献に静かに目を通している美鶴の姿があった。
永遠は手短に、クロという得体の知れない生き物を東雲医院――正確には柊の病室に預けたい旨を美鶴に切り出した。
「お話は分かりました。クロさんを柊さんの病室に同居させれば良いのですね」
美鶴は、さして驚く様子もなくポンと小さく掌を打って微笑んだ。
「ちょっと待って。美鶴サン、そのクロって奴は普通の人間にも視えるんでしょ? いくらなんでも、病室にそんな得体の知れない動物置いておいて大丈夫なの?」
たまらず、といった様子で璃玖がシャープペンシルを置いてツッコミを入れる。
「大丈夫ですよ。2階の病室のフロアに来るのなんて、本部の関係者しかいませんから」
「……無理言ってすいません」
「いいえ。柊さんはお怪我でベッドから動けませんし、璃玖さんや智大くんが来てくれるとはいえ、ずっと一人では滅入ってしまわないか心配だったんです。可愛い同居人がいてくだされば、少しは心も晴れるでしょう」
美鶴の穏やかで有無を言わさぬ肯定に、永遠は小さく息を撫で下ろした。
すると、デスクに肘をついた璃玖が、じっと永遠の顔を観察するように見つめてきた。
「……橘サンは、鷲尾サンが当分ここに来ないって踏んでるんだね?そうじゃなきゃ、角端には言わないっていう約束守れなくなるから連れて来ないでしょ」
「まぁ、俺は澪さんに言わないとしか言ってないから、偶然会った時は約束に含まれてないけどな」
「うわぁ、悪い顔してる」
璃玖はドン引いた顔で永遠を見つめた。
「それは冗談として……あれだけ柊から離れなかった澪さんが、今は全く顔を見せない。よほどのことだろうし……あの人の性格を考えたら、再びここに来始める前に、俺たちに何かしらの形で話を通すと思ってな」
永遠が淡々と推測を口にすると、璃玖はふっと口角を上げた。
「なんだよ」
「いや。本人は絶対嫌がると思うけど、その鋭い洞察力は本当に『炎駒』そのものだよね。それなのに、本人の記憶がないのが不思議だよ」
璃玖の言葉に、永遠の奥歯が微かに鳴る。無自覚な己の行動が、見知らぬ「前世の自分」と重なっていると言われるのは、気味の悪い感覚だった。
「……麒麟から見た炎駒ってのは、どんな奴だったんだよ」
「炎駒は本当に天才で、太陽の覡への忠誠心が誰よりも厚かった。悪く言えば、太陽の覡のためなら手段を選ばなかったし、どんなに冷酷なことでも『最適解』を迷わず選べる人間だった。主が傍に置きたがるのも当然だよ」
「……そうか」
一切の感情を挟まない、機械のように冷徹な従者。
それが自分の前世の姿だと言われても、永遠にはやはりピンとこなかった。だが、胸の奥底で脈打つ得体の知れない衝動が、その言葉を完全に否定することを許さない。
「橘サンは、俺が持っている情報が知りたいの?」
沈黙を破った璃玖の声は、先ほどまでの飄々としたものとは違い、どこか試すような響きを帯びていた。
「確かに、一緒にいた時間が長いのは麒麟だから、俺が持っている前世の炎駒に関する情報は渡すことはできるよ。でも、あえて訊いてこないのは、少なからず心が拒んでいるからでしょ」
「それは……」
永遠は言葉を失い、喉の奥が微かにひきつるのを感じた。図星を突かれた衝撃に、拳が自然と固くなる。
だが、璃玖はふっと表情を和らげ、ペンを指先でくるりと回した。
「まぁ、俺は心配してないよ」
「……?」
「言動が炎駒に寄っていったとしても、今の橘サンには、前世の彼が持っていなかったものがあるからね」
璃玖は再びペンを取り、ノートの余白にさらさらと数式を書き込み始めた。その無造作な日常の動作が、かえって永遠の焦燥を際立たせる。
「なんだよ……それって」
「俺が教えたら意味がないでしょ。自分で考えなよ」
璃玖は不敵に笑い、再び視線を参考書へと戻した。
「お前な……。まあ良いや。今日のところは帰らせてもらいます」
「俺もまもなく入江サンと交代だから。またね」
永遠が短く一礼して執務室を後にする。
人気のない薄暗い病院の裏口へ向かいながら、永遠は璃玖の投げかけた言葉を頭の中で反芻していた。
(俺が持っていて、炎駒が持っていなかったもの……?)
病院の裏口を一歩出ると、昼間の残暑が嘘のように、湿り気を帯びた涼しい夜風が頬を撫でた。
街灯の下では、どこからか入り込んだ秋の虫が、その短い命を惜しむように微かな声を響かせている。
――ブー……ブー……。
東雲医院の裏手、静まり返った駐車場に無機質な振動が響く。永遠は足を止め、ポケットからスマートフォンを取り出した。画面に浮かび上がった『本部長』の文字に、わずかに眉根を寄せる。
「本部長から……?」
液晶の青白い光が、永遠の瞳を冷ややかに照らし出す。その眼差しは、無自覚なままに「橘 永遠」の柔らかさを削ぎ落とし、鋭い「炎駒」のそれへと変貌していた。
「もしもし、橘ですが……」
『橘か? 急にすまない。今大丈夫か?』
永遠は病院の冷たい外壁に軽く背中を預け直し、周囲に人影がないことを鋭い視線で確認した。
「はい、大丈夫ですが……」
『実は明日から一之瀬眞白が登校することになった。父親である一之瀬 怜士から正式に依頼があって、日中の校内での警護を橘に頼みたい』
不意に出たその名前に、永遠は微かに目を細めた。秋の気配を含んだ涼しい夜風が、彼の前髪を静かに揺らしていく。
「俺……ですか?」
『同じクラスだから行動を一緒にしやすいだろう? まだ本調子が戻っていないのは把握しているから有事の際の一次対応だと思ってもらえれば良い。ちなみに放課後から帰宅までは間宮が対応するから、橘は校門で間宮と交代するところまでで大丈夫だ』
本部長の淡々とした業務的な指示を聞きながら、永遠の脳内ではすでに明日の校内での動線が自動的に組み上げられていく。
「……了解っす。あの服装って制服で良いですか?」
アスファルトをスニーカーの爪先で軽く小突くようにしながら問い返す声には、すでに「高校生」としての響きは薄れ、任務の段取りを確認する「前衛」としての冷たさが混じっていた。
『あぁ、さすがに目立ち過ぎるからな。駒葉高校の制服で任務に当たることは了承を得ている。車で送迎をするとのことだから、朝は校門で待機、帰りは校門で間宮と対面で引き継ぎするところまで頼む』
「分かりました」
淀みのない返事とともに、指先で通話を切る。暗転した画面に映る自分の顔は、自分でも驚くほど冷ややかに見えた。
永遠は重い溜息を吐き出し、月が朧げに浮かぶ夜空を仰ぐ。深く吐き出した熱が、九月末の夜気に溶けて消えた。
(想定はしてたけど面倒なことになった……この状況で『今まで通り接して』って無理あんだろ……)
【次話】116話 魂の境界4-淵に臨みて網を結ぶ-
2026年5月16日(土) 21:00頃更新
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