【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-116話 魂の境界4-淵に臨みて網を結ぶ-
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翌朝の駒葉高校は、昨日までと同じ眩しい朝陽と喧騒に包まれていた。
だが、校門の傍らに立つ永遠の網膜に映るのは、友人たちの笑顔ではない。登校する生徒の波が生み出す無数の「死角」と、校舎の屋上から自分たちを捉える仮想の「射線」だった。
ポケットの中の石突を握り込み、脳内で幾度もシミュレーションを繰り返す。
(……異常なし。結界の反応も安定している)
その静かな緊張を切り裂くように、重厚なエンジン音を響かせた一台の黒塗りのセダンが校門前へ滑り込んできた。非日常的な光景に登校中の生徒たちが次々と足を止め、ざわめきが波紋のように広がる。
ドアが開くと同時に、永遠は吸い寄せられるように車輪のすぐ側へ歩み寄った。
「……永遠、おはよう」
降りてきた眞白の顔には、周囲の視線を浴びる申し訳なさと、久しぶりの登校への緊張が混じっている。
「……はよ」
短く応じ、永遠はあえて眞白と視線を合わせない。周囲の野次馬じみた視線を弾き飛ばすように、鋭い眼光を四方に走らせる。その隙のない立ち振る舞いは、昨日までの「クラスメイトの橘 永遠」ではなく、明確に牙を隠した「番犬」のそれだった。
「派手な登場になっちゃってごめんね! 俺はもっと手前で降りて来たかったんだけど」
「……まあ、その方が安全だからだろ」
永遠は淡々と、感情を交えずに答えた。
(……駒葉高校を覆う広域結界は機能している。だが、実体を持つ刺客が混じっていればこの限りじゃねぇ)
「眞白様、ではまた16時30分頃にお迎えに上がります」
「うん!ありがとう!よろしくね!」
眞白は周囲の目を気にしながら巻き気味に伝えて、足早に歩き出した。一刻も早くこの場から立ち去りたいらしい。
「永遠、公園以来だね!元気だった?」
並んで歩きながら、眞白が努めて明るく声をかける。
「……おかげさまでな」
「俺は怪我もしてないし、永遠よりよっぽど元気だったと思うんだけどさ、父さんがなかなか登校を許してくれなくて……」
「まぁ、あれだけ騒ぎになれば心配もするだろ。現場にいた訳だしな……。で、父親は何か言ってたか?」
「いや? 特には……?」
「そうか……」
(眞白の父親は、まだ眞白が前世の関係者であることは悟っていないのか……?)
思案を巡らせていると、前を歩いていた眞白がピタリと足を止めた。
「いつもだったら『行くぞ』って言って先を歩いて行っちゃうのに、どうしたの?」
「……?それじゃお前を守りにくいだろ?」
当然のことのように永遠が返すと、眞白はきょとんとした後、小さくため息をついた。
「そういうこと……?じゃあ俺が先歩けば良いのね?」
眞白が再び歩き出すと、永遠はその斜め後ろ、背後の死角を完全にカバーする位置にピタリとついた。
*
朝の陽光が差し込む1年3組の教室。眞白が姿を見せると、その復帰を待ちわびていたクラスメイトたちが、弾かれたように次々と彼の机を囲んだ。
「一之瀬おはよう!」
「一之瀬くん!良かった!元気になって!」
「みんな……大げさだよ。でもありがとう」
眞白は照れくさそうに頭を掻き、口々にかけられる温かい言葉にたじたじになりつつも丁寧にお礼を言っている。
永遠はその和やかな輪には加わらず、数歩離れた位置から教室全体を俯瞰していた。背中を壁に預け、談笑する生徒たちの僅かな視線の動きや、廊下を歩く足音にまで神経を研ぎ澄ませて周囲の警戒を続けている。
「橘もおはよう。なんかピリピリしてるね……どうしたの?」
ふいに、クラスメイトの井上が声をかけてきた。永遠は跳ね上がりそうになった警戒心を瞬時にねじ伏せ、振り返りざまに「いつもの橘 永遠」の仮面を被る。
「あんなことがあった後、初めて眞白が出てきたんだから、幼馴染としてはさすがに心配だろ?眞白の親父にもプレッシャーかけられるしさ……」
わざとらしく肩をすくめてため息をついてみせると、井上は同情するように眉を下げた。
「うわ……それは大変だね」
「眞白の親父は過保護だからな。ね、眞白ちゃん?」
永遠は人垣の向こうにいる眞白に向かって、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべながらわざとおちょくるように声を張った。
「永遠、そういう風にいうのはやめて。みんな気を遣うでしょ」
眞白がむっとした顔で言い返してくる。その反応に、永遠はさらに調子に乗った振りを重ねた。
「俺がちゃんとボディガードしてやるから安心しろって。俺のバイト力を見せつけてやるぜ」
永遠はニヤニヤしながら右腕に力こぶを作って叩いた。周囲の生徒から軽い笑い声が漏れる。その光景は、どこからどう見ても『心配性で少しお調子者の幼馴染』そのものだった。
――キーンコーンカーンコーン……。
「あ、予鈴だ。席につかないと」
それぞれが自分の席に戻っていく。永遠も教室後方の自分の席についた。
「橘くん、大丈夫?」
永遠の隣の席の平沢 美沙が心配そうに見つめている。
「大丈夫って何が?」
「橘くん、すごい気を張っているから心配で...」
「心配してくれてありがとな」
永遠は肯定も否定もせず、美沙にいつものような軽い笑みを向けてお礼を言った。
前を向き、スマートフォンに集中している振りをしながら、視線だけを動かして前方の眞白を捉える。眞白は後ろの席の井上と談笑をしていた。
(……俺が『橘 永遠』の皮を被っていることに、井上と平沢は気づいているのか……俺もまだまだ甘いな)
永遠は小さく息を吐き、口元から愛想笑いを完全に消し去った。
周囲で交わされるクラスメイトたちの他愛のない笑い声が、ひどく遠くの世界の音のように聞こえる。永遠は机の下で、誰にも気づかれないようにそっと印の形に指を組み、教室内の気配を探り続けた。
*
昼休みになると眞白と永遠は、逃げ場のない教室の喧騒を避けるように校舎裏の山へ向かった。中腹にある古びたベンチ――かつて三人で不器用に言葉を交わし、永遠が眞白に前世の秘密を打ち明けた思い出の場所を見つけると、眞白はどっと疲れたように深いため息をついて腰を下ろした。
「……はぁ。永遠も座って。心配だったら結界でも何でもやって良いからさ」
眞白がそう言いたくなるのも無理はなかった。朝からずっとこの調子なのだ。
移動教室も、トイレに行く時でさえ、永遠は気配を消して背後をついてくる。クラスメイトが話しかけてきても会話の輪に入らず、ただ鋭い視線で周囲を監視し続けている。そして声をかけられた瞬間だけ、仮面を被ったようにお調子者の「橘 永遠」を演じる。
その痛々しい姿は、眞白の目には滑稽な道化のように映っていた。
「――寂然封界」
眞白に促され、永遠は滑らかな動作で印を組むと、不可視のドーム型結界が二人を覆った。外界の音がふっと途絶えるのを確認してから、ようやく永遠もベンチの端に腰掛けた。
「本当に護衛だね。前世で身につけたの?」
眞白が苦笑いしながら尋ねる。
「は?俺は任務を遂行しようとしてるだけで……」
「従者としての立ち振る舞いは慣れてるもんね?」
「いや、だから記憶ねえって……。なんで苛立ってるんだよ」
永遠が不機嫌そうに眉を顰めると、眞白は強い口調で返した。
「俺は『いつも通りに接して』って言ったでしょ。俺は永遠の主じゃないよ。俺は一之瀬 眞白なのに」
その言葉に、永遠は押し黙った。結界の外で、風が木の葉を揺らす音だけが微かに響く。
「……むしろ俺が、橘 永遠じゃねぇのかもな」
永遠は自嘲気味に呟いた。
「いるかも知れねぇって思っただけでこうなんだから。記憶も思い出しちゃいねぇのに、勝手に身体が動く。本当におかしいよな」
「永遠、どうしたの……?」
「さあな」
永遠は、遮断された空を見上げた。
「でも、この状況で何も変わらない方が不思議だろ」
「その『変わったこと』を、俺に言うつもりはないんだね……?」
「お前の覚悟が決まってないから。まあでも、一番覚悟が決まってないのは俺かもな……」
「え?」
永遠の瞳には、かつてないほどの迷いと、冷徹な決意が混在していた。
かつて柊が、痛みを堪えるような表情で語っていた言葉が、呪いのように脳裏に蘇る。
――『私たちは意志とは関係なく、”あの方”に縛られる』
――『だからこそ……一秒でも長く、平穏な時を過ごしてほしかった』
「……今なら、あの時の柊の言葉が身に染みて分かるよ」
「え? 永遠、なんか言った?」
「……いや、こっちの話だ」
永遠は誤魔化すように、喉の奥から絞り出すように乾いた笑いを漏らした。
「漠然と……主が目の前に現れたら立場が変わるって話かと思ってたけど、そうじゃない。
自分が太陽の覡の従者だと自覚した瞬間から、世界の見え方も思考も……『自分』という存在さえ、別の何かに書き換えられていくんだな」
透明な防壁の向こう側で、音もなく木の葉が舞い落ちる。外界から完全に隔離された空間で、彼の孤独だけが色濃く浮き彫りになっていた。
「永遠は今、自分を何だと思ってるの?」
「少なくとも、駒葉高校一年の橘 永遠だって自覚は薄いな。……橘 永遠という人間の皮を被った、得体の知れない『何か』が中身に詰まってる感覚に近い」
指先を見つめれば、自分の意志とは無関係に主を守ろうとする獣の気配が、皮膚の下で脈打っているような気がした。
「じゃあ、永遠にとって――俺と柊はどうでもいい存在になったの?」
「そんな訳ねぇだろ――!」
強く握りしめた永遠の拳が、微かに震えている。
その様子を見た眞白は拍子抜けしたように、だが心底安心したようにふっと微笑んだ。
「なんだ……じゃあ大丈夫だよ」
「大丈夫って何が――」
「”君”が何者であっても、俺と柊の大事な幼馴染であることには変わりない。中身が誰だろうと、俺は信じるよ」
「……そんな簡単に言うなよ……。あ」
反論しようとして、永遠はハッと息を呑み、言葉を失った。
(……そうだ。眞白だって、同じじゃねぇか)
前世の記憶と力に苛まれて「自分」を失いそうな感覚。自分と同じように、あるいは自分以上に、得体の知れない宿命に呑み込まれる恐怖と戦っているのは、目の前の少年のはずだ。
永遠は、真っ直ぐに見つめてくる眞白の澄んだ瞳から、逃げるように目を逸らした。
「……詳しくは言えねぇけど。お前が前世の主であることは、もうほぼ確定なんだよ」
永遠は一度深く息を吐き、熱くなった感情を無理やり押し込める。
「だから眞白だけじゃなくて俺も、覚悟を決めないと前に進めねぇんだよ。立ち振る舞いも含めてな」
その時、遠くで現実へと引き戻す予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「……戻るぞ」
永遠が指を弾くと、二人を包んでいた結界は音もなく霧散した。
ふっと外界の喧騒と風の音が流れ込んでくる。それと同時に、永遠はわずかに緩んでいた表情を完全に削ぎ落とし、再び感情を消した「護衛」の顔へと戻った。
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【あとがき】
116話、いかがだったでしょうか。
今回、二人が密談をした校舎裏のベンチ。
実はここ、5話で柊が「善処する」という言葉を覚え、56話で永遠が眞白に「前世の秘密を打ち明ける」という覚悟を決めた、彼らにとっての大切な場所です。
その思い出の場所で、永遠の脳裏に蘇ったのは、54話での柊の言葉でした。
『私たちは意志とは関係なく、”あの方”に縛られる』
『だからこそ……一秒でも長く、平穏な時を過ごしてほしかった』
当時は柊の「不器用な優しさ」として聞いていたあの言葉が、自分が『従者』として書き換えられていく恐怖に直面した今の永遠には、まるで「呪い」のように重く響いています。
永遠の葛藤を踏まえた上で、ぜひ過去のエピソード(5話、54話、56話)を読み返してみてください。彼らの背負う宿命の重さや、眞白の「中身が誰でも信じる」という言葉の眩しさが、また違って見えてくるかもしれません。次回もぜひお楽しみに!
【次話】117話 魂の境界5-淵に臨みて網を結ぶ-
2026年5月23日(土) 21:00頃更新
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