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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-128話 因果の濁流5-死中に活を求める-

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秋晴れの穏やかな空気が流れていた慶杏けいきょう大学のキャンパスは、たった一人の男の出現によって、凍りつくような死地へと変貌した。

『可愛い弟を、自らの手で殺すためだよ』

兄である鷲尾わしのお 兼路かねみちのその残酷な宣告は、千年の罪悪感を乗り越え、ようやく未来へ歩み出そうとしていたみおの希望を容赦なく踏みにじろうとしていた。
休日のキャンパスに不吉な死の匂いが立ち込める中、その絶望的な光景を物陰から目の当たりにしていた永遠とわの心臓は、警鐘のように激しく鳴り響いていた。

「鷲尾 兼路……?!どうして……?!」

永遠とわは広場の様子から一瞬も目を離さずに、震える指ですぐさま入江いりえに電話を掛けた。

「入江さん、たちばなです。慶杏大学内に鷲尾 兼路が現れました。澪さんと冴木さえきさんが対峙する構図になってます」

電話の向こうで、入江が息を呑む気配がした。

『……マジか。まだクロくんと和解できてない?』
「はい、ちょうど声を掛けようとしていた矢先で……」

最悪のタイミングでの敵の強襲に、永遠は悔しげに奥歯を噛み締める。

璃玖りくくんは今、別のところで邪霊の対処にあたっているし、ときくんを向かわせても到着まで時間がかかるな』

入江の冷静な、しかし余裕のない声色に、永遠は焦りを募らせて縋るように問い詰めた。

「転移術は使えないんですか?」
『めちゃくちゃエネルギーを使う上に、転移させる対象が目の前にいないと駄目なんだよ。鴇くんを俺のところに寄こさせるくらいなら直接向かわせた方が早い。あ、でも鴇くんを向かわせるともれなく一之瀬いちのせくんも現場に連れていくことになっちゃうな……しゅうちゃんを転移させる訳にいかないし……相手が兼路だと俺が行ってもね……』

電話越しに、手駒の少なさと状況の悪さに深く悩む入江の唸り声が聞こえる。
一刻を争う死地において、あまりにも悠長なその独り言に、永遠は焦燥感から思わず声を荒らげた。

「入江さん、全然使えねぇじゃん……」

思わず口を突いて出た身も蓋もないツッコミに、電話の向こうで入江が情けない声を上げる。

『橘くん! そんなこと言わないで!? 悲しくなるから!』
「……こっちで何とかするしかないってことですね?」

ふざけたやり取りを切り捨てるように、永遠の声色からスッと温度が消え、前衛としての覚悟が宿る。

『こちらでも何とか手を考えてみる。それまで持ちこたえてほしい』
「分かりました。やってみます……!」

永遠は短く応え、通話を切った。
スマートフォンをポケットにねじ込むと、迷いのない、腹を括ったような鋭い眼差しで真っ直ぐに前を向く。

「クロ、お前行けるか?」
「ええっ、僕一人じゃ無理だよ! 契約者である澪が『第二解放だいにかいほう』を発動してくれないと……!」
「お前も手札として使えねぇのか……」
「しょうがないでしょ! 僕と澪が仲直りする前に敵が来ちゃったんだから!」
「しー! 静かに!」

クロの口を塞ぎ、そっと視線を戻す。
秋めいた涼風が吹き抜けるキャンパスの片隅で、澪と兼路の視線が激しくぶつかり合っていた。
一触即発の、ヒリつくような膠着状態が続いている。

「兄さんが殺しに来るなら駒葉こまば高校の文化祭かと思っていましたが、結局いらっしゃいませんでしたね。何か予定でも……?」
「ああ。五大神官一族の人間に、わざと予定を入れられて行けなかったんだよ。本当に良い迷惑だ」

兼路は仕立ての良いスーツ姿で、まるで世間話でもするかのように優雅に微笑んだ。

「文化祭の方が、みんなに惜しまれながら死ねたのに。勿体なかったね」
「お気遣いなく。俺は当分死ぬつもりはないので」

澪はそう言い捨てると、首に下げている水晶に手をかけた。
淡い光と共に、その手の中に一振りの刀が顕現する。

「古の水の力よ、我、角端かくたんと共に闘わん!」

澪が言霊を唱えると同時に、その両瞳が深く透き通った蒼色――『藍眼あいがん』へと染まり上がった。

「それが澪の五麟ごりんの力なのか。初めて見たよ。東櫻とうおう大学の記念祭の時に駒の一人から報告は受けていたけれど、実際に見た方がより美しいね」
「……一人取り逃がしていたとは。俺もまだまだ甘いですね」
「今生の別れの時だというのに、澪は釣れないな。仕方ない、最後に少し遊ぼうか。澪の能力も見たいしね」

兼路はスーツの内ポケットから、淀んだ気配を放つ札を二枚取り出した。

「陰陰滅滅」

兼路が低く言霊を唱えると、空間がぐにゃりと歪み、どす黒い霊が二体出現した。
以前、体育祭で目にしたあの悍ましい生霊だった。

「まずい……! ここで暴れると校内の人間に露見する……! 一結杳然いっけつようぜん!」

冴木が咄嗟に印を結ぶ。
瞬時に透明なドーム状の結界が展開され、生霊の姿を周囲の学生たちの目から完全に隔離した。

「冴木さん! ありがとうございます!」
「澪、お礼を言ってる場合じゃないよ?」

兼路の残酷な合図と共に、二体の生霊が澪に向かって急襲した。
重力を無視して空中を自在に飛び回り、死角から波状攻撃を仕掛けてくる生霊たち。
澪はその変則的な気配を『藍眼』の瞳術で鋭く読み取り、手にした刀で冷静にいなし続ける。

――チリーン。

柳緑花紅りゅうりょくかこう!」

涼やかな神楽鈴の音と共に冴木が叫ぶと、地面から一斉に猛々しい草木が飛び出し、澪を庇うようにして生霊の動きを一時的に封じ込めた。

「冴木さん、ありがとうございます!」
「僕のことはいいから、前を見て!」

しかし、強力な幻術を操る藍眼は、起動しているだけでも身体への負担が大きい。
その上、広域を立体的に使ってくる敵に対し、地上戦を強いられる澪は明らかに相性が悪かった。
刃で弾くたびに腕に重い衝撃が走り、瞳術の消耗も相まって、徐々に体幹のバランスが崩れていく。

「くっ……!」

足元の砂利が滑り、思わず澪が膝をついてしまった瞬間。
隙を見逃さず、1体の生霊が澪の首筋を狙って一直線に突っ込んでいく――。

「澪くん!!!」
「古の火の力よ、我、炎駒えんくと共に戦わん!――朱槍しゅそう!!」

猛烈な熱波と共に、永遠が澪と生霊の間に割って入った。

「橘くん…………!!」
大火高楼たいかこうろう!!」

永遠が槍を地に突き立てると、足元から天に向かって巨大な火の柱が吹き上がった。
激突しそうになった生霊は、炎の壁に恐れをなしたようにくるりと方角を変え、直撃を間一髪で回避する。

「橘さん?! どうしてここに……?!」
「説明してる時間はありません……! とにかくアイツらを止めねぇと……!」

永遠の横顔には、ただ前衛としての役割を完遂しようとするストイックな決意だけが滲んでいた。

「おや? 久しぶりですね、炎駒。お元気でしたか?」
「……お陰様でな!」
「体育祭では戦意喪失で遊べませんでしたからね。この時を楽しみにしていましたよ」
「ホント、よく言うよな……!」

永遠は柄を握る手に力を込め、生気を両足に集中させた。

紅蓮昇天ぐれんしょうてん――!!」

両足から爆ぜた炎の渦が推進力となり、永遠の身体を空高く舞い上がらせた。
生霊と同じ高度に達した瞬間、重い朱槍を上段に構える。

兵火槍攘へいかそうじょう!」

永遠が全身のバネを使って朱槍を振り下ろすと、圧縮された巨大な炎塊が生霊1体に向かって射出された。
逃げ場を失った生霊は炎塊に呑み込まれ、そのままグラウンドへと叩き落とされる。

――ドゴン!!
激しい衝撃音と共にグラウンドに地割れが走り、もうもうと土煙が舞い上がる。
直撃を受けた生霊はダメージが深く、すぐには起き上がれない。

松柏之操しょうはくのみさお!」

すかさず冴木が神楽鈴を振り抜くと、地割れの隙間から強靭な常緑樹の太い根がうねりを発して飛び出した。
身動きの取れない生霊の四肢へと容赦なく蔦が絡みつき、グラウンドの底へと固く縫い留めていく。

「冴木さん、ありがとうございます!」
「時間は稼げましたかね……?」

空中から着地した永遠が、なんとか前線へと合流する。

「橘さんも……ありがとうございます……! 大丈夫ですか……?!」
「空なんて飛んだから消耗が……そもそも朱槍は至近距離型の武器っすから……」

永遠は着地の衝撃で軋む脚を堪えながら、肩を激しく上下させて息を吐いた。
無理な空中戦の反動は、確実に彼の体力を削り取っている。

「――危ない!」

澪が叫んだ視線の先。
無傷のもう1体の生霊が上空に滞空しており、彼らの頭上からいくつもの高密度な光の玉を撃ち落としてきた。

――ドゴゴゴゴゴン!
連続する爆発音が鼓膜を揺らし、粉塵で辺りの視界が完全に奪われた。

「澪くん! 橘くん!」

冴木が焦燥に駆られながら二人の姿を探していると、土煙の中から2つの影がゆっくりと縦に伸びた。

「痛ってぇ……さすがに全部はいなせませんでしたね……澪さん大丈夫っすか……?」
「当たりどころが少々悪かったようです……左足が……」

永遠が澪の足元へ視線を移すと、ふくらはぎが鋭く撃ち抜かれており、ズボンの生地を濡らして鮮血がとめどなく溢れ出していた。

「全然大丈夫じゃないじゃないっすか……! その足じゃ次の攻撃は躱せない……!」
「もう遊びは終わりなのかい? 生霊1体を攻略したところまでは楽しかったのに」

血を流す弟の姿を見ても、兼路はひどくつまらなそうにため息をついた。

その冷酷な言葉を受けて。
澪は苦痛に顔を歪めるどころか、憑き物が落ちたような静かな笑みを浮かべて立ち上がった。
傷ついた左足を引きずりながらも、その背筋は凛と伸びている。

「ふふ……恥ずかしい話ですが……俺は今、ようやく息ができている気がします。前世でも現世でも、ずっと息苦しかった。自分の運命を呪いのろい、自分自身の力を呪い、こうあらねばいけないと自分を縛り付けていた。でも、そうじゃなかった。俺は今、自分のために生きています」

澪の言葉には、かつてのような迷いも、自己犠牲の悲壮感もなかった。

「俺はみんなを守りたい。自分に笑顔を向けてくれる人たちと、自分に言葉をくれる人たちと、自分に生きる力をくれた人たちと共に歩むために。俺には帰りたいところがあるんですよ、兄さん。だから、こんなところで死ねません。俺はみんなと生きるために戦います」

その強い意志が、張り詰めた空気を震わせた直後だった。
――ぴょん。
物陰に潜んでいた小さな黒い影が、弾かれたように澪の前に飛び出した。



【次話】129話 因果の濁流6-死中に活を求める-
2026年8月15日(土) 21:00頃更新


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