【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-127話 因果の濁流4 -死中に活を求める-
【前話】 【最初から】 【目次】 【第二章番外編】 【第三章番外編】【第四章番外編】
志望校である慶杏大学のキャンパスで、互いの凄惨な前世と痛切な後悔を打ち明け合った冴木と澪。
千年の時を超えて背負い続けてきた澪の深い罪悪感は、未来を真っ直ぐに見据える冴木の言葉によって、確かな救いを得ていた。
過去の因縁から解放されたかのように、秋晴れの穏やかな風が二人の間を吹き抜ける。
本来の目的である『大学の下見』という現世の穏やかな時間へと意識が戻った時、澪はふと何かを思い出したように顔を上げた。
「冴木さん……本当は、進路はもう固めてましたよね?」
澪の鋭い指摘に、冴木は少し驚いたように目を丸くした。
「……どうしてそう思うんだい?」
「法学部に進むにしては、リビングで勉強されていた際に積まれていた参考書は理数系ばかりでしたよ。いつ進路変更を?」
冴木は降参したように両手を軽く挙げ、ふっと相好を崩した。
「駒高のオープンキャンパスで邪霊と対峙した時に、前世の最後の日の記憶を少し思い出したんだ……それは、あの『政変の日』の記憶だった」
冴木はふっと視線を落とし、千年前の記憶の断片を手繰り寄せるように目を細めた。
「それまでは『あの日』の出来事は全く思い出せなかったけど、僕はあの日、怨霊に関連した研究の重要事項を太陽の覡に伝えようとしていた……」
「研究の重要事項……ですか?」
澪の言葉に、冴木は静かに頷いた。
「珍しく急いでいたと思う。書面も走り書きで、一刻も早く伝えなければと焦っていた……何かを掴んでいたんだ。でも、襲撃にあって伝えることができないまま死んだ……」
かつての無念を噛み締めるように、彼の声に微かな悔しさが滲む。
「それが何だったのか思い出せない……。だから、現世でその研究の続きをしようと思ったんだ」
冴木は、見えない真実を掴み取ろうとするかのように自らの手のひらを静かに見つめた。その瞳には、かつての『聳弧』としての純粋な熱が微かに灯っている。
「そうだったんですね……」
千年の時を越えてもなお途絶えない冴木の執念に、澪は深い感銘を受けたように短く息を吐いた。
「でも、今日は自分の志望校のことが知れて、良い機会になったよ。より入学したい気持ちが強くなった。ありがとう」
冴木は顔を上げ、秋晴れの空の下で、年相応の屈託のない笑顔を澪に向けた。
「そんな……お礼をいうのは俺の方です……」
澪は姿勢を正し、先ほどまでの穏やかな空気を引き締めるように、絞り出すように言葉を継いだ。
「……冴木さん、一つだけお願いがあります。この『介錯』のことだけは、絶対に柊さんには言わないでください」
澪はすがるような、それでいて決して譲れないという強固な眼差しで、冴木を真っ直ぐに見つめた。
「澪くん……それは、なぜだい?」
その悲痛な響きに、冴木は慎重に問い返す。
「あの人は、俺を守るために、誇りを持って一人で死んだと思い込んでいます。……俺の手で殺されたなんて知ったら、あの人の気高い自己犠牲の誇りを、俺が傷つけることになるでしょう。それだけは……絶対に嫌なんです」
澪の声は微かに震えていた。自分が永遠に憎まれる悪者になってでも、柊の尊厳だけは守り抜こうとする澪の哀しい自己犠牲に、冴木は胸を突かれる。
「…………」
かけるべき言葉を見つけられない冴木の前で、澪は痛みを堪えるように伏し目がちに笑うと、ポツリポツリと隠し続けてきた秘密をこぼした。
「……柊さんは今でも満月の夜は眠れません。前世のあの日、俺が立ち会ってしまったことも知らずに、一人で死の恐怖と戦っています。……柊さんの不眠を治せるのは、世界で俺だけなんです。だから、いつか真実を話して許されるまでは、俺が柊さんと一緒に夜を明かしているんです」
誰にも言えない千年の罪悪感と、果てしない愛情。それをたった一人で抱え込んできた不器用な背中に寄り添うように――。
ベンチで俯いたままの澪の頭を、冴木は黙って、ぽんと優しく撫でた。
その温かなやり取りを、永遠とクロは建物の影からじっと見守っていた。
「……二人とも、色んな思いを抱えてたんだな……。なのに、あんなに強くて格好良いな。な、クロ」
クロはトートバッグの横で、小さく蹲っている。
「角端が抱えていた気持ち、僕知らなかった……。酷いこと言っちゃった……」
「守護獣だったら覚醒前でも記憶や感情が共有されるんじゃないのか?」
永遠の言葉に、クロは力なく首を振った。
「憑依型なら、五麟として覚醒したところから自我が芽生えているから知ってるよ。でも、随獣型は本当に第二解放をした時からしか記憶がないんだ。澪と離れている期間のことは分からない。あくまで僕がこの目で見た記憶だけなんだ」
「随獣型って厄介なんだな……」
「厄介とか言わないで!」
クロが鼻を鳴らして抗議する。しかし、その声はひどく湿り気を帯びていた。
「一緒に生きていた時間はわずかだったとは言え、魂は千年も一緒にいたんだよ? なんで僕たちはこんなにすれ違っちゃったんだろう」
クロは短い前足をぎゅっと握りしめ、ポロリと大粒の涙をこぼした。
永遠はため息をつくと、泣きじゃくる小さな獣を見下ろす。
「そりゃ、お前も澪さんも似たもの同士だからだよ。互いを思い合ってるから、大切なことをうまく言えないんだろ?」
「分かった風に言わないでよ」
「本当にお前も澪さんも不器用なんだから……大丈夫。澪さんは、お前が自分のことを想って言ってくれたってちゃんと分かってるって」
永遠はそう言いながら、クロの柔らかい頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「痛いよ! 強くゴシゴシしないで!」
「澪さんと話す気持ちにはなったか?」
永遠の言葉に、クロは涙を拭いながら小さく頷いた。
「よし、じゃあ澪さん達のところに合流するか」
永遠の声掛けにクロが頷き、立ち上がろうとした時だった。
「――こんなところにいたんだね、澪。探したよ」
背筋が凍るような声が、広場に響いた。
その言葉。その、一切の温度を感じさせない酷薄な声音。
建物の影に潜んでいた永遠の脳裏に、体育祭の日の悪夢が鮮烈にフラッシュバックした。
圧倒的な暴力。なす術もなく逃げ場のない異空間へと引きずり込まれた絶望。そして――背中を切り裂かれ、血の海に倒れ込んだ柊の姿。
(嘘だろ……なんでここに!)
心臓が早鐘を打ち、永遠は咄嗟に息を呑んだ。
各々が声のする方へ弾かれたように顔を向けると、そこには、澪の兄・兼路が立っていた。
「兄さん……どうして……」
声の震えを止められない澪の前で、兼路は仕立ての良いスーツのネクタイを少し緩める。
まるで休日の公園で家族に出会ったかのように、優しく、酷薄に微笑んだ。
「決まっているじゃないか。可愛い弟を、自らの手で殺すためだよ」
兼路が一歩を踏み出した瞬間、グラウンドを吹き抜けていた秋の穏やかな風がピタリと止んだ。
秋晴れの平和なキャンパスは、一瞬にして死の匂いが立ち込める『狩り場』へと変貌を遂げたのだった。
【次話】128話 因果の濁流5 -死中に活を求める-
2026年8月8日(土) 21:00頃更新
いいなと思ったら応援しよう!
ご覧頂きありがとうございます!頂いたサポートは文献の購入費用と物語後半に登場する場所の取材旅費に充てさせていただきます・・・!