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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-126話 因果の濁流3 -死中に活を求める-

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志望校である慶杏けいきょう大学の下見に訪れた冴木さえきみお。広大なキャンパスを巡りながら、冴木は自身の複雑な家庭環境や、前世「聳弧しょうこ」として神官の一族から忌避されていた孤独な過去を打ち明ける。
仲間のために「守れる力が欲しい」と願う冴木の強い決意に動かされ、澪は封印していた自らの凄惨な前世を語り始めるのだった。

「……冴木さん、俺の前世の身の上話も、ついでに聞いてもらえますか?」
「あぁ、もちろん」

促す冴木に、澪は遠い過去の記憶――千年以上前の情景を呼び起こすように目を細めた。
秋の柔らかな陽光がグラウンドを照らしているが、彼の瞳の奥には、湿り気を帯びた平安の夜の闇が広がっているようだった。

「――角端かくたんは貧しい農家の出身で、十歳の時に口減らしで売られそうになりました」

静かに紡がれた第一声の重さに、冴木はわずかに目を見張る。

「その時、たまたま怨霊おんりょうの浄化帰りだった索冥さくめいが、角端の首にあざがあるのを見つけて、売買人と話をつけて俺を引き取ってくれたんです」

凄惨な記憶の中にあって、索冥との出会いを思い返した澪の表情だけが、微かに柔らかく和らいだ。

「これからどんな目に遭うのかと震えていた俺に、索冥は寡黙ながらも安心させようと声を掛けてくれました。身なりも整えてくれて、都に着く頃にはある程度の見てくれになっていました」

淡々と語られる『売買人』という単語の重さに、冴木は痛ましそうに眉をひそめる。

「口減らしって、あれかい……?」
「おそらく冴木さんの想像の通り、子供を育てきれずに売ってしまうことです。平安時代には間引きと言って、乳児のうちに殺してしまうこともありました」

澪は自らの両手を静かに見つめ、そこに一切の恨み言をにじませることなく言葉を継いだ。

「十歳まで育ててくれたことには、感謝しかありません。そのおかげで、角端は索冥に出会えたのですから」

実の親に売られたという過酷な運命を恨むどころか、出会いへの感謝として受け入れている澪の底知れぬ忠誠心。それを目の当たりにした冴木は、自らの前世と引き比べるように小さく息を吐いた。

聳弧はあの時代でも、恵まれたところで生きていたんだね……」
「太陽のげきと対面した後、俺は太陽の覡のめいで、索冥に稽古をつけてもらいながら各地の怨霊浄化へ出ました。事件当日も、有坂ありさか家の救援に向かっていました。そこで太陽の覡の末路について耳にしたのです。しばらく身を隠していましたが、朱雀すざくの支援を受けて都に帰還しました」

澪はそこで言葉を切ると、乾いた唇を一度だけめた。

「怨霊が完全に消滅していた訳ではなかったので、朱雀の取り計らいで、全国各地の怨霊浄化を続けることになりました。その中で斎王様が俺達の事を取り計らってくださって……」
「斎王様?」
「天皇の代理として、伊勢の神宮にお仕えする未婚の皇女様のことです。神に奉仕する、極めて身分が高く神聖な方ですね。都から定期的に書簡を届けていたのですが、ある時、斎王様から相談を受けて付近の村の怨霊を浄化したことが縁となり、俺と索冥が指名されるようになりました。それ以降は任務をこなしつつ、斎宮に書簡を届けていました」

そこまで語ると、澪の声が、少しだけ低く、ひどく重みを帯びた。
膝の上に置かれた彼の手が、無意識のうちに硬く握り込まれていく。

「五年ほど旅をしながら怨霊を浄化している中……俺が『藍眼あいがん』を発現した任務で窮地に陥ってしまい、索冥が俺をかばって左目を負傷したんです。索冥が第二解放だいにかいほうをしたのも、この時です」
「左目……」

冴木のつぶやきに、澪が重くうなずいた。

「はい。左目は失明して、傷も深くて、良くならないまま数週間旅を続けました。……ある日の夜、索冥が自殺を図ったんです」
「どうして……」
「それは――」

澪は言葉を詰まらせ、きつく唇を噛み締めた。その手は、白くなるほど強くズボンの生地を握りしめている。
過去の凄惨な光景がフラッシュバックしているのか、彼の呼吸が僅かに乱れた。

「索冥は左目の傷が悪化していて、呼吸困難と手足のしびれが酷くなっていました。おそらく破傷風のような症状だったんだと思います。当時の医療ではどうすることも出来ませんでした。死ぬ直前は、雷刀らいとうを振るうのも難しくなっていました。……死期を悟っていたから、角端を庇った傷で死ぬのではなく、死因を自殺という形で、自分の手で終わらせようとしたんでしょう。本当に……あの人らしい」
「…………」
「索冥は刀もろくに振るえない状態で自殺を図ったから、死にきれなかった。そこを、俺が見つけました」

絞り出すような澪の声が、微かに震える。

「外傷に加えて出血量が多くて……俺は、索冥を救えなかった。だからせめて、楽にしてさしあげたかったんです。だから俺は……」

澪は一度ぎゅっと目を閉じ、祈るように、懺悔ざんげするように、その事実を口にした。

「……介錯を、しました」
「そうだったのか……」

重すぎる真実に、冴木は言葉を失った。風の音さえも消え去ったかのような、息苦しいほどの静寂が二人の間に降りる。

「思えば一度だけ……索冥が書簡もないのに斎王様にお会いしたことがあったんです。俺には約束がないから外で待っていて欲しいと言われて、半刻ほどで戻って来ました」

あの時、なぜ引き留められなかったのか。澪は己の不甲斐なさを責めるように、苦しげに顔を歪めた。

「あれは斎王様に別れの挨拶をしていたのだと、索冥が亡くなってから気づきました」
「…………」

取り返しのつかない過去の重さに、冴木はただ無言で耳を傾けるしかなかった。

「俺は索冥が亡くなった後も、各地を巡りながら怨霊浄化を続けました」

たった一人で歩んだ孤独な旅路を思い返すように、澪は静かに目を伏せる。

「ありがたいことに、斎王様が父親であられるみかどに掛け合って、俺に通行証になる宣旨を準備してくださったので、どこにいくにも困りませんでした……。第二解放を習得したのは、二十四歳の時です」
「なんで角端は、その時期に第二解放を……?」

純粋な疑問というよりは、その奥にある凄絶な理由を薄々察したような冴木の問いかけ。
それに応えるように――。

「――先ほど申し上げたように、第二解放を契約した人間の魂は、天国にも地獄にも行きません」

澪は秋の高い空を見上げ、絞り出すような震える声で言った。

角端おれは、少しでも索冥の魂に寄り添いたかったんです」

澪の言葉には、千年経ってもなお色褪せない、主への狂おしいほどの執着が滲んでいた。

「自分の魂だけ天国に行くことも、地獄に堕ちることも……あの人の年齢を超えて生きることも、耐えられなかったんですよ」
「澪くん……。有坂家の文献で読ませてもらっていたが、やはり角端も自ら……」
「はい」

澪は、まるであの日の冷たい刃の感触を思い出すように、そっと目を閉じた。

「索冥が亡くなった場所で、あの人を介錯したその刀で自ら命を絶ちました」

淡々と告げられた結末。千年の時を超えて彼が背負い続けてきた地獄の深さに、冴木はただ黙って耳を傾けるしかなかった。

來智らいちは相当傷ついたと思います。第二解放をした途端に自ら死を選んで、千年一緒に魂をたゆたうことになって……」

巻き添えにしてしまった守護獣への後悔に、澪の声が微かに震える。

「覚醒した直後、來智からひどく拒絶されました。自分自身すら大切にできない人間に、他人が守れるはずがないって」

澪はひどく自嘲するように目を伏せた。

「俺がまた第二解放で命を削らないように、『僕なんていない方がいい』とまで言わせてしまったんです」
「……言われた通りになりました。あの人は俺との約束を守るために無茶をして……」

そこまで口にして、澪は耐えきれないように両手で顔を覆った。

「命があったからまだ良かったですが、またしゅうさんの近くにいることで、あの人に万が一のことがあったら耐えられないんです……」

かつての主を再び失う恐怖に囚われ、震える澪の肩。
それを見つめ、冴木は静かな、しかし若く力強い声で紡いだ。

「僕たちは前世の記憶がある。だからどうしても背負ってしまう。あの時のようにならないようにと願ってしまう」

冴木は澪の痛みに寄り添うように、一度静かに言葉を切った。

「……でも、僕は前世の記憶があるからこそ強くなれると思ってるよ。あの時の記憶がなかったら、今の状況で僕は立ち上がれなかった。澪くんも、そうなんじゃないのかい?」
「それは……」

予想外の真っ直ぐな言葉に、澪はハッとして顔を上げた。

「僕たちはまだ、全てを失った訳じゃない。現世でも悲しいことはあったけど、それでもまだ生きている。だから僕は強くなりたいんだ。あの時の思いを、決して無駄にはしない」

悲劇に同情するのではなく、未来を共に切り開こうとする冴木の迷いのない言葉を聞いて、澪は深くうつむいた。

「……冴木さん、格好良すぎですよ。今の状況を悲観している自分が惨めになってきました」

自嘲気味に肩を落とす澪に対し、冴木はきっぱりと首を横に振る。

「惨めになる必要なんてない! 母の死を目の当たりにし、一族から忌避されながらも、君は立ち上がって強くなったんだから」
「……知っていたんですね」

驚きに目を丸くする澪に、冴木はふっと表情を崩した。

「僕は神官が嫌いだからね。だからこそ詳しいんだよ」

冴木の悪戯っぽい笑みに、澪もようやく小さく吹き出した。張り詰めていた空気が、ふっと緩む。

「冴木さん……ありがとうございます」
「いや、僕も話せて良かった。第二解放の件、よろしく頼むよ」



【次話】127話 因果の濁流4 -死中に活を求める-
2026年8月1日(土) 21:00頃更新


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