【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-125話 因果の濁流2 -死中に活を求める-
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吹き抜ける秋風が、グラウンドの土の匂いを運んでくる。冴木は遠くで練習に励む学生たちの姿をぼんやりと見つめ直しながら、静かに語り始めた。
「僕の父は会社を経営していてね。僕に跡を継がせたがっていた。でも母が亡くなり、父が再婚して弟が二人生まれたんだが……義母との関係が険悪だったんだ。義母からしたら実の息子に会社を継がせたいだろうし、僕は邪魔だったんだろう。父もそんな義母に押されて、僕への関心は薄くなっていった」
冴木の声音には、怒りや悲しみといった感情は抜け落ちていた。
「僕自身、会社を継ぎたいとは思っていなかったから、何も抵抗しなかったんだ。東櫻大学の附属中学に入学することになったが、進学するタイミングで義母の意向で寮に入れられるのも受け入れた」
淡々と語る冴木の横顔には、不遇な環境への諦観というよりは、すでに自分にとって不要なものを冷徹に切り捨てた後のような潔さがあった。
「だけど、中学二年の時に僕は聳弧として覚醒した。……索冥――茅野くんが不在の一年間は、無我夢中で任務に当たった。でもそうなると、食事の時間もそうだし、門限なんて守れるはずがない。寮の決まりをことごとく破ってしまってね。そのたびに呼び出されていた父から、ついに勘当を言い渡されたよ」
冴木は乾いた笑いを漏らす。
「芝山さんがシェアハウスを作ってくれたのは、元々僕のためだったんだ。行き場のない僕を受け入れてくれた」
澪は痛ましそうに眉を下げ、その言葉の重みを静かに受け止めた。
「そうだったんですね……」
冴木は同情を引くような素振りは一切見せず、むしろ過去を振り切った後のような清々しい表情でふっと微笑んだ。
「その頃から、エスカレーター式で東櫻大学に行くのではなく、奨学金で慶杏大学に進学することを考え始めたんだ。……澪くん、僕の前世が神官の一族だったことは知っているかい?」
穏やかな声色の中にも、冴木の瞳には理知的な鋭い光が宿っていた。不意に前世の核心へと踏み込んだその眼差しに、澪はスッと姿勢を正す。
「はい。花園家のご出身だったんですよね……。聳弧が亡くなった際に、索冥が色々と対応をしていたので耳にしました」
千年前の記憶を共有する二人の間に、グラウンドの喧騒から切り離されたような、張り詰めた静寂が落ちる。
冴木は自嘲気味に薄く笑った。
「僕は前世で唯一、神官としての力を発現できなかった。それ故に一族から忌避されたんだ。今の澪くんの境遇に近いね。前世の僕が二十歳の時に聳弧の力を発現してからは、ずっと怨霊に関する研究に従事していた。……だけど、僕が太陽の覡の元で働きだしてから三年後に、一族は皆殺しにされた。……聳弧一人を除いて」
穏やかな口調から突然飛び出した『皆殺し』という単語に、澪は弾かれたように顔を上げ、息を呑んだ。
「え……?」
「僕は生き残っていたが、五麟は神官の家を継ぐことができなかった。結局、花園家は取り潰しになったんだ。犯人も見つからなかった」
絶句する澪を前にしても、冴木は微塵も取り乱すことなく、まるで他人の記録でも読み上げるかのように冷徹に事実を並べる。
「そうだったんですね……一体誰が……」
「あの当時、神官の一族の権力争いは激しかったからね。容疑をかけられる人間はたくさんいたよ。でも、僕は関心がなかったんだ。花園家が滅ぶことも、全員惨殺されたこともね。ひどいだろう?」
自らの血の通わなさを確かめるように自嘲の笑みを浮かべ、冴木は微かに目を伏せて、眩しそうに秋の高い空を見上げた。
「澪くんも心当たりがあるかも知れないね。僕にとって、血の繋がりは救いではなく呪いだった。有力な神官の一族に生まれながら、能力を覚醒できずに忌み嫌われた。……いや、嫌われただけじゃない。自分の一族からも他の一族からも、毒殺や暗殺で何度も命を狙われた。数え始めたらキリがないよ。だから僕は、今でも神官が嫌いなんだ」
淡々と語られる凄惨な事実に、澪は言葉を失う。
「でも、僕が五麟の能力を発現して『太陽の覡』の従者に選ばれた途端、今度は腫れ物扱いさ。忌避が畏怖に変わっただけで、僕という存在が否定され続けていることには変わりなかった。そんな中で……あの方が僕に生きる理由をくれたんだよ。だから、唯一信じられた」
冴木の声音に、初めて微かな熱が帯びた。
「あの方だけが僕を必要としてくれた。だから僕のすべてを捧げていたし、あの方の命だったからこそ研究に没頭していた。……今思えば、あれは主への忠誠というより、依存に近い執着だったんだろうね」
冴木はふっと自嘲するように笑った。
「……でも、聳弧が死んだ日、一緒に研究に明け暮れていたたくさんの学生が命を落としたことには、言葉にできない辛さがあったよ」
「聳弧が亡くなった太陽の覡の邸宅で、一緒に数十人の学生が亡くなっていたと聞きました」
冴木は両手を固く組み合わせ、その手をじっと見つめた。
「血の繋がった家族が死んだ時は何も思わなかったのに……不思議だろう? でも、僕は今、同じことを考えている」
「どういうことですか?」
冴木は組んだ手を解き、顔を上げた。
「幼い弟たちが死んでも良いなんて決して思わないけど、今の僕にとっては、澪くんや橘くん、璃玖くんや茅野くん、入江さんや芝山さんや美鶴さん……本部に関わるみんなが大切なんだ。だから、法学部ではなく、研究職である理工学部に進もうかと思っているんだ。前世の自分が成し得なかったことを果たしたい。それに……今度こそ、僕にも守れる力が欲しい」
「冴木さん……」
真っ直ぐな決意を秘めた瞳が、澪を射抜く。
「澪くん……僕に、第二解放の方法を教えてくれないか?」
「それは……」
予想外の言葉に、澪は息を呑んだ。
「僕の『樹海』は人に対して使えない。しかし、これからもっと戦いが苛烈を極めて、神官や邪霊との戦いが厳しいものになっていくだろう。その時に僕だけが何もできないのは、もう嫌なんだ」
澪は顔を強張らせ、言葉を選ぶように視線を彷徨わせた。
「第二解放は魔法の力ではありません。俺や柊さんの守護獣はたまたま善意しか持っていませんでしたが、相手によっては乗っ取られて能力を悪用される可能性があります。それに、重い対価もあります。俺と柊さんの魂は天国や地獄にいけません。永遠の時を守護獣と共にたゆたうことになります」
早口に紡がれる澪の言葉には、仲間を同じ地獄に引き摺り込みたくないという切実な響きがあった。
「それに……柊さんは今、前世の魂と現世の器の調和が取れず、自我を消失するかも知れない危機を迎えています。他にも、第二解放をすることでどんな影響があるか……」
「あらゆる困難が待ち受けていたとしても、角端は第二解放をしたことを後悔したことはあったんだろうか?」
冴木の静かで鋭い問いかけが、澪の胸の奥を突き刺した。
「……いえ。自我の消失の危険性を知ってもなお、後悔をしたことは一度もありません」
その答えを聞いた冴木は、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「僕に第二解放をさせたくないなら、『後悔しかない』くらいのことを言わないとね」
「……自分の気持ちに嘘はつけませんから」
澪は諦めたように小さく息を吐き、隣に座る冴木に向き直った。
「……冴木さん、俺の前世の身の上話も、ついでに聞いてもらえますか?」
【次話】126話 因果の濁流3 -死中に活を求める-
2026年7月25日(土) 21:00頃更新
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