【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-124話 因果の濁流1 -死中に活を求める-
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土曜日の朝。抜けるような青空の下、シェアハウスから連れ立って電車を乗り継ぎ、冴木と澪は慶杏大学の堂々たる正門前に到着した。
「いよいよだね。澪くん、今日は一日よろしく頼むよ」
「はい。それにしても冴木さん、私服、珍しいですね」
冴木は白いオックスフォードシャツに、すっきりとしたテーパードパンツとローファーを合わせている。普段の高校の制服や任務時の装いとは違う、年相応の爽やかな出で立ちだった。
「大学にいてもおかしくない格好を入江さんに相談したら、服を見繕ってくれたんだ。……澪くんは、痣を見せるようにしたのかい?」
澪は半袖の紺のカラーシャツにジーパンというラフな格好だが、首元から覗く黒い痣は隠されていなかった。
「一般人にはただの黒い痣にしか見えませんから。神官への牽制のために、あえて見せるようにしたんです。かと言って、慶杏大学は神官が通うような大学ではないので、特段効果はないんですけどね……。では、さっそく行きましょうか」
二人は澪の先導で、広大なキャンパスの中へと歩き出した。秋の風が木々の葉を揺らし、すれ違う学生たちの笑い声が心地よく響く。
「今日は一限の『法学基礎』という一般教養の講義に出ていただいてから、校内を散策して、昼食を食堂で取ってもらおうと思っています。散策の際は図書館とか各棟を回ろうと思っているんですが、冴木さんの方で見てみたいところはありますか?」
澪はスマホでキャンパスマップを確認しながら、冴木の歩幅に合わせて丁寧に尋ねる。
「色々計画してくれてありがとう。校内の散策については任せるよ」
冴木はそびえ立つ真新しい講義棟を興味深げに見上げながら、穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、俺の方で見繕ったところを回りますね」
澪が頷き、歩き出そうとしたその時だった。
「おっ、鷲尾じゃん! 誰かと一緒なんて珍しいな!」
背後からかけられた陽気な声に振り向くと、見知った顔の男子学生が駆け寄ってきた。
「おはようございます。……冴木さん、彼は山根。第二外国語の選択が一緒で、席が前後なんです」
澪が少しだけ肩の力を抜いた様子で紹介すると、冴木も年齢相応の穏やかな笑みを浮かべて軽く会釈した。
「初めまして、冴木と申します」
「山根 丈です! 鷲尾の奴、大学じゃいっつも難しい顔して一人でいるんで、友達連れてて安心しましたよ!」
山根は人懐っこい笑顔を向けながら、遠慮のない距離感で澪の肩を軽く小突いた。澪は露骨に嫌がりはしないものの、どこか一線を引いたような困った苦笑いを浮かべる。
「山根、余計なことは言わなくていいですから」
「はいはい。じゃあまた来週な!」
快活に笑いながら、丈は講義棟の方へと小走りで去っていった。神官や怨霊とは無縁の、一般学生の屈託のない無邪気な背中。
それを見送った後、冴木は隣を歩く澪の横顔を静かに見やった。
「澪くんは交友関係が広くないのかい? 人見知りという印象はなかったんだが……」
冴木は、講義棟の喧騒から少し離れた静かな渡り廊下で、澪の歩調を緩めながら尋ねた。
「学友くらいはいますけど、友人は少ないかも知れませんね。冴木さんもそうじゃないですか? 任務が入るから予定はなかなか立てづらいですし……俺は、大切なものをいくつも抱えていられるほど器用ではありませんから」
「……それは、五麟としての使命があるから、という意味かい?」
冴木の問いに、澪は静かに首を振った。
「いいえ。たった一つの大切なものを、絶対に零れ落とさないようにするためです」
その声の温度に、冴木はふと足を止め、優しげな眼差しで彼の横顔を見つめた。
「澪くんにとって、それは茅野くんかい?」
「はい、俺は絶対にあの人を死なせるわけにはいかないんです」
一瞬の迷いもなく即答した澪の瞳には、揺るぎない覚悟が宿っている。
「……そうか」
すべてを理解したように、冴木は小さく頷いた。二人はそのまま、講義を受ける大教室へと足を踏み入れた。
*
「よし、二人が教室に入っていった。俺達は終わるまで外で待ってよう」
少し離れた物陰から二人の姿を見届けた永遠が、提げているトートバッグに向かって小声で呟いた。
「炎駒ぅ……バッグの中、暑い……」
ジッパーの隙間から、クロがぴょっこりと黒い鼻面を出した。
「おい! 勝手に顔を出すなよ! バレるだろ!」
永遠が慌ててクロの頭をバッグへ押し込める。
「痛いよ〜!」
「大人しくしておけって! とりあえず講義は一時間半で一コマらしいし、一旦人気がないところで出してやるから!」
永遠は周囲に不審がられていないか確認し、足早に移動を開始した。体育館の裏にある、人目につかないベンチに到着すると、トートバッグからクロを引っ張り出す。
携帯していた小型のハンディファンのスイッチを入れ、毛むくじゃらの身体に風を当ててやった。
「涼しい〜」
目を細めて風を浴びるクロを見下ろしながら、永遠の脳裏には、先ほど見た澪のどこか孤立したような背中が焼き付いていた。
「……なぁ。なんでお前は前世で角端と契約したんだ? 怨霊の出現も落ち着いた時期だったんだろ?」
「落ち着いたって言っても、全国にまだ残党は残ってたよ。索冥が死ぬまでに強力な怨霊はあらかた浄化していたけどね」
先ほどまでの呑気な声色がスッと消え、クロは真っ直ぐに永遠を見上げた。
「……僕が角端と契約したのは、ずっと彼の悲痛な思いを聞いてたから」
「悲痛な思い?」
「角端は、索冥が死んだのは自分のせいだと思い続けてたんだ」
その言葉に、永遠はハンディファンを持つ手をピタリと止めた。
脳裏に、先日自室で目を通した有坂家の古文書――あまりに救いのない結末が記された黄ばんだ紙面がフラッシュバックする。
(……やっぱり、そうだったのか)
文献を読んで感じた、角端の狂気にも似た執着の理由。その悲痛な答え合わせを突きつけられ、永遠はギリッと奥歯を噛み締めた。
詳しい死の真相までは分からない。それでも、千年前の凄惨な結末と自責の念を、澪が今もたった一人で抱え続けていることだけは痛いほど理解できた。
「……そうかよ。だからあんなに……」
「永遠?」
「いや。……とんでもなく重いもん背負ってんだな、あの人は」
永遠はやり切れないように天を仰ぎ、長く重い息を吐き出した。
*
講義を終えた冴木と澪は、その足で校内を巡回した。蔵書が壁一面に並ぶ図書館や、歴史を感じさせる学内博物館を見学し、最後にグラウンドが見渡せる見晴らしの良いベンチに腰を下ろした。
永遠とクロは、二人の会話がギリギリ聞こえる建物の影から、息を潜めて様子を窺っている。
「いや、広いね。各施設の規模で言ったら、東櫻大学よりも大きいかも知れない」
「東櫻大学には行ったことがあるんですか?」
「附属高校だから交流もあるし、見学ツアーみたいなものが一年の時から組まれていてね」
「そうなんですね」
冴木はふと、グラウンドを走る学生たちから視線を外し、隣の澪へと向き直った。
「少し、現世の身の上話をしても良いだろうか?」
「……もちろんです」
【次話】125話 因果の濁流2 -死中に活を求める-
2026年7月18日(土) 21:00頃更新
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