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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-80話 文化祭と視えぬ魂胆1-秘事は睫-

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しゅう永遠とわの家から帰宅すると、誰にも告げず修練場に籠もっていた。柊を心配したみおが様子を見にやってきたのは、日付が変わる少し前のことだった。

「柊さん、本部長から緊急の連絡が入っております。お休みになる前に一度ご確認いただけますでしょうか」
「本部長から……?」
「はい、明日の配置で一部変更があったようです」
「すみません、全く気づきませんでした。すぐに確認します」

澪は柊が先ほどから手にしている緑青色の石に目を留めた。独特の深い色合いと、微かに光を反射する様子に、見覚えがあった。

「それは、孔雀石くじゃくいしですか?」
「えぇ……私の術を込めたので、有事の際には数回、敵の攻撃を防ぐことができるはずです。この守り石を首飾りにして渡そうと思っていたのですが――」

そこまで言いかけて、柊は慌てて口をつぐんだ。何か、悟られたくないことを口走りそうになったらしい。

澪はその様子を静かに見守っていたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて言った。「大丈夫です。詮索せんさくはしませんよ……守り石をお渡ししたい方がいらっしゃるんですね?」
「――澪さん、お願いがあります」

柊は何かを決意したように、真剣な眼差しで澪を見つめた。

「なんでしょうか?」
「明日は、一之瀬眞白いちのせ ましろのことを……少しだけ、気にかけてもらえないでしょうか」
「一之瀬さん……ですか?」

澪は意外な名前に目を丸くした。

「理由はまだはっきりとは分からないのですが、眞白が最近、怨霊おんりょうを視るようになったようなんです……明日の文化祭で、何か良くないことに巻き込まれる可能性も否定できません。私や永遠が常に一緒にいられるわけではないので、もし可能であれば、澪さんにもご協力いただけると心強いのですが……」

柊は切実な思いを込めて頼んだ。その声には普段の冷静さとは異なる、深い憂いがにじんでいた。

「なるほど……他の皆さんには、もうお話されたのですか?」

澪は腕を組みながら尋ねた。

「永遠はこの話を一緒に聞きました。他の方はまだ……眞白はまだこの状況を受け入れられず、かなり困惑しています。ですから、今のところは本部長には内密にしておきたいのです。澪さんの心に、そっと留めておいていただけませんか」

柊は両手で大切そうに孔雀石を握りしめている。

「確かに、もし本部長の耳に入れば、一之瀬さんのその力を利用しようとしかねませんね……分かりました。他の方には一切話さず、俺が陰ながら一之瀬さんをフォローするようにしましょう。俺が忠誠を誓っているのは、柊さん……貴女の御心だけです」

澪は迷いのない瞳で柊を見返した。

「そのようなことを公言されてしまっては、澪さんの立場が……!」

柊は澪の言葉にハッとした表情を浮かべた。

「ここには、私と貴女しかいません……それに、私の立場など、貴女の願いに比べれば取るに足りないものです」

柊に頼み事をされて、内心喜んでいる澪とは対照的に、柊は深く大きなため息をついた。

「やはり、澪さんに頼み事をしたのは失敗だったかもしれません……」

柊が重い足取りで修練場を後にしようとしたその時、澪は彼女の右手をそっとつかんだ。

「澪さん?」

柊は振り返り、澪の意図を測りかねる表情を浮かべた。

「――貴女のことは、俺が必ず守ります。だから、絶対に一人で無理をしないでください」

澪の言葉は静かだが、強い決意を宿していた。

「大丈夫です。私は、あなたが知っているよりもずっと強いですよ?」

柊はそう言って微笑んだが、その笑顔にはどこか陰りが見えた。

「強いからこそ、心配しているんです。前世のようなことが、もしまた・・起こったら……俺は――」

そこまで言うと、澪は言葉を切った。二人の間には、重い沈黙が流れた。柊の脳裏には、鮮明に前世の光景が蘇っていた。

「あんな死に方をしたら、あなたを追い詰めてしまうのは、無理もありませんね……分かりました。もし何か問題が起きたら、私が何とか時間を稼ぎますので、必ず、助けに来てくださいね」

柊は覚悟を決めたように言った。

「必ず、助けに行きます」

澪が力強くうなずくのを確認して、柊は優しく微笑んだ。

――ブー……ブー……。
「ん〜……ん?」

永遠は、いつものけたたましいアラームとは異なる、控えめな振動音で意識を取り戻した。枕元に置いたスマートフォンの画面には、「冴木夏都さえき なつ」という見慣れた名前が表示されている。

「え!冴木さん?!」

永遠は、眠気を吹き飛ばすように勢いよく飛び起き、慌てて画面をタップした。

「もしもし、橘です!おはようございます!」
『おはよう、橘くん。早朝からすまない』

冴木の、少しばかり緊張したような声が聞こえた。

「いえ、それは全然大丈夫っすけど、何かあったんすか?」
『今、君の家の前にいるんだが、少しだけ顔を見て話せないだろうか』

冴木の予想外の言葉に、永遠は反射的に窓を開けた。早朝の薄暗い中、定食屋の前に、確かに冴木が立っているのが見えた。普段の毅然きぜんとした雰囲気はなく、どこか落ち着かない様子だった。

「外で話すのがちょっと……って内容だったら、俺の部屋に来てください。裏に回ってもらえれば、玄関の鍵を開けます」
『ありがとう。そうさせてもらうよ』

通話が切れたのを確認して、永遠はすぐに玄関の鍵を開け、冴木を迎え入れた。

「突然の訪問、本当にすまない。どうしても、君に直接伝えておきたいことがあって」

冴木は申し訳なさそうな表情で言った。

「わざわざありがとうございます。どうぞ、こちらへ」

永遠は冴木を自分の部屋へと案内した。部屋の扉が閉まるのを確認すると、冴木は折りたたまれたA4の用紙を永遠に手渡した。

「これはコピーだが、昨日、駒葉こまば高校の1年3組の教室に貼られていたらしい」

永遠は渡された紙を開いて目を凝らした。紙には雑誌や新聞の切り抜きと見られる文字が羅列されており、不気味な言葉が書かれていた。

「『時は来た』……っすか」
「昨日の夜、僕が学校側の要請で急遽きゅうきょ警護につくことが共有されただろう?芝山さんの判断で、理由は伏せられたが、学校側が警戒態勢を取ったのは、この貼り紙が発見されたからなんだ」

冴木は深刻な表情で説明した。永遠は黙ってその言葉に耳を傾けている。

「ただの悪質なイタズラかもしれない。だが、そうではない可能性も否定できない。もし、後者だった場合……」
「俺が狙われていると思って、わざわざ教えてくれたんすね。ありがとうございます」

永遠は冴木の真意を理解し、感謝の言葉を述べた。

「まあ、五麟ごりんが狙われる可能性が高いことは、以前から分かってましたし、間宮まみやや柊よりも、力の劣る俺を狙ってくることは、ある意味で想定の範囲内っすけど――」

(狙いは、本当に俺なのか……?でも、もしそうじゃないとしたら、このタイミングは早すぎる……)

永遠の脳裏には、昨日の眞白の、戸惑いと決意が入り混じった言葉が、鮮明に蘇ってきた。

「何か、気になることがあるのかい?」

冴木は永遠のわずかな表情の変化を見逃さなかった。

「いや、わざわざこんな挑発的なことをして、こっちを警戒させるのは、一体何が目的なのかなって思っただけっすよ。本当に俺をねらうなら、もっと一人で油断しているところを襲った方が、ずっと確実だと思いません?」

永遠は冷静に分析してみせた。

「……確かに、それはそうだね」

言葉では同意しながらも、冴木の視線は依然として永遠の様子を注意深く観察していた。

(冴木さんは、純粋に俺を心配してくれている……なら、余計な情報を与えて、冴木さんの心配を増やすよりも、話を逸らすのが得策か……)

「相手は、かなり挑発的なやり方に出ていますね。この状況を、どこか楽しんでいるようにも見える。このタイミングで警護を増やすことはできないだろうし、俺たちを無闇むやみに不安にさせないために、芝山さんがこの件を黙っていたというのも理解できます。でもその一方で、芝山さんは俺たちをおとりにして、敵をあぶり出そうとしている可能性も否定できません」

永遠は大きく息を吐きながら、疲れたように顔を手で覆った。

「橘くん、それは――」

冴木は何かを言いかけ、言葉を詰まらせた。

「まあ、どっちだったとしても、簡単に殺されるつもりはありませんよ。誰が敵だったとしても、その化けの皮を剥ぐまでです」

永遠のギロリと鋭い眼光に、冴木は思わずぞくりとした。

「橘くん……?」

冴木の呼びかけに、永遠はいつもの明るい笑顔を見せた。

「冴木さん、わざわざ教えてくれてあざっした。大丈夫です。上手くやりますよ」

文化祭当日の駒葉高校は校門を一歩くぐると、そこは喧騒けんそうと熱気に満ちた、普段とは全く異なる世界が広がっていた。焼きそばやたこ焼きのソースの甘辛い匂い、キャラメルポップコーンの香ばしい香りが 校内を甘く彩っている。各クラスの個性的なデザインのTシャツに身を包んだ在校生たちが、手作りの看板を手に持ち、元気いっぱいの声でそれぞれの出し物を宣伝していた。

校舎の中もクラスごとに趣向を凝らした色とりどりの装飾が施され、どこを歩いても人で溢れかえっており、誰もが楽しそうな笑顔を浮かべていた。
そんな賑わいの中でも、ひときわ長い行列を作っているのが、1年4組の出し物だった。その列の最後尾で、「最後尾はこちら」と書かれた手書きの看板を持ち、申し訳なさそうに誘導をしているのは、意外な人物だった。

「柊、お疲れ……って、どうしたの?その格好?!」

人混みの中で柊を見つけ、声を掛けた眞白は目を丸くして驚きの声を上げた。




【次話】81話 文化祭と視えぬ魂胆2-秘事は睫-
6月7日(土) 22:00頃更新


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