【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-97話 太陽の残滓2-水は方円の器に従う-
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文化祭での襲撃を経て、駒葉総合病院で目を覚ました永遠。駆けつけた冴木と佐奈田に昨日の戦況を報告するが、親友・眞白が放った不可解な光と冷徹な言葉については、本能的な危惧から口を閉ざした。
「橘くん?」
冴木が心配そうに永遠の顔を覗き込んだ。
「すいません。瞳術の影響か、ところどころ上手く思い出せなくて……」
永遠はぐっと眉間に皺を寄せ、逃げるように視線をシーツへと落とした。
「無理もないよ。でもね、橘くん。実は、思い出せないのは君だけじゃないんだ」
「……え?」
冴木が重苦しく口を開くと、隣で佐奈田が苦い顔をして手帳を閉じた。
「奇妙なんだ。君のクラスメイトたちに佐奈田さんが聞き込みをしてくれたんだけど……みんな、首を傾げるんだよ。『大石華奈? うちのクラスにいたっけ?』ってね」
「一体どういう……?文化祭であんなに一緒に準備してたのに? 昨日の今日ですよ?」
永遠の背中に、じわりと冷たい汗が伝う。
「本当にホラーだよ……まるで最初からいなかったみたいに、みんなの記憶から彼女の輪郭が消えかかってる。彼女の写真を見せて、携帯のアルバムに彼女との写真がないかも尋ねたんだ。写真が残っているのに、みんな『こんな子知らない、何この写真』って記憶を疑うんじゃなくて目の前の写真を否定しててさ……唯一、記憶を留めていたのは、担任の青山先生だけだった。先生は神職の家系ではないけど、もともと視える人だからね」
佐奈田は一息つき、さらに声を落とした。
「学校の生徒情報に載っていたアパートに警察が急行したけど、そこは数年も空き家だったかのような廃墟だった。生活感なんて微塵もない。結局彼女に関する情報は掴めず仕舞いでね……亡霊でも追っているのかなって気分になって来ちゃって……」
「……亡霊、じゃないっすよ」
永遠の絞り出すような声に、冴木と佐奈田が息を呑んだ。永遠は、脳裏に焼き付いたあの傲慢なまでに美しい少女の翡翠の瞳を思い出す。それは冷たく、それでいて確かな熱を持った捕食者の眼差しだった。
「大石は……柊の従姉妹です。俺に対して、自分の本当の名前は『松任椛』だと言っていました」
「なんだって……!? 松任、椛……!?」
冴木の顔から血の気が引いた。その過剰なまでの反応に、永遠は不審そうに眉をひそめた。
「有名なんすか?」
「有名、なんてレベルじゃない。神官としての実力だけなら、当主の松任梓をも凌ぐと言われていた天才だ。だが松任家は一族揃って表舞台に出ることを嫌う。数年前のお家騒動以降、彼女がどこで何をしていたのかは、本部ですら掴めていなかったんだ。入江さんがずっと警戒していたが……まさか、こんなに近くにいたなんて」
冴木は顎に手を当て、探るような視線を向けたまま、静かに言葉を継いだ。
「だとしたら、なぜ彼女は一族の茅野くんがいる4組ではなく、隣の3組に……いや、君たちの前に現れたんだ」
(大石――松任椛の目的……)
永遠の脳裏に、あの時感じた冷徹な観察眼が蘇る。戦いの中、彼女はまるで品定めをするかのような目で自分たちを見ていた。
(あいつは、眞白が目覚めるのを待っていたんだ。俺たちを……選別するために)
「橘くん?」
「……いや、大丈夫です。あいつは、俺を生かして何かをさせようとしてるのかもしれません」
「でも、君を殺そうとしてたんだよね!? 矛盾してない!?」
佐奈田が混乱したように声を上げたが、永遠は首を振った。
「あいつの言動は、全部繋がっている気がします。偶然とか、誰かに操られてとかじゃない。あいつ自身の、意志で。……だから、また戦うことになりますね。絶対に」
永遠はそう言って、ズキズキと痛む額を掌で押さえた。熱がぶり返したような感覚に、視界がわずかに歪む。
「……気分が悪いのかい? 気が利かなくてすまない。ゆっくり休んでくれ」
冴木は慌てて丸椅子から立ち上がり、永遠の肩を優しく叩いた。
「ありがとうございます。……冴木さん、正服っすけど、これから任務ですか?」
「あぁ。この状況だから、夕方から22時まで黛くんにも任務に入ってもらうんだが、彼はまだ中学生だからね。僕が保護者として同行する。……本当は、僕一人で代わってあげられたらいいんだが」
冴木は申し訳なさそうに、自身の正服の袖口に視線を落とした。本来なら自分がすべてを引き受けるべきだという、責任感の強さが言葉に滲んでいる。
「それは冴木さんのせいじゃないっすよ。……俺、早く治します。それまで、お願いします」
永遠はベッドの上で、薄い毛布越しに自分の拳を微かに握りしめた。思うように動かない身体への苛立ちを隠すように、努めて穏やかなトーンで言葉を返す。
「夜には入江さんも警護に来てくれるから、安心して。今もらった情報は本部長にも共有しておくよ」
冴木の言葉に合わせるように、傍らにいた佐奈田も力強く頷いた。
「僕は大石華奈の容疑を殺人未遂に切り替えて、徹底的に洗うことにする。外に警官を配置してるから、しっかり休むんだよ」
佐奈田は病室の扉に手をかけ、振り返って永遠を安心させるように告げた。刑事としての鋭い眼差しが、一瞬だけ本来の優しさに和らぐ。
「すみません。よろしくお願いします」
永遠が深く頷いたのを確認し、二人は足音を忍ばせて病室を後にした。
永遠は一息ついた後、病室のテーブルに置かれている自分のスマートフォンを確認した。
「げ……また通知が大変なことに……」
大半が1年3組のグループメッセージと妹の千羽で、1年3組のグループメッセージを追うと、文化祭2日目の様子が見て取れた。ハプニングがあったものの無事に終了したようだ。千羽のメッセージは想像通りだったので、家族のグループメッセージに目を覚ましたことを一文送った。井上遥大や平沢美沙など何人かのクラスメイトからは個人宛てに心配する連絡が来ていたので、それぞれに返信をしていくと、永遠と柊と眞白のグループメッセージに2件の通知がついていることに気づいた。2件とも眞白からの連絡だった。
『永遠、柊、大丈夫?昨日は大変だったね。俺は大丈夫だから安心して。警備が厳重過ぎて自宅から出られなくなってるけど』
『二人が元気になったら話したいことがある。連絡してほしい』
画面を見つめる永遠の指が止まる。眞白。あの時見た、真っ白な光を纏った友の背中。迷いを振り払うように、永遠は画面をタップして実家に電話をかけた。
「もしもし?」
『あら!永遠なの?!目が覚めたのね!』
「母さん、悪い。心配かけて……」
永遠はポツリと母・陽子に謝った。
『本当に眞白くんから連絡もらった時は心臓が止まるかと思ったわ』
「眞白から電話……?」
『そうよ!柊ちゃんも怪我したみたいじゃない。怪我は大したことないって聞いてたのに目が覚めなかったし……とにかく安心したわ』
母の安堵した声に、永遠は言葉を詰まらせた。
(母さんには何も話せない。怪我をした理由も、自分で傷を塞いだから大した怪我じゃなかったことも、瞳術を受けたから目が覚めるまでに時間がかかったことも……)
非日常の世界に生きる自分と、平穏な日常にいる家族。その境界線が、今はひどく高く感じられた。
『永遠、怪我をした理由は言えないのね?』
「あぁ、言えない」
永遠は迷いなくスッパリと言った。その潔い返答に、一拍置いて笑い声が聞こえた。
『本当に親子揃って困っちゃうわね。でも分かったわ。退院したら心配かけた分、私の買い物に付き合ってもらうから』
「……分ーったよ」
『まだ声色に力がないわね。もう少し寝ていなさい。警察の方が警護してくださっているから面会時間が限られているのよ。明日また行くから』
「ありがとう。じゃあ」
短く伝えて永遠は電話を切った。
――『で、お前は視えないもんと対峙する覚悟は決まったわけ?』
かつて自分が眞白に投げかけた問いが、ブーメランのように自分に突き刺さる。永遠は返信を打てないまま、抗いがたい眠気に誘われて瞳を閉じた。
*
――ブー……ブー……。
日付が変わろうとする静寂の中、枕元でスマートフォンが震えた。青白い液晶が、闇に沈んだ病室を無機質に照らし出す。表示された『公衆電話』の文字に、永遠の意識は一瞬で覚醒した。
「……? もしもし」
上体を起こし、低く、硬い声で応じる。
『永遠――……! 良かった、出てくれた。思ったより元気そうだね』
耳に届いたのは、気まずそうに、けれど心底安堵したような眞白の声だった。
(眞白……!)
「なんで……」
『永遠が目を覚ましたって、父さんから聞いたんだ。でも、いても立ってもいられなくて……』
眞白の声が震えている。その震えは、彼が今どれほど孤独で不安定な場所に立たされているかを物語っていた。
「こんな時間に電話は響くだろ……個室だからいいけど」
永遠は、ドアの向こうで警備に当たっている警察官の気配を意識し、短く言葉を返した。
『携帯、取り上げられちゃったんだ……よほど警戒されてるみたいでさ。ねぇ、永遠。今から出てこれない?』
「は?」
耳を疑う言葉に、永遠は思わず身を乗り出した。
【次話】 98話 太陽の残滓3-水は方円の器に従う-
2026年1月10日(土) 22:00頃更新
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