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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-96話 太陽の残滓1-水は方円の器に従う-

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「――聳弧しょうこ!!」

広がる血の海。無残に切り裂かれた学生たちの亡骸。そして、その中心で力なく沈む仲間の姿――。永遠とわが飛び起きると、視界が一瞬、夢の名残である鮮血のような赤色に燃えた。全身からどっと汗が吹き出し、呼吸がのどの奥でひゅうと詰まる。唯一聞こえるのは、自分の心臓が狂ったように胸壁をたたく音だけだ。

「橘くん大丈夫かい?」
「聳弧、生きていたのか――?」

永遠はそこまで口走って、ハッと我に返った。視界に映るのは、血で染まった平安の邸宅ではなく、白を基調とした清潔な天井。傍らに立つ冴木さえきの一層心配そうな顔を見て、ようやく先程までの情景が前世の断片であったことに気がついた。

「橘くん……?」
「冴木さん……すいません。夢見が悪かったみたいで……」
「……夢、ね。それは本当に夢だったんだろうか。橘くんの顔は、ただの悪夢を見た顔じゃない。もしかして、僕……聳弧に関する前世の記憶だったのかい?」

永遠のひとみが、一瞬だけ鋭く細められた。それは高校生の向ける視線ではなかった。仲間を護れなかった絶望と、再会への困惑、そして目前の相手が敵か味方かを瞬時に見極めようとする、鋭利な従者の眼差し――。だが、彼は瞬き一つでその気配を消し去り、自嘲じしょう気味な笑みを浮かべて首を振った。

「……いや、俺は前世の記憶は戻ってないですし、ただの悪い夢っすよ。それより、ここはどこなんすか?東雲しののめ医院じゃないっすよね?」

永遠は胸元に手を当て、深く息を吐き出した。熱い汗が病衣に張り付いているのが不快だ。周囲を見渡すと、そこが見慣れた東雲医院ではないことは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。広い個室、テレビと冷蔵庫が併設された棚。身内以外の入院を想定していない東雲医院には、これほど「病院らしい」設備は整っていない。ふと視線を落すと、左腕には点滴が装着されており、一定のリズムで薬剤を体内に送り続けていた。

「ここは駒葉こまば総合病院だよ。緊急で輸血が必要だったから、通常の病院を手配してもらったんだ」
「そうだ……!大石が――!」

文化祭での光景が濁流のように脳内によみがえる。永遠は弾かれたように起き上がろうとしたが、急激な動作に三半規管が悲鳴を上げた。激しい眩暈めまいに襲われ、そのままベッドにうずくまる。

そこで初めて、自分の身体が鉛のように重く、息をするのも精一杯であることを自覚した。全身を検分すれば、至るところが包帯でぐるぐる巻きにされている。

「大丈夫かい?」

永遠は冴木の力を借りてもう一度ベッドに横になった。

「すいません……思ったより瞳術どうじゅつの影響が大きいかも知れないっす……他のみんなは大丈夫なんすか?」

永遠は咄嗟に「瞳術」を理由にした。そう口にした瞬間、ざわりと肌があわ立つ感覚と共に、自分の中で霧が晴れるように最適な「振る舞い」が定まっていく。まるで、かつて何千回と繰り返してきた報告のように、思考より先に身体が正解を導き出していた。

「僕とまゆずみくん、入江いりえさんは心配に及ばない……みおくんと間宮まみやくんも消耗は激しかったが傷自体は軽傷だったから任務に入ってもらってる」

冴木は一度言葉を切り、少しだけ視線を落とした。

茅野かやのくんはまだ目覚めていない。戦闘によるダメージが大きくてね……澪くんが生気を移す処置をしたはずだが……澄義ちょうぎが出てこられない状況だ。当分目を覚まさないだろう」
「そう、すか……」
「茅野くんはいつも無理をしすぎだから、これを機会に少し休んで貰えば良いさ。それは橘くん、君もだよ。瞳術をもろに受けるなんて……僕でも幻術返しができたのは良かったが……」

冴木は努めて明るく振る舞うように言ったが、その表情には隠しきれない疲労がにじんでいた。永遠はカーテンの隙間から差し込む陽光に目を細める。

「今日も文化祭やってますよね?ここに冴木さんがいて警備足りてるんすか?」
「あぁ、間宮くんの他に黛くんと入江さんはそちらの対応してくれている。警察も人数を倍以上配置してくれたし、さすがに2日連続襲撃はなかったから安心してくれ。まもなく引き上げてくるはずだ」
「……そうすか」

永遠が少し落ち着いたのを見計らい、冴木は病室に置かれた丸椅子まるいすに腰を下ろした。

「本当に昨日はしてやられたよ。まず高校の外で邪霊が出現して、間宮くんを引き離された。僕と芝山さんは校長室に、澪くんと黛くんは体育館に出現した邪霊の結界に閉じ込められ、外の状況をつかめなくなったんだ。この時すでに、校舎内には強力な結界が敷かれていたんだろう。お互いに気配を悟れなくなった」

冴木は指を組み、悔しげに唇をむ。

「そして橘くんと茅野くんがやられた。一之瀬くんに大きな怪我がなかったのは不幸中の幸いだったが……。大石華奈おおいし かなという生徒が『女神』で、彼女が邪霊を出現させたというのは、澪くん経由で聞いたよ。まさか橘くんのクラスメイトだったとは――……。一体あの講義室で、何があったんだい? 橘くんと茅野くんの幼馴染おさななじみである、一之瀬くんが居合わせていたことは把握しているが――……」

永遠は背筋をわずかにも揺らさず、感情を削ぎ落として聞いていた。敵の周到な分断工作。校舎を包んだ強力な結界。冴木が昨日の戦況を振り返る間、永遠はただ一点を見つめ、脳内で情報を整理した。

「今、一之瀬眞白いちのせ ましろは――……?」

永遠は友人の安否を最優先で尋ねた。

「一之瀬くんなら父親が手配した車で早々に立ち去ったようだ。本部も警察もおそらくほとんど話は聞けていないが、父親の圧力に屈したんだろう。確か今日は高校にも来ていないと言っていたよ。警察が自宅周辺を警護しているはずだ」
「……そうすか」

最悪の事態は免れた。そう自分に言い聞かせ、永遠は無意識に、シーツを掴もうとした手を止めて力を緩めた。

「すまないが佐奈田さなださんも同席で昨日の橘くんの状況を聞いても良いだろうか?」
「もちろんっす。お願いします」

永遠がうなずくのを確認してから、冴木は病室の扉を開けて、廊下で待機していた佐奈田を手招きした。

「橘くん昨日は大変だったね〜!警察がいながら申し訳ない!」

入室するなり、佐奈田は勢いよく頭を下げた。だが永遠は静かに首を横に振る。

「やめてください。あれを予測するのは無理だったんで」

佐奈田が首を横に振り、所持していたカバンからビニールに入れた紙を取り出した。

「君には伝えなかったけど、一昨日の朝、1学年3組の扉にこれがられていたんだ。僕たちがもっと早く、別の対応をしていれば……状況が少しは違ったかもしれない」
「……俺はその貼り紙について冴木さんから聞いてました」
「え?!うそ?!知ってたの?!」

佐奈田は目を見開き、驚愕きょうがくの声を上げた。ドラマのようなリアクションに、永遠の口元がわずかに緩む。

「佐奈田さんすみません。僕の独断で橘くんには伝えてました」
「はい……だから、限られた人数でできることをした結果がこれだったんすから、しょうがないっす」
「橘くぅん……!」

佐奈田が子犬のように、潤んだ瞳を永遠に向けた。

「佐奈田さん、そろそろ本題に……」

冴木がせき払いを一つして、空気を引き締める。

「――さて。橘くん、昨日の状況を聞いても良いかい?」

眞白の無事を改めて確信した永遠は、霧の向こうにある記憶の断片を一つずつ手繰り寄せるようにして言葉を紡ぎ出した。

「文化祭のクラスの当番が終わった後、大石から相談したいことがあるから来てほしいって電話が来て、俺は3階突き当りの講義室に行きました。そうしたら後ろからいきなり背中をられて意識を失って……」
「いきなり斬られたのかい?!」
「はい、でも背中を斬った時点では俺を殺すつもりはなかったみたいでした」
「ん? 今、『背中を斬った時点では』って言ったよね?」

佐奈田が首を傾げたが、永遠の表情筋はピクリとも動かなかった。まばたきの回数すら制御されたような能面のような顔で、よどみなく続けた。

「はい、意識が戻ったらしゅうが倒れていて、眞白もいたんです。その直後、講義室に邪霊が出現しました。邪霊を浄化してから大石との戦闘になったんです。手負いの大石となんとか拮抗きっこうしていたんすけど、大石の瞳術をもろに受けちまって……。正直、かなりきつかったんすけど、どうにか大石を退けました」

永遠は、意図的に語りを「省略」した。眞白が放ったあの異常なまでの白い光。空気を焦がす、あの硫黄のような匂い。そして、自分を助けたはずの親友が放った「私を怒らせたいのか」という冷徹な言葉。それらすべてを記憶の底へと沈め、ただの事実だけを並べた。それは保身のためのうそではなく、「語るべからず」という絶対的な禁忌として、本能が情報をやみに葬り去った。

「え?!結局殺されかかってるよね?!なんでそんなに冷静なの?!」

佐奈田が戦慄する一方で、冴木はあごに手を当て、冷静に状況を分析する。

「つまり、当初の女神の目的は索冥さくめいと炎駒の殺害じゃなかったってことかい?」
「冴木くんも冷静過ぎるよね?!」

顔を引きつらせる佐奈田を無視して、永遠は重く頷いた。

「それは間違いないと思います。じゃないと、柊と俺が気を失っている間に殺されなかった理由ないんで」

淡々とした声色。死線を越えた直後の高校生としては、その落ち着きはあまりに異質だった。だが、永遠のまとう空気が、その異常さを「当然のこと」として場に受け入れさせてしまっていた。

「橘くんを殺そうとしたのも、何か別の目的があったってことだろうか……」

冴木の言葉が、重く病室に響く。「何か別の目的」――。永遠はその言葉を口の中で反芻はんすうしながら、意識を己の内側へと向けた。

脳裏に焼き付いて離れないのは、あの瞬間の光景だ。大石の圧倒的な力、絶望的な状況。そして、それらすべてを塗りつぶすように放たれた、眞白の神術。あれは、本当に「友」を救うための光だったのか。

――『一之瀬くんが本当の意味で覚醒かくせいした時に、二人と今までの関係でいられるか心底見ものね!』

永遠は己の胸裏に渦巻く不吉な予感を押し殺すように、ただ静かに、病室の天井を見上げた。



【次話】 97話 太陽の残滓2-水は方円の器に従う-
2026年1月3日(土) 22:00頃更新


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