【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-95話 インタールード3-覆水盆に返らず-
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第五章-百折不撓-
大内裏の回廊を歩いていると、前方から麒麟が足早にやって来た。周囲へ視線を走らせ、誰かを探している様子だ。
「この時間は主についているはずでは……?一体何があったのですか?」
常に冷静沈着な麒麟が、珍しく相好を崩し焦燥を滲ませている。その只ならぬ気配に、炎駒は即座に異変を悟った。
「実は主と約束の時間になっても聳弧が姿を見せないのだ」
「聳弧が姿を見せない?」
「あぁ。主に話があると言っていたのだが、刻限を過ぎても現れず……几帳面な彼が約束を反故にするなど考えにくいと、主も案じておられる。炎駒、すまないが様子を見てきてはもらえないだろうか」
麒麟の言葉には、仲間を信じるがゆえの不安が色濃く表れていた。
「承知しました」
炎駒は短く応じて身を翻すと、聳弧がいるであろう太陽の覡の邸宅へと急行した。
その屋敷は平安京の外れに位置し、静寂に包まれている。怨霊に関する研究棟は、広大な敷地内の東北対と呼ばれる場所にあった。邸宅に到着した炎駒は、ちょうど前を通りかかった女房を呼び止める。
「聳弧を見たか?」
「聳弧様ですか……?いいえ、おそらく東北対にいらっしゃるのではないでしょうか?」
女房は急な問いかけに少し戸惑いながらも、聳弧の居場所であろう方角を示した。
「そうか。すまなかった」
炎駒は礼を言い、母屋と対屋を繋ぐ渡殿を渡って東北対へと足を進める。
「……おかしい」
普段であれば、学問に励む学生たちの議論する声や足音が活気として伝わってくるはずだ。しかし、今の東北対は墓場のように静まり返っている。
「おい、誰かいるか……これは――……?!」
部屋を覗き込んだ炎駒の目に飛び込んできたのは、無残にも切り裂かれ、床を朱に染めて伏している学生たちの姿だった。
炎駒は駆け寄り、近くの学生の首筋に指を添える。だが、指先に脈動は伝わらず、呼吸も既に絶えていた。
「一体何が……?!」
凄惨な光景に言葉を失っていると、部屋の隅から微かな音が漏れ聞こえた。「うっ……」
苦悶の混じったうめき声を頼りに近づけば、一人の学生が小さく身体を震わせているのが見えた。
「おい、大丈夫か?!何があった……?!」
炎駒は咄嗟に身を屈め、少年の体を抱き起す。
「黒尽くめの男が現れて神術を……聳弧様が皆をお守りしようとしてくださいましたが……あの方の御力は人にはお使いになれないゆえ、太刀打ちできず……」
途切れ途切れに紡がれた少年の証言を聞き、炎駒の表情が一変する。
それは単なる怒りを超え、冷徹な決意を宿した修羅の顔つきであった。
「――ここで待っていろ」
炎駒は少年を壁に凭れさせると、普段聳弧が研究に没頭している奥の部屋へと向かった。廊下にも数名の学生が斃れており、彼らの亡骸を踏まぬよう慎重に歩を進める。一歩ごとに、胸の内で焦りと殺意が膨れ上がっていく。
聳弧がいるはずの部屋の前で一拍置き、意を決して踏み入る。そこには、広がる血の海に沈む聳弧の姿があった。
「――っ!!」
【次話】 96話 太陽の残滓1-水は方円の器に従う-
2025年12月20日(土) 22:00頃更新
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