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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-94話 黄昏の神官5-人間万事塞翁が馬-

前話】 【最初から】 【目次】 【第二章番外編】 【第三章番外編

ときにより校長室に閉じ込められていた冴木さえき芝山しばやまが救出された一方、永遠とわは女神の瞳術に倒れるも、眞白ましろの覚醒により事態は収束へと向かった。重傷を負ったしゅうと永遠はそれぞれ病院へと搬送されることになる。そして事態収束後の校長室で、芝山は大石華奈おおいし かなに関する極めて異常な事実を耳にするのだった。

「一体どういうことなんだ?」
「学校のデータには大石華奈という存在が残っているんですが、誰も大石華奈という女子生徒の存在を認識していないんです。クラスの生徒たちに写真を見せても、『そんな人、いたっけ?』と首を傾げるばかりで……今のところ青山あおやま先生からしか情報を得られていません」

佐奈田さなだは言葉の端々に恐怖をにじませた。

怨霊おんりょうに対する人々の記憶と同じだな……」
「はい……まるで、この世界から『大石華奈』という存在自体が切り取られてしまったかのようで……ホラー過ぎませんか……」
「怨霊は怨霊と触れた時間だけが切り取られる。丸ごと存在が切り取られるなんてこと……」

芝山は深く息を吸い込み、無機質な鑑識のフラッシュの光が断続的にかれる中で、佐奈田と目を見合わせた。その瞳の奥には、新たな脅威への拭い難い不安が宿っていた。

――ゴロゴロゴロゴロ……。
遠くで不気味な雷鳴がとどろく中、美鶴みつる東雲医院しののめいいんの駐車場で、車椅子くるまいすを用意して待っていた。冷たい雨粒が降り始め、事態の深刻さをさらにあおる。

「――来ましたね」
――ブォォオオォ

東雲医院の前に荒々しく急ブレーキをかけて到着したタクシーから、みおが慌ただしく降りてきた。車の反対側へ回り、助手席に座らせていた柊を壊れ物のように抱きかかえて、こちらへ向かって走ってくる。彼の表情には、極度の緊張と、一秒でも早く助けたいという切迫した焦燥が滲んでいた。タクシーの運転手は、ただならぬ雰囲気に戸惑いながらも、澪の荷物を抱えて後を追いかけてきた。

「美鶴さん!柊さんが――!」
「詳細は晴から聞いています。柊さんを車椅子に乗せてください。手術室へ行きましょう」
「とにかく時間が惜しいので、このまま柊さんを手術室へ運んで良いでしょうか?」

澪は美鶴がうなずくのを確認して、意識のない柊を抱えたまま東雲医院の中へ急いだ。美鶴は一緒に向かおうとしたが、振り向いて、狼狽えているタクシー運転手に声をかけた。

「運転手さん、すみませんが荷物と車椅子を受付に置いて頂けますか?荷物はソファの上にお願いします」
「わ、分かりました!」

運転手に車椅子を引き渡すと、美鶴はきびすを返して手術室へ向かった。

「美鶴さん、柊さんを手術台に上げました」

美鶴が到着すると、柊は手術台に上げられおり、冷たい手術灯の光に満たされた手術室は戦場とはまた違う、静かな緊張感に包まれていた。

「ありがとうございます。心電図を取り付けるので少し下がっていてください」

美鶴の言葉に応じて、澪は手術台からじりじりと後ずさった。無理に冷静を保とうとはしているが、彼の顔は生気を失ったように真っ青だった。美鶴はそんな澪の動揺を一瞥いちべつしながらも、素早く心電図モニターに必要な電極を柊の体に貼り付けていった。

「心拍が弱い……吐血の跡がありますが、外傷はほとんどなさそうです。と、すると内臓系にダメージがあるか、生気を使い果たしているか……いずれにしても危険な状態であることは間違いありません。あざが収縮されず、澄義ちょうぎが出てこれないこともその証拠でしょう」

美鶴は冷静な声で柊の状態を診察する。その表情には、一切の動揺が見られず、医師としての冷徹さが宿っていた。

「澄義が出て来れなかったのは角端が知る限り、前世で一度だけです……それに匹敵するということですね……」

澪は悔しそうに奥歯をんだ。

「通常の外科処置では回復は見込めないでしょう。まずは生気を直接送り込み、生気不足による痣の暴走を止めなくては……しかし、澪くんの生気不足とは訳が違います。生気を送り込む際に、痣が拡大しないよう細心の配慮が必要です」
「具体的には?」

澪は前のめりになり、切羽詰まった声で尋ねた。

「送り込む生気に五麟ごりんの力を混ぜる」

その言葉を聞いて澪はぎょっとした。

「そんなことをして大丈夫なんですか?索冥さくめいの力は雷で角端は水です。角端かくたんの力を送り込んで柊さんの身体にどのような影響を及かにするか……」
「厳密に言うと、どなたであろうと送り込んだ人間の生気の性質は反映されます。ですが、五麟の生気は送り込む人間の意志が、他の生気により強く反映されるんです」

美鶴は淡々と説明する。

たちばなさんに生気を送ったもらった際も炎駒えんくの力が実は反映されていたということですか?」
「はい、永遠くんを混乱させてしまってはいけないのであの場では言いませんでしたが、澪くんを助けたいという強い気持ちが効果に反映されていたと思います」
「分かりました……では俺の意志を乗せて柊さんに生気を送ります」

澪は迷いを断ち切るように覚悟を決め、美鶴を見つめた。

「生気を送る回復術のやり方は覚えていますか?」
「はい、問題ありません」
「では、柊さんの痣の発現元である右腕の上に澪さんの手を置いてください」

澪は頷くと、柊の冷たい右腕の上にそっと自らの手を重ねた。そして、静かに目を閉じる。

木生火もくしょうか火生土かしょうど土生金どしょうきん金生水きんしょうすい水生木すいしょうもく相生そうせい巡りたまえ」

澪が言霊を言い終わると、重ねている右手から鮮やかな藍玉らんぎょくの光が勢いよく噴き出した。それは、彼の強い意志と五麟の力が融合した証だった。光は柊の痣に鮮やかな藍色となって深く溶け込んでいく。

「ぐっ……!」

柊の痣が藍色に染まっていくのと同時進行で、澪の全身に一気に麒麟の痣が広がっていく。その発現の速さは、彼がどれだけの膨大な生気を柊に移しているかを示していた。

「澪くん、そんなに生気を移してしまったら、あなたが保ちません……!」
「いえ……できるところまではやらせてください」

澪は手を止めることなく美鶴の呼びかけに答えた。彼の額には脂汗が滲み、全身は小刻みに震えていた。息が上がり苦しそうにいるが、その瞳は柊ただ一人を見つめている。

「あなたまで生気不足になったらどうするつもりですか!生気を移せる人は今ここに誰もいないんですよ?」
「二度も死なせる訳にはいかないんです!この人に何かあったら俺は――……!」

彼の悲痛な叫びと共に、回復術の光は最高潮に達した。手術室全体が、藍色の光に包み込まれる。

――パァァ……。
光が収束すると、柊の痣の暴走が止まり、まるで潮が引くように少しずつ引いていく。それに伴い、雷針が解除され、柊の顔色に確かな生気が戻っていく。その様子を見て、澪は張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れたように、その場に崩れ落ちた。

「澪くん大丈夫ですか?!」

美鶴が慌てて駆け寄る。

「良かった……ひとまず痣の暴走は収まりました……これで……」

そう言って澪は床にひざをついたまま、そっと柊の右手を握りしめた。その手は、先ほどまで冷え切っていた柊の手を温めるように、優しく、そして力強く握られていた。

「柊さんの顔色が良くなりましたね……あら?」

美鶴が澪の様子を確かめると、彼の口元から小さな寝息が聞こえてきた。力を使い果たし、彼は深い眠りに落ちたようだった。

「緊張の糸が切れたんですね……」

リネン室から毛布を二つ持ってくると、一つを柊に、もう一つを澪に優しく掛けた。

「うっ……」

美鶴は突如として苦しそうに胸を押さえた。しばらく呼吸を乱しながら苦しそうにした後、ゆっくりと深呼吸をして息を整えた。

「……柊ちゃんを死なせる訳にいかないのは、私も同じですよ」

美鶴は膝をついたまま意識を失っている澪に向かい、そっと誰にも聞こえない言葉をかけた。その一言を残して、彼女は手術室を後にした。

一之瀬怜士いちのせ れいじ東櫻大学とうおうだいがくの本館の2階にある重厚な理事長室からスマートフォンで電話をかけた。窓の外には雨上がりの夕暮れの光が、彼の顔を照らしている。

「……もしもし私だが。先ほど息子が帰宅したようだ。妻いわく、酷く動揺した様子でね。計画は予定通りいったのか?」
『あぁ、一之瀬さん。さすが手を回すのが早いですね。息子さんがすでに帰宅されていると聞いて驚きましたよ……計画については想定外の事態が起きて、本懐は達成できなかったようで……ただし、あと一歩のところのようですし、あの幼馴染たちに触発されれば達成も時間の問題のようでした』

相手の声は歓喜と落胆が混じり合っていた。

「まあ、仕方あるまい。ハプニングはつきものだ。むしろ、予定通りに行きすぎると張り合いがない。今は盤上ばんじょうの次の展開を今か今かと待つことにしよう」

怜士の声には、自身の息子への心配の色は微塵みじんもなく、ただ状況を支配する者としての冷酷な響きと、計画の波乱さえも歓迎する愉悦が漂っていた。

『“女神”もしばらくは動けなさそうなので、別のこまを使いますよ。なるべくお待たせしないようにしますので』
「あぁ、期待している」

怜士はそう言うと、静かに通話を切った。彼のひとみに映るのは、夕暮れの空ではなく、ただひたすらに、彼自身が作り上げようとしている、自身の巨大な野望だけだった。


第四章 -一葉知秋- 完


【次話】2000PV感謝記念番外編_東雲美鶴編-禍福は糾える縄の如し-
11月15日(土) 22:00頃更新

【本編はこちら】95話 インタールード3-覆水盆に返らず-
12月13日(土) 22:00頃更新


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