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『マミの1980(イチキュッパ)団地狂騒曲』 #5

#5  :  すべり台の上のハート・ブレイク

我が団地に、順一くんという男の子が住んでいる。私と同じ6歳の同級生だ。

彼のルックスをお世辞にも「かっこいい」とか「王子様みたい」などと言い表すのは、当時の1980年の物価上昇率並みに無理があった。

いつ見ても、年中無休で日差しを浴びて焦げ付いたような黒い肌。
首元が信じられないくらいヨレヨレに伸びきって、どこの泥山を何回転がってきたのか分からない、シワくちゃで汚れた白いランニングシャツ。

そして、いつも眠そうなタレ目の細目。
お世辞にも近所の女の子たちが夢中になっている『たのきんトリオ』のメンバーには入れそうにない、まさに昭和の泥んこ小僧を絵に描いたような容姿をしていた。

しかし、なぜだろう。
私は順一くんに対して、他の男子とは違う、何か説明のつかない「特別なモヤモヤ」を抱いていた。

もちろん、6歳のマミに「それが恋という名の上等な感情である」などと見極める恋愛経験値は備わっていない。
ただなんとなく、彼が視界に入ると、急に手足の置き場が分からなくなって、喉の奥がむず痒くなるのだ。

それはある日の夕方、我が家の前の通路で、私が1人で熱心に地面にろう石でケンケンパの丸を描いていたときのことだった。
向こうから、順一くんがトコトコと歩いてきた。
いつもなら「おい、マミ! 何してんだよ!」とカエルや泥団子でも投げつけてきそうなものなのに、その日に限って、彼は頑なに視線を地面のコンクリートに落としたまま、真っ直ぐこちらに進んでくる。

(あ、順一くんだ……。でも、なんかこっちを絶対に見ないようにしてる?)

私も私で、急に胸の奥がトキンと跳ねて恥ずかしくなり、「あー、ケンケンパの丸がちょっと歪んじゃったなー。直さなきゃなー」という大根役者ばりのひとり芝居を打ちながら、あさっての方向を向いてやり過ごした。

お互いに完全な無視。半径1メートルですれ違うその瞬間だけ、やたらと世界の空気が薄くなり、コンクリートブロックの壁が静まり返る。

そう、当時の私は知る由もなかったが、順一くんもまた、私と同じ「淡い恋心」という名のパンドラの箱を開けてしまっていたのだ。

言葉を交わすこともなく、ただ遠くからお互いの姿を視界の端で追いかけるだけの、あまりにも純粋で、あまりにもウブな、昭和55年のサイレント・ラブレター。
お互いに心臓が爆発しそうなのを隠して、すれ違っていたのだった。

そんな二人のじれったい関係に、特大の爆弾が投下されたのは、よく晴れた日曜日の公園だった。

私が1人で公園のすべり台の頂上に座り、奈々ちゃんからもらったお気に入りの『パチパチルンルン』を広げ、女の子のお人形にピンクのドレスをパチパチとはめ込んで遊んでいたときだった。
遠くから「キィィィィィッ!」と激しいブレーキ音が鳴り響いた。

近所の男子の5人グループが、これでもかと泥除けを泥で汚した自転車で、砂煙を上げながら乗り込んできたのだ。

その中に、あの順一くんの姿もあった。

彼は男友達の間で「ヘラヘラ」と子供らしく笑っているが、心なしか目が泳いでいて、すべり台の上の私をチラチラと気にしているのが分かった。

私は「別にアンタたちなんて1ミリも気にしてませんけど?」というツンとしたオーラを全身から醸し出しながら、ルンルン人形の黄色いカツラパーツをパチパチと付け替え続けた。

すると、男子グループの主犯格で、クラスで一番口の軽いサトシが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、すべり台の下まで小走りで近づいてきた。

「おーい、マミ!」
「……なに?」

私がすべり台の上から、ルンルンを抱えたまま冷たく見下ろすと、サトシは両手を口の前に当てて、公園中に響き渡る大声で爆弾を炸裂させた。

「順一がさぁーーーっ!! お前のこと、好きなんだってよーーーーーッ!!!!」
「!!!」

その瞬間、私の頭の中で松田聖子の『青い珊瑚礁』のイントロが爆音で鳴り響き、一瞬にして顔が沸騰したヤカンのように熱くなった。
心臓がバクバクと激しく暴れ出し、持っていたルンルンの小さな靴パーツを砂場に落としそうになる。

「な、ななな、何言ってるのよ、バカじゃないの!?」

と言い返そうとしたが、私より先に、それ以上の大パニックを起こしたやつがいた。当の順一くんである。

「バッ……! お前、何言ってんだよサトシのバカヤローーーーッ!!!」
順一くんは日焼けした黒い肌が真っ紫に見えるほど顔を真っ赤にし、自分の自転車に飛び乗ると、狂ったようにペダルを漕いだ。
そして、漫画の逃亡シーンさながらの猛烈なスピードで、公園の出口へと猛ダッシュで逃げ去っていった。

「あははは! 順一のやつ、マジで顔真っ赤にしてやんの! 逃げたぞ、追えー!」
悪ガキ男子グループはゲラゲラと大爆笑しながら、クモの子を散らすように順一くんの後を追って、自転車で別の公園へと去っていった。

嵐が去った後の、誰もいない静かな公園。
私はすべり台のてっぺんで、ポツンと1人、完全に魂が抜けた状態でぼーっとしていた。

夕方の涼しい風が吹いているはずなのに、顔の火照りがちっとも引かない。胸の奥のモヤモヤが、一気に確信へと変わる音がした。

(そっか……順一くん、私のこと……)
赤くなった顔を手でパタパタと仰いでいると、遠くから再び「キィィィィィッ!」と、さっきよりもさらに必死なブレーキ音が鳴り響いた。

見ると、さっきものすごい勢いで逃げ出したはずの順一くんが、ゼェゼェと肩を激しく上下させながら、自転車でハァハァと戻ってきたのだ。わざわざ、息を切らしながらUターンしてきたのだ。

彼はすべり台の上の私をギロリと睨みつけると、顔をこれ以上ないくらい真っ赤に染め上げ、今にも泣き出しそうな、張り裂けんばかりの大声で叫んだ。

「あ、あれは、嘘だからなーーーーーッ!!!!!(エコー)」
「……え?」
「サトシが勝手に嘘言っただけだから! 俺、お前なんか全然好きじゃないからな! ブス! じゃあなッ!!」

順一くんはそれだけをマッハの速度でまくしたてると、再びペダルを親の敵のように全力で漕ぎまくり、ものすごい土煙を上げながら、またしても猛スピードでどこかへ逃げていった。

誰もいなくなった公園で、私はすべり台の上で「……は?」と呆然と呟いた。

わざわざ、地球の裏側まで逃げる勢いでダッシュした後に、わざわざ「今の嘘だから!」と言いに戻ってくるその不器用すぎる往復ビンタ。
好きじゃないなら、そのまま帰ってくればいいじゃない。
わざわざ戻ってきて全力で否定すること自体が、もう「大好きです」って大きな看板を背負って走っているようなもんじゃないの。

「……バカね、本当にバカなんだから」

私は膝の上のパチパチルンルンの頭を優しく撫で、フッと小さく笑った。私の手の中で、ルンルンが「パチッ」と音を立てて、いつもよりちょっぴり可愛く微笑んだ気がした。

それからというもの。
通路ですれ違うとき、私は順一くんのあのヨレヨレのシワくちゃのシャツを、以前よりも100倍、いや1980倍も意識して、目が合うたびに胸を躍らせるのだった。

(#5・了)
この小説はノンフィクションです。

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