『マミの1980(イチキュッパ)団地狂騒曲』 #7
#7:アキナちゃんと、涙のエプロン
同じ団地の別の棟に住む、同級生のしーちゃんは、シングルマザーのお母さんと二人で暮らしていた。
ギャンブラーの父、どんぶり勘定の母、大食いの兄が年中ドタバタと騒ぎ立てている我が家(2K)とは対照的に、しーちゃんの家はいつも静かで、どこかお洒落な洋風の空気が漂っていた。
そんな彼女の家に遊びに行ったとき、私はある「運命のお宝」に出会ってしまったのだ。
しーちゃんの家では、「フミヤくん」という名前のインコを飼っていた。
当時、世の女の子たちを熱狂させていたチェッカーズの藤井フミヤさんから名付けられたその鳥は、雪のように真っ白で、きれいで、本当にお上品で可愛かった。
しーちゃんがお盆の上でエサをあげると、手のひらにトコトコと乗ってくる。その小さな足のピンク色や、つぶらな瞳を見た瞬間、私の胸はノックアウトされてしまった。
我が家に帰るなり、私はお母さんに猛烈な先制攻撃を開始した。
「お母さん! しーちゃんち、インコ飼ってるんだよ! フミヤくんって言うの! すっごく白くて可愛いの! 私も絶対にインコが欲しい!」
台所で夕食のもやし炒めを作っていたお母さんは、おたまを持ったまま、一瞥もくれずにピシャリと言い放った。
「だめよ。我が家にそんなインコを優雅に飼うような、お金の余裕も心の余裕もあるわけないでしょ。うちはお父さんっていうパチンコとお酒しか頭にない大食いの珍獣だけで、もう手一杯よ。鳥の世話なんて誰がするの」
「私がする! 毎日うんちの掃除もするから!」
だが、お母さんはフンと鼻で笑って取り合ってくれない。
ここで諦めるマミではない。
その日から私の、1980年最大の「インコおねだり大作戦」が始まった。
朝起きて、ちゃぶ台の前に座れば「インコが欲しい」。
学校から帰ってきてランドセルを置けば「インコ飼いたい」。
お父さんが競馬で負けてトボトボと帰ってきた日も、お兄ちゃんが宿題を忘れて先生に怒られた話を親に隠そうとしている横でも、私は空気も読まずに「鳥屋さんに行こう」と呪文のように唱え続けた。
壁の薄い2Kの家の中に、毎日私のインココールが響き渡る。
やがて、私のあまりのしつこさと執念に根負けしたお母さんが、ある夜、ついにガタッと折れた。
「分かったわよ! もう朝から晩までうるさいわねぇ! 次の誕生日のプレゼント、インコにするから! その代わり、絶対に自分で面倒見るんだよ!」
そして待ちに待った誕生日。
お母さんが商店街の角にある、鳥がたくさん売ってる鳥屋さんから、大きな箱を抱えて帰ってきた。
箱の中には、真新しいピカピカの銀色の飼育かご。その中で、ちょこんと止まり木に止まって私をじっと見つめていたのは、目が覚めるように鮮やかで美しい、青いインコだった。
「わあ……! 可愛い……っ!」
私の胸は、一瞬で弾けんばかりの喜びと興奮でいっぱいになった。
しーちゃんちのフミヤくんは白だったけれど、私のインコは空みたいな青だ。
「お母さん、私、この子の名前『アキナちゃん』にする!」
由来はもちろん、当時フミヤくんと並んでベストテンの常連だった大人気歌姫、中森明菜さんだ。
あこがれのアキナちゃんが我が家の一員になった。
私はお母さんとの約束を絶対に守るため、毎朝学校へ行く前に、鳥かごの底に敷いた新聞紙を丁寧に替え、小さくなったエサの殻をふーっと息で飛ばし、うんちの掃除も水の交換も、小さな手で一生懸命にやった。
アキナちゃんが私を見て「チチッ、チチッ」と首をかしげて鳴くたびに、世界中で私が一番幸せな女の子のような気がしていた。
アキナちゃんが我が家に来て、少し季節が変わった頃の、ある日の午後。
お父さんは工場、お兄ちゃんは友達と遊びに行っている、家の中には私とお昼寝の妹とお母さんしかいない静かな時間だった。
私はどうしてもアキナちゃんと直接触れ合いたくて、お母さんに頼み込んだ。
「ねえお母さん、部屋の引き戸を全部きっちり閉めるから、アキナちゃんをカゴから外へ出していい?」
「隙間がないかちゃんと確認しなさいよ。外に出たら捕まえられないんだからね」
お母さんの許可をもらい、2Kの部屋の障子や戸をピチッと閉め切ってから、私は鳥かごの小さなスライド式の扉をそっと開けた。
「アキナちゃん、おいで!」
アキナちゃんは少し戸惑うように首を振った後、パタパタパタ!と力強く羽ばたき、狭い部屋の空間へと飛び出した。
天井の近くをぐるりと回った後、なんと私の頭の上にトスンと降りてきたのだ。
小さな爪の、ちょっぴりチクチクとした感触が頭皮に伝わる。
「お母さん見て! アキナちゃんが頭に乗った!」
私が声を弾ませると、今度は私の肩に飛び移り、小さな嘴でツンツンと私の髪の毛を毛づくろいするように突っついてきた。
「あはは、くすぐったい!」
私は嬉しくて、愛おしくて、夢中になってアキナちゃんの青い姿を目で追いかけ、一緒に部屋の中を歩き回った。アキナちゃんが私の体の一部になってくれたような、魔法みたいな時間だった。
しかし、事件は本当に一瞬、ほんの数十秒だけ、テレビの画面で始まったアニメのオープニングに目を落とした隙に起きた。
ふと我に返って「アキナちゃん?」と部屋を見渡したとき、さっきまで目の前を飛んでいたはずの青い姿が、どこにも見当たらなかった。
「アキナちゃん……? どこに隠れたの?」
最初は、タンスの後ろやすき間に着地して、じっとしているだけだと思った。
「アキナちゃん、出ておいでー」
声をかけながら、物置き部屋の隅のダンボールの裏や、押し入れの奥まで這いつくばって探し回る。けれど、あの綺麗な青い羽根はどこにも見つからない。引き戸はちゃんと閉まっている。じゃあ、一体どこへ?
(まさか……私が気づかないうちに、外へ逃げちゃったの……!?)
最悪の想像が頭をよぎり、私の顔はみるみるうちに真っ青になっていった。
せっかくお母さんが買ってくれたのに。私があんなにおねだりして、毎日お世話したのに。手足がガタガタと震え出し、涙がじわっと溢れて視界が歪む。
そのとき、キッチンの奥、薄暗いお風呂場の方からお母さんの鋭い声が響いた。
「いたーーーっ! マミ、いたわよ! ここにいた!」
「どこーーーっ!?」
私は涙を袖で拭うのも忘れて、お母さんの声がする方へと狭い通路を猛ダッシュした。
良かった、やっぱり外に出てなかったんだ。
アキナちゃんにまた会える!
急いでお風呂場の入り口へ向かうと、そこでお母さんが、なんとも言えない、今までに一度も見たことがないような、ひどく哀しそうに歪んだ表情で立ち尽くし、私をじっと見つめていた。
「お母さん、アキナちゃんは……? どこにいたの?」
私が息を切らせて尋ねると、お母さんはきつく唇を噛み締め、言葉を詰まらせながら、静かに右手を伸ばして指を差した。
「うん……そこ……」
お母さんの指の先には、我が家のステンレス製の、小さくて深い湯船があった。
夕方にお風呂を沸かすために、お母さんが先ほどたっぷりと冷たい水を張っていた、あの湯船だ。
その水面に、ぽつんと、青い小さな塊が浮かんでいた。
アキナちゃんだった。
「アキナちゃん……っ!」
私は叫びながら、水の中に手を突っ込んでアキナちゃんをすくい上げた。
ついさっきまで、私の頭の上で温かい体温を持って、パタパタと元気に羽ばたいていたはずのアキナちゃん。
手の中に引き上げたその体は、冷たい水をたっぷりと吸って、もうすっかり固くなって、ぐったりと動かなくなっていた。
小さなまぶたを閉じたまま、私の呼びかけに、二度と「チチッ」と鳴いて応えてくれることはなかった。
「嫌だあぁぁーーーーーーっ!! アキナちゃん! 目を開けてよ! アキナちゃん!!」
薄暗い、コンクリート壁のお風呂場に、私の狂ったような絶叫が響き渡った。
私は冷たくなって動かないアキナちゃんを、こぼれ落ちないように小さな両手のひらで強く抱きしめながら、お母さんの腰にしがみついて、声を上げてワンワンと大泣きした。お母さんは何も言わず、私の小さな体を、ただ何度も何度も、骨が折れるほど強く抱きしめ返してくれた。お母さんのエプロンから、微かにもやしと洗剤の匂いがした。
自分のほんの一瞬の不注意のせいで、あんなに大好きだったアキナちゃんを死なせてしまった。
その張り裂けんばかりの自責の念と、生まれて初めて手のひらで触れた、大好きな生き物の「死」という冷酷な冷たさに、私はただただ、涙が枯れて喉が枯れるまで泣き続けるしかなかった。
その日の夕方、工場から帰ってきたお父さんも、学校から帰ってきたお兄ちゃんも、いつもの冗談やくだらないおならの爆音を一切封印して、家の中は見たこともないほど静まり返っていた。
お父さんは物置き部屋の奥から、自分が大切にしていた古い小さな木箱を探してきて、そこにアキナちゃんをそっと横たえ、白いハンカチをかけてくれた。そして夜、お父さんとお兄ちゃんはスコップを持って、団地の中庭の隅っこにある大きな木の下に、静かにお墓を作ってアキナちゃんを埋めてくれた。私はお墓の前に、アキナちゃんが大好きだったエサを少しだけお供えした。
それからしばらくの間、我が家のリビングの片隅にある銀色の鳥かごは、主を失ってガランと空っぽのままだった。
けれど、私が毎朝学校へ行くために団地の中庭を通るとき、木々の緑の向こう側で、あの眩しいくらいに美しいアキナちゃんの青い羽根が、いつでもきらきらと光りながら、私の頭の上を元気に羽ばたいているような気がしてならなかった。
私の中で、アキナちゃんは中森明菜さんの歌声みたいに、ずっと鮮やかに輝き続けていた。
(#7・了)
この小説はノンフィクションです。
