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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第37話「川のにおいと、誓いと、ぶんちゃんと」/「川ん匂いと、祈りと、春のしじまに」)


サイドB:「川のにおいと、誓いと、ぶんちゃんと」
——料理人・男性の視点

 

支流沿いの道を歩きながら、
鼻にふっと届くのは、
潮のにおいじゃなかった。

 

草と土と、
春先の川水んにおい。

 

須佐神社は、この先。
町のざわめきが、背中の遠くに溶けていく。

 

あの人と約束しとった。
「今度、でかい鯛ば釣ってきてやるけん」
「そいを、おまえが捌いて、酒ば飲もうで」って。

 

それば、楽しみにしとったとに。

 

瀬渡し船が、戻ってこん。

 

誰にも、できっことはなかけど、
祈りたか気持ちは止められんやった。

 

石段の下で一度、
垂れこめた雲に覆われた空ば仰いで、
それから、ゆっくり上った。

 

高台と呼ぶには低かばってん、
谷間を見下ろすような小さな丘。

 

石段の上、
須佐神社の小さな社殿が、
静かにそこにあった。

 

奥には、苔むした岩屋。
空気がひやりと重たい。

 

拝殿の前に立ち、
深く手ば合わせた。

 

——どうか、帰ってきてくれ。

 

そのとき、
そっと足元に、影。

 

白と茶のぶち模様。
片耳にちいさな傷。

 

「……ぶんちゃんか」

 

ぶんちゃんは、
何も言わん。
ばってん、
潮でも川でもない、
心ん波の音ば、
じっと聴いとるみたいやった。

 

おれは、
もう一度、手ば合わせた。

 

祈りは、
湿った風に匂いに乗って、
どこかへ流れていった。

 

ぶんちゃんは、
しっぽば、ひとふり。

 

それだけで、
胸ん奥が、すこしだけ軽うなった。

 

また石段ば下りながら、
川沿いの町へ戻っていく。


ポツリ、頬を小さな粒が濡らすのを感じた。

 

まだ、あの約束は、終わっとらん。
おれは、
信じとるけんね。

 

【了】



サイドA:「川ん匂いと、祈りと、春のしじまに」
——ぶんちゃんの視点

 

おれは猫。ぶんちゃん。

 

今日も、町の風ばすいすい渡りながら、歩いとった。

 

谷間沿いに出た。
佐世保川の細か流れ、
ここらはもう、港ん潮のにおいはせん。
かわりに、木々と土と、
春先の水の冷たさが混じっとる。

 

住宅地ばぬけると、
ぽつり、赤い鳥居が見えてきた。

須佐神社。

 

急ではなかばってん、
川ば少し見下ろす、
ちいさな丘みたいな場所。

 

町の音も、
車の走る音も、
すこしずつ遠くなって、
ここだけ時間が、
ゆっくりしよる気がした。

 

おれは、公園にもなっとる境内をあるき
石段に続く二つ目の鳥居の下ばくぐった。

三つ目の鳥居の先には、急な石段が、
こんもりと少し薄暗い森に伸びとる。

昇りきると小さな社殿。
木々の間を、冷たい川風が通り抜ける。
奥には、苔むした岩屋。
岩からしみ出す湿り気が、
古か祈りば包み込んどるようやった。

 

拝殿の前に、男の人がひとり。
帽子ば取って、
深く手ば合わせとった。

 

潮のにおいはせん。
ばってん、
その背中から立ちのぼる思いは、
まるで、海ば見つめる人のそれやった。

 

——誰か、大事な人ば想っとる。

 

おれは、
そっと、その横に座った。

 

にゃあとも鳴かん。
頭ば擦り寄せることもせん。
ただ、静かに、そばにおった。

 

風に湿ったにおいが少し混じっとる。

 

岩屋の影に、
風がまわる。

 

男の人は、おれに気づいて、
すこしだけ目ば細めた。

 

それだけでよか。
ここでは、
言葉もなかが、
ちゃんと、届くけんね。

 

おれは、しっぽばひと振りして、
また静かに、社殿をあとにした。

 

川沿いの道に戻ると、
町のざわめきが、また少しだけ聞こえた。

 

ばってん、
胸のなかには、
今日のしじまが、ちゃんと残っとった。

 

【了】



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シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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