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解放された絵描き、放心の中で愛の在りかを考える


8月25日、現在わたしは突然に自宅に居る。

本気の助言のおかげで自分を見失わずに済んだこと


6月……潰されそうな「自分」の人格を保っていたくて、燻るどころか破裂しそうな自我の一端を、noteに吐露投稿して2ヶ月も経過してしまった。
あの時、たくさんのnote友が、本気の本気でコメントやメッセージをくれた。
優しい励ましではない、むしろそのままではいけないと、具体的な対処方法などを助言してくれるたくさんのnote友が、本当に心強かったのだ。
「自分」という人格を諦めずに自我を保てたし、すごく勇気が出た。
ああ、吐露してしまって良かった、と心から思えた。
不安と疲れから心身狂い始めていた中で、「感謝」という丸い気持ちと「勇気」という強い気持ちが、「あたしはあたしを生きているはず」と自覚できたのだ。
時間が中々作れず、返信のレスポンスが異様に遅かったりで失礼をしてしまったけれど、本当に本当にありがたかった。
そして、自分を見失わないようにと投稿を始めた、一年前に執筆した小説。
夜間に何度も起きなければならない試練?に、寝不足を免れない中での早朝連日投稿を果たすエネルギーをもらえたのも事実。
執筆は出来なくとも、爪の先だけでもその世界の端っこに引っ掛けていたかった。



6月の吐露記事↓↓↓
たくさんの心強いコメントに涙が溢れました



間違った捉え方による突然の解放への経緯




多くのnote友にもたくさん心配をかけ、有益な助言を山ほどもらい、「自己犠牲の上に看護は成り立たない」というあまりにも的確な言葉を反芻し、とにかく自分自身が潰れ切ってしまう前にと、あれからも現状の看護のあり方の改善を何度も求めた。
せめてもの休日の必要性と外出への要求……そのためのデイサービスやショートステイの利用。プロによる運動リハ、認知症への進行の不安から、その検査も勧めた。
しかし、あらゆる方面への相談事は、魔王の理想と希望的判断に置き換えられ、現況が届くことはなく、魔女を愛する魔王からは人情論しか返って来なかった。
「大丈夫だから。もう少し我慢して」
もう少しとは一体いつまでなのか、介護に期限はない。
「弘生が倒れたら魔女も俺も困るんだから、しっかり栄養つけて頼むよ」
栄養とはどんな栄養なのか……わたしは好きなものも食べられず、寝不足と心労ですでにガリガリである。
倒れて困るなら、わたしが休息を必要とする生身の人間であることを理解してほしい。
当然のように、体調は日増しに悪化した。
ストレスによる線維筋痛症の再発と、筋力低下のせいかギックリ腰を頻繁に繰り返した。

魔女の介護区分は、7月に5から3に下がった。
早い段階からリハビリの一環として、文字を書く練習やパソコン操作を試みる魔女に付ききりでフォローしていた。
頭に浮かぶ言葉に、魔女は指も目も追いつかない。1文字のキーを探す間に、何度注意しても手のひらをキーボードに押し付けてしまうから、モニターが大変なことになる。
その都度癇癪を起こすが、根気よく毎日15分から30分を限度にして行っていた。
魔女は今、思うように文章を組み立てられないが、以前のように小説を書きたいという意欲は画業以上にあるのだ。だからわたしは、自分こそが書きたい気持ちを封印して、魔女優先の日々を送っていたのだ。
しかし魔女の癇癪が、いつもより激しい罵声をわたしに浴びせた日、我慢が極限に達した。
わかっている、これは脳梗塞の後遺症なのだ。わかっているのだが、あれほど尊敬していた魔女に言い返してしまった。
あとから魔女は謝ってきたし、もちろん悪気などないのだ。
けれど、わたしは涙と鼻血と身体中の痛みで悲鳴が上がっていた。


わたしの家族は息子ひとりである。
まだまだ若くても、息子だからこそ心情を正直に言える事もある。
そして、ついに息子が矢面に立った。
「母さんが倒れてからじゃ遅いんだよ! すでに遅すぎるけどね」
そう言って、息子が魔王に伝えたのは、
「母を解放して下さい。このままでは、母が倒れてしまいます。息子として、この状態を放っておくことは出来ません。云々…………」
この、「解放」という単語に、魔王が敏感に反応したのだ。
「まるで俺たちが拉致監禁してるみたいな言い方じゃないか! 弘生を返さないと俺たち犯罪者にされちゃうよ」
そう解釈をしたのだ。悲しくなった。
そしてわたしは、何の話合いもなく、突然「解放」された。
理不尽だったし、冷静さをまるで感じなかった。

尊敬していたんだ。魔王も魔女も、大好きなふたりだったんだ。
それは、大好きな絵描きとしてのその角度から見ていた人物像だったのかもしれない。


当たり前の事が幸せだと感じる



そしてわたしは、突然に魔女の館を去ることになった。
息子の進言で、静養のため一週間ほど息子のアパートに居候した。
息子の第一声「母さん、ちっちゃくなってる」
わたしの第一声「甘えてもいい? アイス食べたい」
脱出したその晩は、学生の息子の奢りでハンバーグをモリモリ、デザートに特大パフェ。
それから一週間は、久々に「お母さん」をした。
魔女のためではなく、息子のために料理を作る。掃除をする。洗濯をする。
ここではヨーグルトもパンもスイーツも食べられる。
観ることを諦めていた映画「国宝」も、息子と観に行った。
すごく幸せだった。
身体の痛みは続いていたけれど、ゆっくり空を見上げる時間も幸せだった。
日常の当たり前の事が、こんなに幸せな事なのだと、薄い胸がいっぱいになった。

そして先週、ようやく暑苦しい自宅に戻ったのである。
春に片付け途中で放り出して行ったままの部屋に戻り、何をどこに片付けてしまったのか忘れてしまって、まるで他人の家のようだ。
魔女の館にいた数ヶ月が、隔離された異世界に行っていたような不思議な気分である。
浦島状態がまだ抜けなくて、未だどちらに本当の自分の肉体があるのだろう、と考えてしまう。
心身の不調はまだまだ戻らず、何もやる気が起こらないけれど、とりあえず夢ではないらしい。焦ってはいけないが、まずは仕事を探さなくては……


 愛の在りかを考える



息子と今回の魔王の「愛」について話した。

「魔王の魔女愛は半端ではないんだよ。
本人曰く、魔女は恋人でも妻でもない家族以上のもの。魔女のためなら何でも出来る。絵も捨てる。これからは魔女のために生きる。生きてる限り魔女を守る。人生を捧げる。目下、何を差し置いても魔女ファースト。
ですって……すごいね〜、愛されてる魔女は幸せだよね」

「いや、僕に言わせれば、魔王は何も捨ててないよ。
確かに普通では考えられない親族以上の事をやってはいると思うけどね。
だけど、自分の生活は守ってるじゃないか。何ひとつ捨ててないじゃないか。
自分や家族優先の合間に魔女に会いに来るんだろ。
魔女を本当に愛してるとは思うけど、魔女ファーストとは違うな。
自分が守りたいなら、母さんに生活を捨てさせてまで頼まないよ。自分で看るだろ。
少なくとも、魔女に安全に回復して欲しいなら、看ている母さんを大事にするだろ。
それに、本当に完全回復させたいなら、認知症への危惧に目をそらさずに、母さんの忠告通り、ちゃんと専門医に診せるだろ。
これでも魔女ファーストだって思う?」

「確かに……。きっと魔王自身、気付いてないんじゃない? 
魔女最優先と言いながら、自分の生活自体は特に変わっていないって事に。だから、代わりになるわたしの存在が必要だったんだものね……実質的にはわたしの方が、よっぽど魔女ファーストだったね」

「親族がいるのに、ホームに入れずとも自分が面倒を看るって買って出て、その代役に母さんを巻き込んだんだ。今や誰かを頼らなくては生きていかれない魔女にとって、魔王はなくてはならない存在になってるだろ。それが何よりも魔王にとっては最高の幸せであり愛なんだよ。魔女愛の上に自己愛があるんだよ。
だから続けられるんだ。愛し続けられるんだよ」

「あなた、ずいぶんと大人になったのね」

「まあね。母さん、自分ファーストでいいんだよ」


魔女のベランダから
「魔女ファースト」


息子のアパートの窓から
「愛なんて簡単に見えるもんか」


自宅のベランダから
「いろんな姿の愛」


本当に、二ヶ月前にコメントや連絡をくれたnote友のみんな、ありがとうございました。心配かけてごめんなさい。
長々と書いてしまった、解放への顛末記。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
まだまるで覇気が戻ってこないけれど、ぼちぼち本来の弘生を取り戻していきたいです。
それと、大絵描きとしての魔女と魔王、ずっと尊敬していきたいです。



軟禁中投稿の小説に本気本気の読後エッセイをありがとう

aeuさん、小説の感想考察、書いてくれてありがとう!
果てしなく心の余裕が無くてがんじがらめになっている時に、aeuさんの本気本気の読後エッセイ! 作者本人も知らなかったところまで深く読み解いて下さった事に、感謝とともに久しぶりに笑顔が出ました。
弘生が解説するよりも、はるかに面白くて分かりやすくて、作者自身が考察したくなりました!
お礼が遅くなり、ごめんなさい。



らくぼろちゃん、コメントにドキっとするような鋭い感想くれた上に、小説の紹介までしてくれてありがとう。
お礼が遅くなり、ごめんなさい。


らくぼろちゃんの、「扇風機の風は緑色」という言葉。
これだけで小説ですよね。


弘生のソフトホラー
終盤のどんでん返しまで読んでいただけたらうれしいです。



あれから2ヶ月の顛末でした。
感謝感謝です。





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