見出し画像

歪んだ関係から抜け出せたのは「私を大切にしない人は、私も大切にしない」と決めたから。


これは、私がnoteを始めた当初から、「いつかはここに書きたい」とずっと心の中で温めていたことです。


自分の中でもまだ消化しきれていない部分があり、書くのを少し躊躇していたのですが、ここ最近「やっぱり書きたい」という思いが何度も何度も頭の中に湧き上がってきて消えないので、今、私が無理なく書ける範囲の言葉で、少しだけお話ししてみようと思います。


※今回は、私の過去の少しパーソナルな、心の葛藤のお話に深く触れています。
もし今、心が少しお疲れの方がいましたら、無理のない範囲でゆったりと読んでみてくださいね。


実は私には、長いこと一緒に時間を過ごしていて、現在同棲しているパートナーがいます。


過去、まだ同棲する前の私は、今よりもずっと自己肯定感が低く、彼に尽くしてボロボロになってしまった時期がありました。


当時どんな風に尽くしていたのか、その中身については今の時点ではあまりにも重く生々しい内容なので、正直に言うと、ここで書くにはまだ私の心の準備が整っていません。


ただ、いつか自分の心の中で完全に消化できて書ける日が来たら、そのときにまた書いていきたいなと思っています。


今現在の私たちは、あの頃とは関係性がずいぶん変わり、彼も私も、まるで別人のようになっています。


今の私たちは、当時と比べると見違えるように穏やかで、対等な関係になりました。


なぜ、そんな風に変わることができたのか。


それは、私が「これからは、自分を大切にしたい」と心の底から思ったからです。


それまでの私にとって、「自分を大切にすること」は、ものすごく勇気がいることでした。


自分よりも相手を優先して、相手の機嫌をいつも取っていないと、私の元から離れていってしまう、ひとりぼっちになってしまうと思っていたのです。


でもある日、お風呂の湯船の中で温かいお湯に包まれて心地よさに浸っていたら、ふとこんな風に思いました。


「私を大切に扱わない人のことは、私も大切にしたくない」
「その結果として、この先ずっとひとりぼっちにな ってしまったとしても、それでいい」


静かに、でも自然とそう思いました。

そんな考えは今まで自分の中から浮かんだこともなかったので、自然とそう思った自分にビックリしました。

おそらく、心が限界を迎えていたのかもしれません。


そこから、それまでの私からいきなり別人になったわけではありませんが、静かに、でも着々と変わっていきました。


その日から、相手の言うことを何でもかんでも鵜呑みにするのを一つずつやめていきました。


自分が無理をしてまで相手に与え続けることを、手放していったんです。

すると、本当に不思議なのですが、私の行動の変化に合わせて、彼も少しずつ変わっていきました。


それまでの彼は、きっと「この人は何をしても、自分から離れていかないだろう」という、甘えの気持ちがあったのだと思います。


私はそれまで、その歪んでしまった関係性の原因は「私と彼の2人の問題」だと思っていました。


でも、違ったんです。


「私が、私自身のことを一番大切にしていない」という、私自身の心の問題だったんだ、と気づきました。


これはおそらく、私の育った環境による、幼少期からの思考の癖のせいです。


これについても、今はまだ自分のやりたいことをやってみたり、ゆっくりと自分を整えている最中なので、すぐには書けないかもしれませんが、いつか時期が来たら、また書いていけたらいいなと思っています。


過去の私は、「尽くしたら尽くした分だけ、相手から愛される。いつか報われる日がくる」と勘違いしていました。


けれど、実際は全くの逆でした。


自分が自分を雑に扱っていると、周りからも雑に扱われてしまうんですよね。


それに私は、「誰かに愛されないと、私自身は愛する価値のない人間なんだ」とも思っていました。


だから、誰かから認められて愛されるまでは、自分自身を愛してはいけないんだ、と自分に呪いをかけていたんです。


でも、心の限界が近づくにつれて、私の中の
「本当の私」がこう叫び始めました。


「たとえ誰に認めてもらえなくても、
私は自分自身を認めてもいい。認めたい」



もし、今これを読んでくださっている方の中で、「いつも人からぞんざいな扱いを受けてしまう」と感じている方がいたら。


どうか、まずはあなた自身を、世界で一番大切に扱ってあげてください。


相手というのは、あなたが自分自身をどういう風に扱っているかを、目に見えない無意識の部分でちゃんとキャッチしています。


あなたが自分を大切にしなかったら、相手もあなたを大切にしてくれません。


でも、そうは言っても「どうしても自分を認められない、大切にできない」という自分を、責めたり否定したりしなくても、絶対に大丈夫です。


自分を上手く認められないのは、今までの生きてきた環境の中で培ってきた、「あなた自身を守ろうとする優しい意識」の仕業だからです。


あなたが傷つかないように、心が必死に守ってくれているだけ。


だから、認められないのはある意味、当然のことなんです。


そんな、自分を認められない自分のことも、「そっか。今までこうするしかなくて、必死に私を守ろうとしてくれてたんだね。ありがとう」って、まずはその存在を認めてあげてください。


その上で、あなた自身が少しでも楽になるために、ほんの少しずつでいいので、ガチガチに固まった心をほぐせる瞬間を増やしていってほしいなと思います。


たとえば、今までグッと我慢して飲み込んでいたひと言を、少しだけ勇気を出して言葉にしてみたり。


もしすぐに相手に言えなかったら、こっそりノートの紙に書いて吐き出してみたり。


一人で部屋にいるときに、本音を声に出して呟いてみたり。


そんな小さな小さな瞬間が積み重なっていくと、少しずつ「自分のまま」でいられる心地よい時間が増えていきます。


あなたを認められないあなたも、決してあなたを追い詰めたくてやっているわけではありません。


自分を「認められない」部分のあなたも、自分を「認められる」部分のあなたも、ぜーんぶ、あなたの味方。


それだけは、どうか忘れないでくださいね🍀





この記事の続きはこちらから読めます⇩


誰かの人生ではなく、自分の人生を生きたいと願い歩み続けた、これまでの小さな足跡の記録🐾⇩


心の声に耳を傾けてプラネタリウムに足を運んでみたら、素敵な気づきが得られました🪐
そして、不思議な偶然の一致もありました。⇩


たくさんの方に読んでいただいた記事。
皆様いつもありがとうございます🍀⇩


いいなと思ったら応援しよう!

aya ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。 いただいたチップは、今後の「文章を書く」という活動の励みとして大切に使わせていただきます。 いつも読んでくださるあなたに、心からの感謝を込めて。