相手の世界を肩越しに見るーー磯野真穂「聞く力を伸ばす」講座の思い出
映画『急に具合が悪くなる』をテーマに書いてきた記事の最終回です。
これまでの映画評・原作評・劇中劇とケアについての記事・日本で行われているケアについての記事もよろしければお読みください。
これまでの記事で、相手と同じ方向を向いて歩むことの尊さや、相手の「いまここ」にある状態を受け止めることの大切さについて書いてきました。
映画ではそのことが、マリー=ルーと真理の関係性だけではなく、ユマニチュードというケアの技法、劇中劇において境界線を越えてゆくことなど、あらゆる形で表現されているように思います。
映画でマリー=ルーに反発する場面が描かれていた看護師ソフィーにも、マリー=ルーからインタビューを受け、仕事に対する思いを打ち明ける印象的な場面がありました。考え方が違っても、言葉を受け取り、相手が大切に思っていることを知ってゆく。そんな場面を観て「この感覚、知っているな」とよみがえってきた思い出があります。
それは5年前、磯野真穂さんのオンライン講座「聞く力を伸ばす」を受講したときのこと。その講座について振り返りつつ、感じたことをまとめます。
受講の動機・エンパシーって実践できる?
受講したのは2021年の6月第1週からの5週間。
ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で有名になったempathy(エンパシー)を実践したい、というのが大きな動機でした。
自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々が何を考えているか想像する力のことだ。シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業とも言えるかもしれない。
エンパシーの考え方はとても魅力的で、こうありたい、と強く思いつつも、結局「自分だったらこう思うはず」と「自分の経験や立場」からしか相手のことを想像できていないのでは?と悩んでいたのです。そんなとき、磯野真穂さんの講座を目にしました。
「まずは相手の肩越しに立ってみるという、文化人類学の哲学と手法を元に、問う力を伸ばすための視座と技術を学びます。」と講座の趣旨にある通り、この講座の「聞く」は傾聴することではなく、インタビューを通じて質問を投げかけながら相手の世界を知り、お互いに気付いていなかった視点に気付いていく…というものです。
これこそエンパシーに必要なものだ、と受講を決め「相手の肩越しに立ってみる」ための実践の日々が始まりました。
誰もが日常のプロフェッショナル・相手の世界を知るための技法
講座では実際に受講生同士でペアになってインタビューをしてみるため、インタビューのテーマが設定されていました。
そのテーマは「あなたが仕事(賃金労働に限らず日常で担っていること)において、大切にしていることは何ですか?」
ちょっと戸惑ってしまう問いかけです。こうした抽象度の高い質問をいきなりしても答えられない、ということで、まずは相手の日常を知るために、相手の状況を語ってもらう記述的質問について学びました。
「~って何ですか?」と聞くのではなく、普段どんなタイムスケジュールで動き、どんな環境で、どんな道具を使って仕事をしているのか。
すぐに思い出せる、普段していることについての質問で、日常の解像度を上げてゆきます。
ただ、学んでみてなるほど!と思うのと、実際にインタビューをしてみるのは全然違い、学んだことをもとに質問を考え、初めてインタビューをしあったときは、今振り返っても相当たどたどしく、どう次の質問をしていこう…という戸惑いがあったような気がします。
そこで終わるのではなく、インタビューを文字起こしし、お相手の言葉を分類・分析して言葉のなかにあるトピックスやテーマを見つけてゆき、同時に自分の言葉の癖やお相手の言葉との違いに気付く、という時間がとても大切でした。
仕事のときのように「~ってこういうことですか?」と確認ばかりしていることを反省したり、「言葉をまとめない」ことを意識しようとしたり、試行錯誤した時間だったな、と思います。
その分析をもとに、気になることやさらに掘り下げたいことを見つけ、「相手の世界を掘り下げるための問いの投げ方」をさらに学び、2回目のインタビューを行ってゆきました。その時には「なんであの話の流れであの質問したんだろう…」という反省もありつつ、「相手の方の意識していることや日常の風景が見えた」手応えが確かにあったのを覚えています。
相手に自分の見た世界を届ける・ギフトを渡し合う温かさ
2回インタビューを行って手応えを感じて終了していたら、ここまで忘れがたい経験にはなっていなかったかもしれません。
この講座には最後に、特別な課題がありました。
インタビューから見えた「○○さんが仕事において大切にしていること」をテーマに作品を作り、相手にギフトとして届ける。
お話を聞かせてもらった相手の方が大切にしていることを、ギフトとして届ける…それは「あなたの世界は私にはこう見えた」「こんなことに気付けた」と、自分なりの思いや世界観を込めて相手の方に渡すことです。
どんな言葉で、どんなものを渡したら喜んでもらえるんだろうか…と、インタビューを聞き返し、インタビューの文字起こしを見返して分析しながら、本当に夢のなかでも相手の方のことを考える日々を過ごしました。
インタビューから見えた世界は、私のなかで「詩」という形になり、お相手の方にギフトとして受け取っていただけたときは、本当に嬉しかったです。
お相手の方も、私が仕事で行っていることの意味を深く見つめてくださり、その時いただいたギフトは今でも心の支えになっています。
講座のうち、インタビューでお話を聞いたのは合計でも40分ほどです。
それでも、相手の世界を肩越しに見て、見た世界を届けられたこと。
自分と相手の違いがあるからこそ、見えてくる世界があると気付けたこと。
お話を聞いたことで、意識できるようになったことがたくさんあります。
本当に忘れがたい経験でした。
こうした経験がなかったら『急に具合が悪くなる』の記事もまったく異なるものになっていたかもしれません。
こうして振り返るきっかけをくれた映画『急に具合が悪くなる』と、
様々な学びをくださった磯野真穂さん、
そしてインタビューを通じて大切なギフトをくださったお相手の方へ、
心からの感謝を込めてこの記事を終わろうと思います。
