【書く】「あなたに宛てて書いています」 たしかなこと で大切にしている書き方
「たとえ、だれにも理解されなくても
求められなくても、自分のために書いていんじゃないか」
この考え方は、
私が「たしかなこと」の取材記事を書くうえでの
揺るがない軸であり、
「読者のために書こう」のちょっとした反抗でもあります。
もちろん「誰にも理解されないことも、求められないこともまずない」ことを前提にですが、極論私は「自分のために書いていい」と思っています。
「たしかなこと」とは
「ひとりにひとつ物語を」をコンセプトに
写真家、ヨガインストラクター、美容サロン経営者など人生と丁寧に向き合いながら、
想いを持って活動している人たちを記録する場所です。
8月に「たしかなこと」を立ち上げ、今はひとり編集部をしています。
ーわずか5ヶ月でフォロワー505名に達しました、ありがとうございますー
ー「たしかなこと」誕生秘話を綴ったnoteは、Xでも大きく反応いただきました、感謝感謝ですー
冒頭の「自分のために書いていいんじゃないか」は
私が、記事を執筆しているときに常々考えていることです。
ここでいう「自分」とは私自身のことではなく
「たしかなこと」で取材を受けてくださった方のことを指します。
ぶっちゃけると
最初から多くの方に読まれる文章を書こうとしていません。
そういう気持ちがゼロだとは言いませんが、
大多数からの評価を優先した時、
取材で生まれてきたキャッチコピーや言葉たちは
急に熱を帯びなくなる気がするからです。
執筆で大切にしていること
「たしかなこと」の取材時間は、平均して3〜4時間です。
決まった質問をこなす取材ではありません。
話していくうちに、
「さっきの話、やっぱりこう思ったんです」
「これは記事に入れなくてもいいんですが…」
と、予定になかった話が出てくることもよくあります。
取材後に、補足のメッセージをいただくことも少なくありません。
こうしたやりとりを経て記事を書くとき、
私が必ず意識していることがあります。
それは、「取材を受けてくれたご本人に向けて書くこと」です。
なぜ「ご本人に宛てて」書くのか
取材で語られることは、最初から整理されていません。
ほとんどの場合話は行ったり来たりし、時系列もごちゃごちゃで、
公開できない内容も多く含まれています。
でも、それらはすべて、
ご本人が迷い、言い直し、沈黙を挟みながら、
少しずつ差し出してくれた生の気持ちです。
たとえば「生きる」という言葉ひとつをとっても、
受け取り方は人それぞれですよね。
「前を向いて頑張ること」だと捉える人もいれば、
「今日をなんとかやり過ごすこと」だと感じる人もいる。
また別の人にとっては、「死」という意味かもしれません。
たったひとつの言葉でも、
重ねてきた経験によって、解釈は異なります。
結論だけを切り取り、
わかりやすい言葉に置き換えることは、たしかにできます。
けれどそれでは、
その人が今日にたどり着くまでに抱えてきた迷いや、
言葉になる前の感情、背景が抜け落ちてしまう。
だから私は、まず「ご本人に宛てて」書きます。
その方が語ってくれた言葉を、その方自身が読んだとき、
「確かなる人生はここにあった」と感じられる文章でありたいからです。
読者は、あとから現れる
不思議なことに、そうして書かれた文章は、
今すぐ評価されなくても、
「どこかの誰か」に必ず届きます。
実際に「たしかなこと」においても
・数ヶ月後に突然DMが来る
・「この記事、保存していました」と言われる
・ふとしたときに思い出してもらえる、感想を伝えてくれる
の事象が起こっています。
読者は、
私たちが探しにいかなくても、必要なタイミングで現れるのです。
だから「たしかなこと」は、
スキやビューに囚われることのない、
長く残る居場所として、重宝されているのだと思っています。
私にとって取材記事は、「誰かをよく見せるための文章」でも
「正解を提示する文章」でもありません。
目の前で語ってくれた、お一人の人生に誠実に向き合い
物語として残すことです。
そのために、まずは
「取材を受けてくれたご本人に宛てて書く」
というスタンスを貫き続けたいと思っています。
それが「たしかなこと」の記事執筆におけるブレない軸であり
私なりの覚悟です。
◻︎「たしかなこと」ではこんな記事を書いています
ー「たしかなこと」の記事制作について気になった方はこちらー
ーASD・ADHDの診断に30年以上かかった方のお話ー
ー指名ゼロから2店舗経営に至った美容サロン経営者のおもてなしー
◻︎「たしかなこと」への想い
ーご本人宛の記事がたどり着く先を書いたよー
ー最近コーヒーにハマってますー
