僕を壊したのは、大事件ではなかった。休職までに見過ごした、5つの小さな違和感。 | 【適応障害】『僕が僕に帰るまで』第3話
僕はこんな人です👇
前話👇
2話のあらすじ
250名ほどの製造業に転職し、生産管理・システム管理・採用等幅広い仕事をしていた自分
幼いときより責任感の強い性格や、期待されることを喜びに感じる性格
人間関係のストレスや、様々な周囲からの無言の期待やプレッシャーにこたえようと日々の小さな違和感を無視し続けた結果
2026.3 適応障害の診断があり休養が必要とのこと
会社に診断結果を報告するも、
意外なほど会社の反応はあっさりしたものだった
「え、それだけなの?」
まずは、1ヶ月の休職生活が始まる
期間が延びていくことも知らず…
不安と焦り
休職が決まったとはいえ、
2月後半から休んでいたから、
大きく生活が変わることはない😂笑
でも、
いざ適応障害の診断が出て報告も終え、
1ヶ月の休職が決まると結構きた
これからどうなるんだろう
俺って病気なの?
この俺が?
個人事業の失敗や借金等、
これまで色々あったものの少しずつ順調になりつつあった中
今回の診断
心療内科からの帰りの車のなか、
強烈な焦りや不安に襲われ涙がでた
小さな違和感
「適応障害になった原因は何だったの?」
そう聞かれたら、今の僕なら、
「一つの大きな出来事ではなく、小さな違和感の積み重ねだった」
と答えます
パワハラ、セクハラを受けた
大きな失敗をした
突然、仕事量が何倍にもなった
僕の場合、
そんな分かりやすい1つのきっかけがあり急にきつくなったわけではありませんでした
(正直、仕事量はかなり多かったけど😂)
むしろ厄介だったのは、
一つひとつを切り取れば「まあ、そんなものだよな」と我慢できてしまったこと
我慢できたというか、
違和感はあった、でもそれに正面から向き合ったり周りを巻き込んで解決ができず見過ごしてきた
この表現の方が近い
だからこそ、自分でも限界に近づいていることに気づけませんでした
読んでくれている皆さんの中にも、
大なり小なり似たようなことがありませんか?
振り返ってみると、
大きく5つの「小さな違和感」がありました
①「まあいいか」が積み重なる、なあなあな組織への違和感
最初にあったのが、
組織のカルチャーに対する違和感でした
仕事をしていると、
「これ、誰がやるんだろう?」
「このルールって何のためにあるんだろう?」
「問題になっているけど、このままでいいのかな?」
こんなことを思う場面がありませんか?🤔
どの会社にも大なり小なりあると思うけど、特に中小企業だとこんなことザラです😹
でも、
「昔からこうだから」
「とりあえず今まで通りで」
「誰かがやるでしょ」
という雰囲気で流れていく
特に、無駄に業績が安定していると、違和感や改善する気持ちを見過ごしがちになると思います
もちろん、全てを変える必要があることばかりではありません
一見無駄そうに見えても、そうなっている理由や背景をきちんと理解する必要はあると思う
ただ僕自身は、課題があれば整理したり、仕組みにしたり、すぐに少しでも良くしたいと思うタイプでした🎓
特に、どっちが良い悪いとかではないけど、東京の大手ITから地元の中小製造業に転職するとカルチャーが全く違う🌀😱
本当に別世界です😂
だから、
「気づいているのに変えない」
「変わらないかもしれない」
という状況が少しずつストレスになっていたんだと思います😣
当時は正直、「地元の小さな会社だし、こんなものなのかな」と思っている部分もありました
でも、その「まあいいか」が自分の中に少しずつ溜まっていました
②「このままここにいて大丈夫?」というキャリアへの不安
もう一つ大きかったのが、
将来のキャリアへの不安です
仕事そのものが嫌いだったわけではありません
むしろ、頼られるときもあって
やりがいを感じている瞬間もありました👍
生産管理から始まり、社内システムの管理・運用、新卒採用など、幅広い経験をさせてもらいました
だからこそ、
「この経験は、5年後、10年後の自分にどうつながるんだろう?」
と悩むようになりました
このまま働き続けて、自分は何の専門家になるんだろう
市場価値は上がっているんだろうか
会社の都合の良いように使われているだけなのではないだろうか
ここでしか通用しない人間になっていないだろうか
もちろん、会社は営利組織で学校ではない
自分の希望のみが通るわけではないのは百も承知
答えが出ないまま、仕事だけは毎日続いていった
目の前の仕事をこなしながら、
「この道を進んだ先に、自分が望む未来はあるのかな?」
という先の不安がずっと頭の片隅にあった
➂「この仕事、全部自分に来るのでは」という不安
自分はシステム系の部署にいた
ただ、新卒採用の業務もしており社外イベントや社内の会社説明会等を担当することもあった
そのため、そのうち総務部長になってほしい
風の噂では現職の部長がそんなこと言ってるって何度も聞こえてきた
その時の総務は年齢が高めでした
3名いて全員50代以上で、苦手な人もいた
そこで感じていたのが、
「数年後、この人たちの仕事は誰が引き継ぐんだろう」
「なぜ将来の引き継ぎを見越して若い人を配置しておかないのか」
という不安です
会社にとって、ベテランの経験や知識は大きな財産です
一方で、それが十分に整理・標準化されないまま人に紐づいていると、誰かが退職するとき、一気に引き継ぎが発生します
自分は比較的若い
システムも少しは分かる
いろいろな部署とも関わるハブのような存在になりつつある
だからこそ、
「これ、この先どんどん自分に集まってくるんじゃないか?」
という感覚がありました。
まだ実際に起きていない未来です
でも、先が見えてしまうからこそ不安になる
「今でもいっぱいいっぱいなのに、数年後はどうなるんだろう」
そんな感覚を抱えながら働いていました。
④別部署の先輩の「不機嫌」に振り回される
人間関係のストレスもありました
別部署に、感情が態度に出やすい女性の先輩がいました
機嫌がいいときは普通に話せる
でも、機嫌が悪いと如実に態度や空気に出る
その先輩は高卒入社で社歴も長い
仕事の知識は確かにもっていたと思う
しかも、仕事上その人は中心的な部署にいたため日々どうしても関わる必要があった
なので、
「今日は大丈夫かな」
「これを言ったら機嫌を損ねないかな」
「今話しかけない方がいいかな」
と、相手の様子をうかがうことが増えていきました。
今考えると、これもかなり疲れていたんだと思います
仕事そのものだけではなく、「相手の機嫌を読む」という仕事まで勝手に増やしていた
もちろん相手にも事情があったと思います
だから「その人が全部悪かった」と言いたいわけではありません
ただ、僕にとってその関係性がストレスになっていたことは事実でした
⑤上司との「仕事に対する考え方」のズレ
そして最後が、上司とのコミュニケーション・考え方の違いでした。
特に感じていたのが、
組織をこれからどうしていくのか、僕自身のことをどう考えてくれているのか、後輩をどう育てていくのかという部分
僕には僕なりに、
「こうした方が組織として良くなるんじゃないか」
「後輩にはこういう経験をさせた方がいいんじゃないか」
という考えがありました
一方、上司は比較的寡黙な人でした
おそらく何かしら考えていると思うけど、全く伝わらないし聞いても曖昧な回答ばかりだった
意見が違うこと自体は組織では普通のこと
ただ、そのズレや理解不足が何度も続くと、
「自分が大切だと思っていることと、この組織が大切にしていることは違うのかもしれない」
と思うようになりました
これは今思えばかなりのストレスだった
それでも、
「自分が合わせればいい」
「自分がもう少し頑張ればいい」
と思っていました
特に、自分の上司は多忙
別部署の管理者がメンタル病んで退職したため、その部署も統括するようになっていたから
俺のことをみている暇はない
責任感が強いことは、自分の長所だと思っていました
でも振り返ると、
その責任感が、自分を休ませない理由にもなっていました
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第4話「休職して1か月。友人からの「やっぱり来ないか?」のひと言で、僕は伸びきった髭を剃った」に続く
◎この物語を最初から読む方へ🌱
僕が会社に行けなくなった日のことは、第1話から読めます👇
