神曲と第九
ダンテの「神曲」は、これまで何度か読もうとしていたけど、地獄編で力尽きて挫折していた。画家の榊さんの個展を観るために徳島へ旅した時、榊さんが「今、これを読んでるんだよ~」と見せてくれたのが、ドレの挿画による神曲だった。
ずっと積読になっていたが、最近になってドレの神曲を読んた。
訳と構成は、詩人で歌手でもある谷口江里也さんによるもの。
谷口さんの構成により、地獄編・煉獄編・天国編が1冊に収まっているので、神曲の全体像を掴むにはピッタリだと思う。映像詩とも言えるドレの挿画と、谷口さんの意訳によるダンテの言葉が見事に共鳴している。
ダンテによる冥界の旅は、詩人のヴィルギリウスを導師とし、地獄から始まっていく。思えば僕にとっての導師的存在が榊さんだ。彼の絵によって、自然の奥にある豊穣な霊的世界に出会い、ついには彼のいる徳島まで導かれたからだ。
そんな榊さんは今、ダンテの神曲に取り組んでいる。
ドレの挿画はモノクロの世界。それに対して榊さんが絵によって翻訳するダンテはカラーで、彼がいつも森に入って絵を描くように、森という宇宙の中で神曲の世界が展開される。
榊さんの絵物語がついに天国編に辿り着いた頃、僕は根本さんの指揮による第九に出会った。榊さんから「微妙にシンクロするよね」とチャットがくる。そうだ、榊さんとはこれまで何度か不思議なシンクロニシティを重ねてきた。第九やバッハのことなどの話をする。
音楽を語るとき、音楽家の言葉よりも、むしろ音楽以外の分野にいる人たちの言葉のほうが、核心を突いていてスっと心に入ってくることがある。榊さんは「音楽の知識がないし楽器も弾けないけど、その分イメージで聴けているからだと思う」と仰った。僕自身、まずは技術よりも、その音楽から立ち上がってくるイメージを大切にしているところがある。
榊さんによると、ダンテの天国編では第九が響いてくるという。
金星天に入ったあたりから空気が変わった。既に地上を出て地球の外にいるのに、内なる宇宙に潜っていくような魂の覚醒がある。内に潜って外に開く。そうそう、これが描きたかったんだと嬉しくなる。ベートーヴェンの交響曲でいうと天国篇は第九、リラックスして天上のメロディを楽しもう。 pic.twitter.com/rXRK06PZwP
— 榊和也 (@kazuyasakaki) April 14, 2026
根本さん指揮による第九のCDから改めて4楽章を聴いた。エネルギーが凄まじい。冒頭の低弦のユニゾンによる歌。大地のエネルギー。腹の底から響いてくる低音。そう、大地だ。根本さんが足を踏み鳴らす音も聴こえる。地に足をつけて大地から音楽が始まる。
徐々に歓喜のメロディに近づいてくる。ここでやっとバリトン歌手によるソロが入る。冒頭の低弦のメロディーを引き継いで。バリトンの呼びかけに段々と人々が集まっていき、やがて大合唱となる。
4楽章は大地の響きから始まるが、やがて天上の光の中にいる天使達に招かれ、音楽全体が上へ上へと上昇していく。時には周りが霧がかり大地から足が浮いていく。天界と下界の行来を何度も繰り返す。
上の動画は転調してフェルマータになるところ。まるで第一の光の門をこじ開けるような力強い響き。ここで涙が溢れた。
ホルンによる鐘の響き。その上を霧のように歓喜のメロディーのモチーフが3回、運命の鐘のように意味深に響く。そして、怒涛の歓喜の合唱に入っていく。
合唱の裏ではコントラバスも含めた弦楽器が凄まじい旋律を弾いている。榊さんは「個人的にはベートーヴェンが一番バッハの魂を継いでいるように思える。音楽の構造は違うんだけど、魂が似ている」と仰った。キース・ジャレットも言っていたが、色彩から考えるとバッハの音楽は水晶のように透明。ここでのベートーヴェンは、バッハをベースにしつつも情熱的な炎に包まれた赤や暖色系の色を放っている。コントラバスも普段の伴奏という枠を超えて、バッハのようにベースパート・旋律・ハーモニーを同時に含めた歌を歌っている。ここでは演奏という行為を超えて皆が「戦士」になっている。
ドレの挿画に添えられた谷口さん訳の天国篇から、僕の内面に響いてきたのも第九だった。4楽章は天上の音楽だが、最後は人間界に降りてくる。
根本さんの第九から感じたのは、権力に抗いながらも民衆の平和と喜びを取り戻していこうとするベートーヴェンの姿だった。そこから関連して「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンのことが浮かんだのだった。さらにダンテもベートーヴェンに通じるものがある。彼も民衆のリーダー的立場だったが、権力の軋轢と陰謀に巻き込まれ、愛するフィレンツェを永久追放されてしまう。その後、流浪の旅の中で書かれたのが「神曲」だった。
神曲は地獄編が一番長い。それに比べて天国編は短い。この地獄編の長さと濃密さにヘトヘトになってしまう。
なぜベアトリーチェは私を天国ではなく地獄に案内したか。それは天国に至るのが目的ではなく、そこに向かっていくことにこそ魂の成長があることを知っているから。『なにも恐れるな、生き延びるために、夢中になれ』ウェルギリウスの声が聴こえた。
— 榊和也 (@kazuyasakaki) January 5, 2026
僕は3年ほど闘病したが、そこで味わったのも地獄のような苦しみの世界だった。特に地獄の第二の国にいる怪人ミノスのような存在に夢で何度もうなされた。そんな悪夢の中でミノスの肉体は深い青色にぬめりと光っていた。第九の1,2楽章は戦争や苦悩のイメージが浮かんでくる。指揮者の根本さんも自殺未遂や鬱病に苦しんだという。人間界の欲や憎しみ腐臭など悪にまみれた闇を通らないと見えてこない光がある。肉体も魂も地獄編でとことん削られていく。しかしそれは魂という石の研磨でもあり、そこで魂は磨かれ、深い緑の独特な光を放つようになっていく。
というわけで根本さん指揮による第九。4/29(水・祝)レーベンバッハ管弦楽団_第4回 世界平和音楽祭「第九」@海老名市文化会館 大ホール
コンサートの詳細は下記リンクより。是非!
追記
榊さんがツイートしてくださった。
そうか、精霊の森のときから読んでたんだ。あれから平川祐弘訳の完全版で読み直した。ベートーヴェンの交響曲、第一から順番に聴いていると、ぴったり第九が天国篇に重なる。
— 榊和也 (@kazuyasakaki) April 26, 2026
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