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沖縄教育移住から1年。親が変わるより、子どもが変わった

沖縄への教育移住から1年。長女は自らアメリカの通信制インターナショナルスクールへ転校し、海外大学進学へ。次女も「行きたい学校」ができたことで、英語や漢字を自主的に学び始めました。親が引っ張る教育から、子どもが自分の未来を選ぶ教育へ。2人の変化から見えた、教育移住の本当の価値について書きます。

こんにちは。リアル孟母ベティです。

沖縄に教育移住して、約1年が経ちました。

「教育移住して良かったですか?」

最近、そんな質問をいただくことが増えました。

私の答えは、少し意外かもしれません。

一番変わったのは、学校でも成績でもありません。

子どもたちの"自主性"でした。


長女は、自分で進路を設計し始めた

長女は今年の6月まで、沖縄のインターナショナルスクールAに通っていました。

でも、将来を考えた結果、自分から

「アメリカの通信制インターナショナルスクールへ転校したい」

と言い出しました。

もちろん、親子で何度も話し合いました。

けれど最終的に選んだのは、長女自身です。

今では海外大学進学を目指し、

  • どの大学を受験するか

  • IELTSはいつ受けるか

  • IMATを受けるのか

  • ハンガリーか、イタリアか

  • 今何を勉強すれば将来につながるのか

そんなことを自分で考えながら毎日を過ごしています。

親が「勉強しなさい」と言う時間は、以前よりずっと少なくなりました。

「将来こうなりたい」

という目標が見えると、人は自然と動き始めるのだと感じています。

次女にも、小さな変化が起きた

今年4月、次女は沖縄のインターナショナルスクールBへ途中編入しました。
長女の通うインターA(学力は沖縄で一番高い)とインターBを受けて、インターBしか受からなかったんです。

最初は環境に慣れるのがはやくこのインターBが好きなのかなと思っていました。

ところが1か月経った頃、

「やっぱりお姉ちゃんが通っていたインターAに行きたい。」

そう言うようになりました。

そこからが今までと違いました。

以前なら、

「勉強しなさい。」
と言われてから机に向かうこともありました。

でも今は違います。

自分から英語を勉強する。
自分から漢字を覚える。

目標ができたことで、毎日の行動が少しずつ変わり始めました。

誰かに言われたからではありません。

「行きたい学校がある。」

その気持ちが、勉強する理由になったのです。

親が引っ張る教育には限界がある

私はこれまで、香港、オランダ、沖縄と4回教育移住を経験してきました。

昔の私は、

子どものために情報を集め、
学校を探し、
英語教育を考え、
進路を調べ、
親が引っ張ることが大切だと思っていました。

もちろん、それも必要な時期があります。

でも最近思うのです。

親ができることは、

子どもが「自分で歩きたくなる環境」を整えること。

そこまでなのかもしれません。

歩くのは、子ども自身です。

教育移住の価値は、学校だけではない

教育移住というと、

「どこの学校へ行くか」

に目が向きがちです。

でも1年経って思うのは、学校名よりも、子ども自身が

「どう生きたいか」を考え始める環境のほうが、ずっと大切なのではないかということです。

自分で調べる。
自分で決める。
自分で挑戦する。

この力は、学校を卒業してからも、一生残ります。

親の役割も変わっていく

子どもが小さい頃は、親が前を歩いて道を作ります。

でも成長するにつれて、親は少しずつ横に並び、

やがて後ろから見守る存在になっていきます。

この1年で、その変化を強く感じました。

少し寂しい気持ちもあります。
でも、それ以上に嬉しい。

自分で未来を選ぼうとしている娘たちの姿を見ていると、

「教育移住して良かった」

と思う理由は、学校名でも偏差値でもありません。

子どもが、自分の人生を自分で設計し始めたこと。

それが、沖縄教育移住1年で私が得た、一番大きな答えでした。

教育のゴールは、親が子どもの人生を決めることではありません。

親がいなくても、自分で未来を選び、歩いていける人になること。

沖縄で過ごしたこの1年は、そのスタートラインだったのかもしれません。

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