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赤ちゃんは運ばれる。大人は自分で移動する。だから娘にスクーターを買いました。

16歳の長女にスクーターを買いました。「危なくない?」という声もありましたが、私が本当に渡したかったのはバイクではなく、「移動する力」です。赤ちゃんは誰かに運ばれて生きています。でも大人は、自分で行き先を決め、自分で働き、自分で人生を動かします。教育移住を経て私が娘に贈りたかった、「移動する力」と「稼ぐ力」について書きました。

こんにちは。リアル孟母ベティです。

先日、長女にスクーターを買いました。

もちろん、その前に原付免許も取得しました。

友達に話すと、

「16歳でスクーター?危なくない?」

と言われることがあります。

その気持ちもよく分かります。

事故のリスクはゼロではありません。だから交通ルールも、安全運転も、口うるさいくらい伝えました。

それでも私は、娘にスクーターを持たせることを選びました。

なぜなら、私が娘に身につけてほしかったのは、

「移動する力」

だったからです。


赤ちゃんは、自分では移動できない

赤ちゃんは、生まれたばかりの頃、自分ではどこにも行けません。

抱っこされ、ベビーカーに乗せられ、チャイルドシートに座らせてもらい、いつも誰かに運んでもらっています。

少し大きくなれば歩けるようになります。でも、行ける範囲はまだ限られています。

親が車を出してくれる。バスに乗せてくれる。送り迎えをしてくれる。

子どもは、自分で移動しているようでいて、実は親の力を借りて移動しています。

だから私は、

「自分で移動できるようになること」は、大人になるための大きな一歩だと思っています。

行動範囲が広がると、人生の選択肢も広がる

子どもの頃は、親が送り迎えをします。

学校。
塾。
習い事。
アルバイト。

親が車を出せなければ、行けない場所もあります。

でも、免許を取り、自分で移動できるようになると、世界は一気に広がります。

「行きたい」と思った場所へ、自分の意思で行ける。

それは単なる移動手段ではありません。

人生の選択肢を、自分で増やせる力だと思っています。

このスクーターは、アルバイトにも連れて行ってくれる

長女は、このスクーターでアルバイトへ行きます。
アルバイトは、お金を稼ぐためだけではありません。

時間を守ること。
責任を持つこと。
お客様や職場の人と関わること。
社会のルールを知ること。

そして、

自分の力でお金を稼ぐこと。

これもまた、大人になるための大切な経験です。

このスクーターは、社会とのつながりも広げてくれる

長女は、このスクーターでアルバイトへ行くだけではありません。

これからは、ボランティア活動にも参加する予定です。

誰かに送ってもらわなければ行けない場所ではなく、

「行こう」と思った場所へ、自分の力で行ける。

この違いは、とても大きいと思っています。

社会貢献も、誰かに連れて行ってもらうものではなく、自分で選び、自分で足を運ぶもの。

移動する力があるからこそ、人との出会いが増え、経験が増え、世界が広がっていきます。

私は娘に、勉強だけできる大人になってほしいとは思っていません。

自分で働き、自分で学び、そして、自分の時間や力を誰かのためにも使える人になってほしい。

そのためにも、このスクーターは単なる乗り物ではなく、

社会へ踏み出すための一歩になってくれたらと思っています。

親がお金を出し続けるより、自分で稼ぐ経験

私は、子どもに何でも買い与えたいとは思いません。

でも、自分で働いて、

「これを買いたい。」

「ここへ行きたい。」

と思ったときに、そのお金を自分で生み出せる人になってほしい。

お金を稼ぐ力は、生きる力です。

だから私は、スクーターそのものをプレゼントしたかったわけではありません。

スクーターを使って、自分で世界を広げてほしかった。

そんな気持ちのほうが大きかったのです。

「危ないからやめよう」だけでは育たないものがある

もちろん、安全が一番大切です。
だからフルフェイスヘルメットをかぶる。

スピードを出しすぎない。

雨の日は無理をしない。

危険を理解した上で行動することは、何度でも伝えます。

でも、

「危ないから乗らせない。」

だけでは、経験できないこともあります。

大人になるということは、

安全と自由のバランスを、自分で考えられるようになることでもあります。

親の役割は、ハンドルを握り続けることではない

沖縄に教育移住をして、この一年で娘たちは大きく変わりました。

長女は、自分で海外大学への道を考え始めました。

次女も、自分から勉強するようになりました。
今では自分でお弁当も作っています。

私は環境を整えることはできます。

でも、人生のハンドルを握ることはできません。

握るのは、子ども自身です。

だから今回、スクーターを買ったことは、単に移動手段を手に入れたという話ではありません。

娘に、

「自分で行きたい場所へ行き、自分で働き、自分で人生を動かしていく力」

を渡したかったのです。

赤ちゃんは、誰かに運んでもらわなければ移動できません。

でも大人は、自分の意思で行き先を決め、自分の力でそこへ向かいます。

その「移動する力」は、単にバイクを運転する技術ではなく、人生を自分で切り拓く力の象徴なのだと、私は思っています。

親は子どもに家やお金を残せるかもしれません。

でも私が残したいのは、自分の力で行きたい場所へ行き、働き、人と出会い、社会に貢献できる力です。

その最初の一歩が、この小さなスクーターでした。

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