事件簿ファイル#90[特別編]:間に合う会社、間に合わない会社/見えない倒産シリーズ③
◼️選択肢はある。だが、選び方で全てが決まる
選択肢はある。
ただし――
普通には選べない。
プロローグ
「で、結局どうするんだ」
高瀬の声は、静かだった。
だが、その一言で、会議室の空気は明確に変わった。
それまで続いていた説明の流れが、そこで完全に止まる。
誰もが、同じところに行き着いていることを理解していた。
資料は揃っている。
選択肢も提示されている。
外部の専門家の意見も聞いた。
やるべきことは、もう分かっている。
それでも、決められない。
誰かが怠けているわけではない。
むしろ全員が真剣に考えている。
それでも、止まる。
理由は単純だった。
どの選択肢も、軽くない。

第1章 出されている答え
「現実的な選択肢は、いくつかに整理されています」
コンサルタントはそう言って、画面を切り替えた。
そこに表示されたのは、見慣れたシステム名だった。
SAP ECC
そこから先に続く道が、整理されている。
S/4HANAへの移行。
延長保守。
あるいは、機能ごとの分離。
説明は明快だった。
どれを選んでも理屈は通る。
どれも間違ってはいない。
だが、高瀬の視線は資料ではなく、テーブルの上に落ちていた。
――これは、誰が決める話なのか。
それが頭から離れなかった。
第2章 軽くないという現実
「率直に申し上げると」
コンサルタントの声は落ち着いていた。
「どの選択も、それなりの負担が伴います」
その一言で十分だった。
詳細な数字を聞くまでもなく、全員が理解する。
時間がかかる。
費用もかかる。
現場の運用も変わる。
つまり、どれを選んでも
何かを失う。
その現実だけが、重く残る。
「…どれも簡単じゃないな」
誰かが小さく呟いた。
誰も否定しなかった。
第3章 誰も決めてくれない
「どう思いますか」
高瀬は、順に視線を向けた。
IT担当は慎重だった。
「技術的には可能ですが、リスクはあります」
経理は現実的だった。
「費用的にはかなり厳しいです」
現場は短く答えた。
「今のままが一番動きます」
どれも正しい。
だからこそ、結論は出ない。
コンサルタントは最後まで踏み込まなかった。
「こちらとしては、この案を推奨します」
そうは言わなかった。
言えないのだ。
それは、この会社が決めるべきことだからだ。
第4章 もう動いている会社
会議が終わり、席を立つ直前だった。
高瀬はふと聞いた。
「他の会社は、どうしてるんですか」
コンサルタントは一瞬だけ考えた。
「動いている会社もあります」
それ以上は言わなかった。
だが、その一言で十分だった。
もう始まっている。
この場で止まっている間にも、
どこかでは進んでいる。
その事実だけが、静かに重くのしかかった。
第5章 選び方だけが違う
動いている会社が、特別なわけではない。
規模が違うわけでもない。
人材が優れているわけでもない。
ただ一つだけ違う。
決めている。
完璧な答えではなくてもいい。
条件が揃っていなくてもいい。
それでも、一つ決めている。
そこから動いている。
高瀬は、その夜、一人で残った。
会議室ではなく、自席で資料を開く。
全部を決める必要はない。
一つでいい。
どこから始めるか。
その一つを、決める。
ここから先は、
「どう考えるか」ではなく
「どう決めるか」の話になる。
同じ状況でも、
選び方によって結果は大きく変わる。
そのため、ここからは少し具体的な事例をもとに整理する。
■ ある会社の実際の判断
年商18億、社員42名の製造業。
同じように、判断が止まっていた。
「このままでも、しばらくは動きます」
コンサルはそう言った。
「じゃあ問題ないのか?」
「いえ、“何も起きなければ”です」
その一言で、場の空気が変わった。
■ 最初に消えた選択肢
「全部やると、いくらかかる?」
「少なくとも、1億は見ておいた方がいいです」
その瞬間、S/4移行は消えた。
👉 理由は単純
👉 払えないものは、選択肢ではない
■ 残った2つ
延ばすか
分けるか
延ばす案も出た。
「数年は持ちます。ただし…」
「その間に準備しないと、次は選べなくなります」
👉 つまり
👉 時間は買えるが、解決ではない
■ 決まった方向
残ったのは一つだった。
👉 分ける
■ 最初に切る場所
ここで全員が迷った。
⚫︎会計か
⚫︎受発注か
⚫︎在庫か
現場が言った。
「在庫なら、最悪手で回せます」
全員が止まった。
👉 それが答えだった
■ タイムライン(実際)
1ヶ月
業務の洗い出し
3ヶ月
在庫周辺を分離
6ヶ月
並行稼働
9ヶ月
安定
全部は変えていない
だが
👉 選べる状態になった
■ 費用(現実)
見積:800万
実際:1,200万
👉 なぜか
👉 想定外が出る
👉 だから
👉 最初から余白を持つ
■ 資金
補助金で一部カバー
残りは分割
一括ではない
👉 ここで動けた
■ この会社がやったこと
難しいことではない
👉 全部をやらなかった
👉 先に一つだけ決めた
■ もう一つの選択(SAPを残す場合)
別の企業では
SAPを残したまま進めている
👉 条件は明確
⚫︎規模が大きい
⚫︎業務が複雑
⚫︎投資余力がある
その場合
期間は2〜3年
コストは数千万〜億
👉 だが
👉 途中で止まる企業も多い
■ 分岐の本質
残すか
変えるか
ではない
👉 どこまで分けるか
■ 最後に
この問題は、難しく見える。
だが実際は違う。
👉 怖いだけだ
そして
👉 動いた会社だけが
👉 次を選べる
選択肢はある。
だが、選ばなければ消える。
【次回予告】
次に決めるべきは、
「どこから切るか」ではない。
👉 「どこからなら安全に切れるか」
同じ“切り出し”でも、
選ぶ場所によって
進む会社
止まる会社
は明確に分かれる。
次回、
最初に切る場所で、すべてが決まる
👉 「その一手を間違えた会社は、戻れなかった」
現場の判断と、経営の意思決定がぶつかる瞬間を描く。
【免責事項・著作権について】
本記事は、実在の企業・団体・人物とは関係のないフィクションです。
ただし、記載されている課題・構造・リスクは、実際の企業活動において広く見られる事象をもとに構成しています。
本記事は情報提供を目的としており、特定の製品・企業・サービスを批判または推奨するものではありません。
記載内容を基にした意思決定・投資判断については、読者ご自身の責任において行ってください。
また、本記事の著作権は作者に帰属します。
無断転載・複製・改変・再配布はご遠慮ください。引用の際は出典を明記してください。
提唱:先観経営論(PreVision Management Theory)
by 新井和弘
