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プロレス物語論〜虚構と現実の狭間の物語第一講 「世界観」とはロープワークである。

 プロレスの「違和感」
 
 おそらくプロレスを初めて見た人が最初につまづくポイントが、この「ロープワーク」である。
 3カウントの決着、5カウント以内の反則、技を受ける美学、フィニッシュの見得など、プロレスには他のスポーツにない独特なムーヴやルールが多数存在する。それをルールと知らなくても「何となく」観れてしまうのもまたプロレスの魅力の一つではあるのだが、この「ロープワーク」だけは予備知識やプロレスを全く知らない状態から理解するまでに最も時間がかかる内容のように思う。
 だが同時に「ロープワーク」を知ってしまった瞬間、あなたはすでにプロレスの魅力にとり憑かれていることだろう。
 この講義はそんなところから始めてみようと思う。
 
 「世界観」と「お約束」
 
 フィクションで「世界観」と言う場合、多少の解釈の違いはあれど、その単語を知っている者であればそれほど齟齬のない使い方になるだろう。
 プロレスにおいても「世界観」の使い方はそう変わらない。ただ「世界観」という単語を用いないだけだ。それは実は呼び方が変わるだけで、どの分野でもエンターテイメントであれば多かれ少なかれ存在する考え方でもある。
 
 汎用性の高い例を用いるなら、「お笑い」の世界で言うところの「お約束」や「天丼」といった行為も名を変えた「世界観」の一種である。近年のSNSの発達によって妙に業界用語や内向きの作法みたいなものが現実の生活にも紛れ込む傾向にあるが、本来その分野でしか通用しないはずの言葉も多い。
 
 要するに「世界観」とはその分野(フィクションであれば舞台である「世界」そのもの)でのみ通用する、あるいは人間関係の規範にその行為が容認されている状況を指す言葉である(「世界観」の単語の由来とはまた別の、あくまで現時点での使い方である)。
 その時「世界観」で重要なのは「なぜ、そういう世界なのか」を科学的考証やエビデンス、あるいは効率的かどうかではなく「そういうもの」として理解することが大切だということだ。
 
 プロレスの「世界観」
 
 プロレスの「世界観」にまつわる最たるものとして「ロープに振られたレスラーはロープの反動を利用してマットの中央に戻ってこなければならない」というムーヴがイメージしやすい。実際はロープの反動で「戻ってこない」ことの方が難しいのだが、一般人、特に初めてプロレスを観る人にとってはとっつきにくいポイントではある。
 細かく解説すれば「不安定な状態で技を受けない」ために戻ってこなければならないのだが、それはまた別の話なので今回は割愛する。
 それはプロレスという競技のいわゆる「暗黙の了解」ではあるのだが、同時にそれを理解することで「未知の世界」へ没入するための第一歩にもなる。
 
 通常のロープワークの流れを理解しているからこそ、それを拒否した時のムーヴのバリエーションにも注目することができる。
 
・ロープに掴まり、戻ってくるタイミングをズラしたところで反撃する。
・相手のタッグパートナーがリング外から攻撃を仕掛ける。
・ロープワークを行えないほど疲弊している。
 
 など、そのどれもが「ロープに振られたら戻ってこなければならない」という「お約束」を観客が理解しているから可能になる。「お約束」が「お約束」を生む、「世界観の連鎖」とでもいうべき状況である。もうここまでくれば観客に没入している感覚はない。その「世界観」にどっぷり浸った状態で試合を観ることが当り前になる。
 世界観とはその世界を通底するある種の「お約束」を積み上げることで構築できるのである。
 
 ロープワークの豆知識
 
 ボクシングや格闘技ではリングを囲むロープの数は四本である。対して、プロレスのリングは三本のロープで囲われている。
 この違いは何か。
 格闘技では基本、場外戦(トラッシュトークの類ではなく、試合中の場外戦のことである)というものが存在しないので、リングから故意にしろ偶然にしろ落ちないように「四本」のロープで囲われている。
 対してプロレスは、ある種、場外戦を行うのも「世界観」や「お約束」の一種なので、リングから出やすいように、かつ戻りやすいように「三本」なのである。
 
 プロレスラーが最初にリング内で学ぶプロレス技がこの「ロープワーク」であるという(筋トレや受け身といったものはプロレスの、というよりは武道や格闘技の基本なので省略する)。
 このロープ、見た目の印象ほど実は柔らかくない。
 中にワイヤーが入っていて、ロープワークを始めたばかりの練習生は背中の筋肉が不足しがちなので、ロープワークの練習で背中に直線上の痣ができるのだという。これが先述の「実は戻ってこない方が難しい」理由でもある。
 格闘技と違って「囲う」ことが目的ではなく、「戻ってくること」が前提にあるのでより反発力の強いロープになっているのだ。
「世界観」や「お約束」はただそこに存在するわけではなく、それを支えるレスラーの日々の努力があった上で初めて成り立つものなのである。
 
 「世界観」は「キャラクター」を輝かせるために存在する
 
 どのレスラーが言った言葉なのかうろ覚えなので断言はできないのだが(ジャンボ鶴田だったような気がするが)、プロレスをプロレスたらしめているものの一つが「5カウント以内であれば反則が許される」というルールであるという。
 この「5カウント以内なら反則が許される」というルールは、両者がリング外に出て場外戦になった場合「リングアウト負け」になる「20カウント」に内包される。つまり場外戦であれば「20カウント以内」まで反則が許されるのである。
 
 これも他の格闘技にないプロレス特有の「世界観」で、テーブルを使った攻撃やラワン材のないエプロン上での攻撃、場外マットを剥がして床へ直接投げる攻撃など、より過激な攻撃の手段にもなり得るが、この場外戦の一番のポイントは反則行為の許容範囲が広がることで、より「ヒール」の攻撃が輝く場所になる、ということだ。
 
 リング内なら5カウント以内のところが20カウント以内になるのだから、より過激な攻撃が可能になるし、同じ反則攻撃でも相手が攻撃を受けている時間は当然、長くなる。また、場外で同じヒールユニットの仲間が攻撃しても反則裁定は下らない。それがわかっているから「ヒール」によりヘイトが集まる。それは反則攻撃の「5カウント以内」が場外カウントの「20カウント」に内包されているから可能なのである。
 この「場外20カウント以内」という「世界観」が「ヒール」というキャラクターをより際立たせているのである。
 
 ロープを挟んでの攻防
 
 同時にヒールは飛び技をあまり使わない。それは場外戦でも同じで「プランチャ」や「トペ」と呼ばれるロープを挟んで場外の相手に繰り出す飛び技は主にベビーフェイスのレスラーが使用する。
 場外の相手への飛び技は、場外戦がヒールがより輝く場所であるがゆえの「悪辣非道を働くヒール軍団を一掃するベビーフェイス」というわかりやすいカタルシスを試合中に与えるための「お約束」の一種でもある。
 ロープを挟むことで、ベビーとヒールの対立構造が試合の攻防そのものから感じとることができるのである。
 
 このように「ロープワーク」とは、プロレスを語る上で重要な要素の一つなのである。
 ロープワークによってプロレスの試合は加速し、世界観から戦っているレスラーの対立構造まで、プロレスに没入するための入口になっている。
 同時にプロレスにおける「物語」と呼ばれる要素は、この「ロープワーク」を起点に広がっていくのである。

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