リミナルスペースは、新しい感情ではなかった~エドワード・ホッパー~
リミナルスペースの流行
近年、「リミナルスペース」という概念(美学)がネットを中心に広まっています。
深夜のショッピングモール、誰もいないプール、閉店後のファストフード店——
不安なのに懐かしい。怖いのに、どこか落ち着く。
『The Backrooms』に代表されるように、そういった雰囲気を持つ無数の画像や映像が「リミナルスペース」として共有され、いま多くの人を惹きつけています。

The Backroomsの画像。
私自身も、リミナルスペース関連の画像や動画に触れていると、かつてイベントスタッフのバイトをしていた帰り、閉店後のショッピングモールを歩いた時の感情が蘇ってきました。
数時間前まで人で埋め尽くされていたフロアが嘘のように静まり返っている。照明はまだついているけれど、もう人はいない。そんな感覚です。
リミナルスペースという言葉は2019年ごろから使われ始めたようですが、実はその感覚自体はずっと昔からあったのではないでしょうか?
1942年に同じ感情を描いた作品があった
エドワード・ホッパーという画家をご存知でしょうか。
20世紀アメリカを代表する画家で、その代表作「ナイトホークス」(1942年)は、深夜のダイナーを外から眺めた一枚の絵です。
煌々と光るガラス張りの店内。カウンターに座る数人の客。誰も言葉を交わしていない。
そして画面のこちら側、つまり私たちが立っている場所は、暗い夜の街です。
初めてこの絵を見たとき、リミナルスペースの写真と同じ感覚を覚えた方も多いのではないでしょうか。
あの「不安と懐かしさが混ざったような感じ」です。
ホッパーの時代にリミナルスペースという美学はありませんでした。でも同じ感情を絵筆で描いていた。

- https://www.artic.edu/artworks/111628/nighthawks, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=106281548による
なぜ都市でこの感情は生まれるのか
ここで少し考えてみたいのですが、リミナルスペース的な感情が生まれる条件とは何でしょうか。
それは「かつて人がいた痕跡が残っている空間から、人が消えたとき」です。都市はその条件が日常的に、大量に発生する場所です。
昼間あれだけ人がいた場所が、夜には誰もいなくなる。その落差が感情を生みます。
「さっきまでここに人がいた」という記憶が空間に残っているから、その不在が際立ってきます。
リミナルスペースの写真も、この構造で成立しています。蛍光灯がついたままのショッピングモール。
電源が落ちていれば単なる廃墟ですが、明かりがついているから「人がいるはずなのに、いない」という矛盾が生まれる。
その矛盾こそが、あの感情の正体です。
ではナイトホークスはどうでしょうか。
深夜のダイナー、煌々とした光、人気のない通り——リミナルスペースと同じ精神性を確かに持っています。
リミナルスペースの写真と違う点があるとすれば、それは人が描かれているところです。
暗い夜の街から見ると、ガラスの向こうに光があり、人がいる。完全な孤独ではない。
リミナルスペースの写真が「不在」を描くとすれば、ナイトホークスは「不在の中の微かな存在」を描いています。
孤独でありながら、完全には孤独でない。その絶妙なバランスが、見る人に不安と安堵を同時に与える。
そしてその共存こそが、この絵を80年以上愛され続ける名作たらしめているのだと思います。
言葉より先に、この感情はあった
ホッパーが1942年に描いたニューヨークは、当時世界最先端の都市でした。
人類がまだ経験したことのない規模と密度の都市生活がそこにあった。
だからこそ、その都市が深夜に静まり返ったときの感情も、誰もまだ名前を持っていなかったのです。
彼が感じ取っていたのは、最先端の都市が人間にもたらした、名もなき感情だったのかもしれません。
リミナルスペースという美学は新しい。でもその感情は、都市とともに生まれ、ずっとそこにあり続けていました。
言葉よりも先にこの感情が存在していたことを、ホッパーの絵は静かに物語っています。
おわりのらくがき
リミナルスペース、いいですよね。
この概念(美学)を知ってから、いろいろと画像・動画を見漁ったり、『8番出口』やら『POOLS』やら、この美学を象徴するゲームについて調べたりしています。
さらにリミナルスペースの美学は、夢でみたことがある景色のような「ドリームコア」、ショッピングモールの光景にフォーカスした「モールコア」、
プールにフォーカスした「プールコア」など、より詳細な美学に分化していますね。
「ある表現が登場したことで、それまで言語化されていなかったものが言語化され、派生・分化していく」動きはとても美術史的で、それが今まさにリミナルスペースを起点に起きている。
あのモールの夜の感覚に名前がついたことで、私自身も何かが言語化された気がしています。
そういう意味では、私もこのムーブメントの中にいる一人なのかもしれません。
※『ナイトホークス』についてはこちらの記事でも別角度で取り上げていますので、ご一読いただければ幸いです。
このシリーズの趣旨
アメリカが覇権国家となった過程では、単なる軍事力や経済力だけではなく、文化的影響力、すなわちソフトパワーが大きな役割を果たしてきました。
アメリカという国を理解するために、アメリカの美術や文学についての理解を深めるのも1つのアプローチです。
このシリーズはアメリカ美術に関する全52回の講座として、週1回ペースでアメリカ美術への理解を深めていきます。
今回は第30回でした。
前回の記事は、20世紀に入って美術が大きく姿を変えていった理由を巡る回です。
