【英国文豪、令和を歩く】第40回:Sushi cuisine, fresh and clean, a timeless taste in every scene.
京都の賑やかな通りから一歩入った、静かな暖簾の掛かる寿司屋。白木のカウンターに座り、ドイルは運ばれてきた小皿を虫眼鏡で覗き込むような目付きで見つめ、ウィルは上がりを一口飲んで、その香りに目を細めている

(指先で美しく握られた鮪を指し示し)
見て、ドイル。この一貫一貫が、まるで完成された短い独白劇のようだわ。無駄な装飾を削ぎ落とし、鮮やかな色彩と、その下に隠された白い米の調和……。北極の氷の中に閉じ込められた「北極星号」の船員たちが、もしこの一切れの鮭(サケ)の輝きを目にしていたら、どれほど救われた気持ちになったかしら。

(箸を慎重に扱いながら)
ふむ、ウィル。これは実に「効率的」な食事の形態だ。私の友人がベーカー街で、オスカー・ミュニアー氏に作らせたあの精巧な「蝋人形」のように、一見すると本物(生身の魚)のようだが、職人の手によって完璧な形へと再構築されている。ネタとシャリの間に忍ばされた「わさび」という刺激……これは、平穏な物語の底に隠された、鋭い伏線のようじゃないか。

(楽しげに笑って)
伏線だなんて、相変わらずね! でも、お寿司の醍醐味は、その「瑞々しさ」にあるのよ。劇作家が、観客の目の前で言葉を紡ぎ出すように、職人は客の呼吸に合わせて、今、この瞬間のためだけに握る。その刹那の芸術を、私たちはこうして口に運ぶ……。ああ、まるでお互いの魂を交換するような、親密な儀式だわ。

(真剣な顔で頷き)
「交換」か。確かに、一週に三ポンドの給料を稼ぐために靴の底をすり減らして歩いたピイクロフト君のような若者にとって、この一皿は贅沢すぎる報酬かもしれん。だが、ここには「偽り」がない。フランス中部鉄器株式会社のような、看板だけの空っぽの事務所とは大違いだ。魚の鮮度、米の炊き具合、そして職人の技量……すべてが、法廷に出された証拠品のように明白で、疑いようがない。

ふふ、証拠品だなんて。でも、お醤油をほんの少しつける時のあの緊張感は、まるで舞台の幕が上がる直前の静寂に似ているわ。ドイル、あなたもそんなに難しく分析していないで、早く召し上がれ。この「穴子」なんて、口の中でとろけて、まるで夏の夜の夢のように消えてしまうんだから。

(意を決したように穴子を口に運び、ゆっくりと味わって)
……なるほど。これは「バリツ」……いや、日本の柔道のように、最小限の力で最大の効果を上げる技の結晶だ。私の友人がライヘンバッハの断崖で、死に物狂いのモリアーティを退けた際、その身体の平均(バランス)を利用したように、この寿司もまた、味の均衡が完璧に保たれている。

(満足そうに微笑み)
あら、ついに「美味しさ」に降参したかしら? どんなに冷徹な観察眼を持っていても、この小さな宇宙の前では、人はただの幸福な観客にならざるを得ないのよ。さあ、次はどのお皿を「推理」する? 私は、あの真珠のように輝く「イカ」を頂くわ。

(少し表情を和らげ、お茶をすすりながら)
では、私はこの「数の子」を。かつての船長が、食料の乏しい北極海で、わずかなビスケットや塩漬け肉を数えていた苦労を思えば、この京都で味わう海の恵みは、まさに奇跡のような「生還」の味がするよ。さあ、ウィル。次の「事件」……いや、次の一貫を頼むとしよう。
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