【英国文豪、令和を歩く】第46回:Zombie in the night, no light,Shuffling slow with endless fright.
京都、寺町通の片隅にある、琥珀色のランプが灯る古風な喫茶店。使い込まれた革の椅子に、華やかなスカーフを巻いた現代的な女性姿のウィリアム・シェイクスピアと、ツイードのジャケットを羽織り、パイプの代わりに珈琲を嗜むアーサー・コナン・ドイルが向かい合っている

ドイル、見てちょうだい。この現代の物語に溢れる『ゾンビ』というおぞましくも哀しい怪物たちを。死の淵を越え、魂を失いながらも、ただ肉の渇きに突き動かされて彷徨う亡者(リビング・デッド)……。彼らの虚ろな瞳は、まるでハムレットが墓場で手にしたヨリックの頭蓋骨が、再び肉を纏って歩き出したかのよう。生と死の境界がこれほどまでに曖昧に、そして残酷に演じられる舞台があるなんて、私の時代には思いもよらなかったわ

うむ、実に奇怪な現象だ。だがウィル、私の視点からすれば、あれは一種の『死の偽装』の極致に見えるよ。かつて私の友人が、ライヘンバッハの滝で死んだと思わせておきながら、数年後にベーカー街の空家に『蝋の半身像』を置いて敵を欺いたことがあった。あの影絵のような静止した死と、このゾンビという動く死……。どちらも観る者を戦慄させるが、後者はより生物学的、あるいは化学的な謎を秘めているね。もしホームズがこの事件に挑むなら、その歩き方のリズムや、腐敗の進行具合から、彼らを操る黒幕の正体を暴き出すだろう

あら、理屈では説明できないのが、この亡者たちの悲劇よ。彼らは愛した人の名を呼ぶこともできず、ただ本能という名の台本に従って、かつての友や恋人に牙を剥く。それはまさに、オセローが嫉妬という名の毒に冒され、愛する者を手にかけた時のような、理性を欠いた狂乱だわ。どんなに豪華な夜会服を着ていても、その内側で心臓が鼓動を止めているのなら、それは虚飾に満ちた喜劇でしかないのよ

確かに、彼らの姿にはかつての栄光の残骸(レリック)が漂っている。私がかつて目撃した、夜会服を着て暗闇に潜み、冷酷な銃口を向けてきた老兵……あのモリアーティの腹心、セバスチャン・モラン大佐のような獰猛な執念を感じるよ。死してなお、何かに執着し続ける。それが肉の渇きであれ、復讐であれ、魂が抜け落ちた器が動くというのは、医学的見地からも、そして道徳的見地からも、この世の秩序に対する最大の反逆と言えるだろうね

ええ。でもね、ドイル。彼らが大群で押し寄せる様は、まるで劇場の幕が上がるのを待ちきれない観客たちのようでもあるわ。一度放たれたら最後、誰にも止められない運命の奔流。……ねえ、もし私たちがこの『死者の行進』を舞台にするなら、結末はどうあるべきかしら? 聖なる水で浄化するか、あるいは、彼らもまた愛を求めているのだと、あえて慈悲の口づけを贈るか……

ははは、君らしい発想だ。だが私なら、彼らの筋肉の動きや、特定の音に対する反応を克明に記録し、その背後にある『論理的な原因』を突き止めたいところだ。……おや、ウィル。あそこの角を曲がってきた若者たちの顔を見てごらん。酷く青白く、足元がおぼつかない。……まさか、本物の『犯人』が現れたわけではあるまいね?

ふふ、ドイル。あれはきっと、昨夜遅くまでこの街の宴を楽しんだ、現代の若者たちの疲れ果てた姿よ。魂を失ったのではなく、ただ少しばかり、人生という名の劇を演じすぎて、休息を求めているだけ。……さあ、彼らが本物の亡者に変わってしまう前に、私たちはこの温かいお茶を飲み干して、次の物語の舞台へ移りましょうか
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