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【明治文豪、令和を歩く】第12回:M-1グランプリざっくばらん

現代の東京、とある落ち着いた喫茶店の奥まった席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、湯気の立つカップを前に向かい合っている。

夏目漱石                                                                                                                     

さて、珈琲のおかわりも来たことだし、もう一つ、現代の奇妙な風習について話そうか。
荷風君、君は「M-1グランプリ」なるものを知っているかね?
何でも、漫才師たちがその年の一番を決めるために、己の舌先三寸だけで戦う大会だそうだ。僕も少し映像を見たが、あれは一種の「決闘」だね。かつて僕が『それから(※)』で書いたような、文明社会では無用だと思われていた「度胸」や「胆力」といった野蛮な資質が、あんな煌びやかな舞台で試されているとは驚きだ。

(※)初出1909[明治42年]東京朝日新聞
                                                                                                                  永井荷風

M-1、ですか。
ええ、知っていますよ。あの騒々しいこと夥(おびただ)しい番組でしょう。
僕に言わせれば、あれは漫才というよりは、言葉の機関銃ですな。
江戸の寄席で聴いた噺(はなし)には、もっとこう、間の抜けた「余白」があったものです。客も湯呑みをすすりながら、演者の吐く嘘をのんびりと楽しんでいた。
ところが今の彼らはどうです。制限時間という鎖に繋がれ、一秒たりとも無駄にせず、客の脳髄に笑いを叩き込もうと必死だ。まるで、満員電車に駆け込む現代人の切迫した姿そのものじゃあありませんか。

君の言う通り、あのスピードは現代特有の神経症的な産物かもしれん。
しかし僕が気になったのは、その「システム」の方だ。
笑いという、最も個人的で、かつ捉えどころのない感情を、審査員が点数をつけて数値化する。75点だの90点だのとね。
これは科学万能主義の極致というか、何でも数式に当てはめないと気が済まない現代人の病癖だよ。芸術や文学に点数をつけて優劣を競うなど、僕に言わせればナンセンス極まりないが、彼らは大真面目にそれをやっている。

フフフ、点数、ねえ。
まるで学校の試験だ。僕が最も忌み嫌い、反抗した権威そのものです。
しかし先生、僕はあの舞台に立つ若者たちの姿には、ある種の哀れみと同時に、共感も覚えるのですよ。
『新帰朝者日記(※)』で僕が書いたように、僕の人生は「反抗」の連続でした。親への反抗、世間への反抗。
あの漫才師たちが、マイク一本で世の中に立ち向かい、審査員という権威を笑いで捻じ伏せようとする姿……あれは、形を変えた現代の「反逆児」たちの叫びなのかもしれません。たとえその叫びが、商業主義という巨大なシステムの中の余興であったとしてもね。

(※)初出1909[明治42年]中央公論

反逆児か。なるほど、君らしい見方だ。
だが、僕には彼らが気の毒に見えるよ。
『それから』の代助は、生活のために働かないことを信条としていたが、彼らは生活のために、あるいは名誉のために、胃に穴が開きそうなプレッシャーの中で笑いを作らねばならん。
あそこで求められているのは、洗練されたユーモアというよりは、どれだけ強い刺激を客に与えられるかという「競技」の能力だ。
見ている側も、純粋に笑っているというよりは、「誰が勝つか」「誰が失敗するか」を固唾を飲んで見守っている。あれは公開処刑の場における、群衆の心理に近いのではないかね?

公開処刑とは、また穏やかじゃない。
しかし、その残酷さこそが、退屈な現代人の嗜好に合うのでしょう。
僕が愛したオペラや芝居には、虚構の世界に遊ぶ優雅さがありましたが、このM-1には、演者の人生そのものを賭けた「生々しさ」がある。汗と涙と、そして挫折の味。
現代人は、綺麗にパッケージされた商品には飽き飽きしていて、他人が必死にもがく姿にこそ、リアリティという名の興奮を感じるのかもしれませんなあ。
……ま、僕としては、あんな騒々しいものより、路地裏で売れない芸人が、誰に聞かせるでもなく呟く愚痴の方が、よほど文学的で面白いと思いますがね。

同感だ。
『一夜(※)』という作品で僕が描いたように、三筋の煙がゆらゆらと立ち昇るような、あてもない会話の中にこそ、本当の趣(おもむき)はある。
点数を競って、順位をつけて、一番面白い奴を決める……そんな窮屈な世界からは、僕なら一目散に逃げ出すよ。
さて、そろそろ夜も更けてきた。ここらで「採点」されることのない、我々の気ままな雑談もお開きにしようじゃないか。

(※)初出1905[明治38年]中央公論

ええ、そうしましょう。
今夜の我々の会話に点数をつける野暮な人間がいないことを祈りつつ、ね。

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