見出し画像

【英国文豪、令和を歩く】第3回:007 moves smooth as heaven.

舞台は現代の京都、鴨川を一望できる三条あたりの古風な喫茶店。ネルドリップの香りが漂う中、窓際の席に二人の人物が座っている。一人は華やかなスカーフを巻き、瞳に知的な輝きを宿した女性、ウィル。もう一人は三つ揃えのスーツを完璧に着こなし、パイプの代わりにコーヒーカップを愛でる紳士、ドイルである

ウィリアムシェイクスピア                                                                                                                    

(カップの縁を指でなぞりながら):
ねえドイル、この街の空気は不思議ね。古いものと新しいものが、まるで私の書いた喜劇の幕間のようにもつれ合っているわ。……ところで、最近の『騎士』たちの噂、聞いた?

                                                                                                                        コナンドイル

(眼鏡を拭きながら):
ああ、あの『007』のことかい? ウィル。この現代の京都にいても、ジェームズ・ボンドの名前を聞かない日はなかなかないね。私の生み出したシャーロックとはまた違う、実に活動的な男だ

(くすくすと笑って):
活動的? まあ、そうね。でもあれはもはや騎士道というより、一種の華やかな復讐劇に見えるわ。あんなに派手に立ち回って『隠密(スパイ)』だなんて、私の劇の道化師だってあんなに目立つ真似はしないわよ

(苦笑して):
全くだ。ホームズが聞いたら、変装もせずにタキシードで敵陣に乗り込むなんて、論理的欠陥だと憤慨するだろう。だが、あの男には不思議な魅力がある。南アフリカの荒野や海を越える冒険を経験した私から見ても、あの冷徹さと情熱の同居は、読者を惹きつける『磁力』があるよ

愛と裏切り、そして最新の『魔法の道具』。彼は常に死の崖っぷちで踊っている。まるでデンマークの王子が、剣の代わりに毒を仕込んだ拳銃を持たされたようなものかしら。でもドイル、彼が愛する女たちの末路を見てごらんなさい。あれは救いのない悲劇だわ

確かに、ボンドの周りには常に死の影がつきまとう。私が記録した事件でも、愛ゆえに利己主義に走り、自滅していく者たちを多く見てきたが……ボンドの場合は、国家という巨大な怪物のために、己の人間性を削り出しているようにも見える。そこが現代の読者の心を打つのだろうな

国家、名誉、そして一杯のマティーニ……。ねえ、もし私が彼を主人公に書くなら、もっと言葉の刃で敵を追い詰めるわ。拳銃の弾丸よりも、鋭い警句(エピグラム)の方が心臓を深く貫くものよ

(コーヒーを一口飲み):
ははは、それは恐ろしいスパイ映画になりそうだ。だがウィル、今の映画界では、君の言う『言葉の魔法』よりも、爆発と追跡劇が好まれるらしい。私のホームズも、最近はアクション俳優のように飛び回っている始末だよ。時代という名の観客は、常に刺激を求めているのさ

時代が変わっても、人間の愚かさと美しさは変わらないわ。ボンドがどれほど速い車を駆ろうとも、彼が抱える孤独は、四百年前に私が書き留めたものと同じ。……さて、ドイル。この『007』という男、次に京都へ来ることがあったら、ぜひこの店に誘いましょう。彼に似合うのは、この苦い珈琲か、それとも……

彼なら、店主に『シェイク(振る)して、ステア(混ぜる)しないでくれ』と注文するだろうね。この珈琲をだよ

ふふ、それはひどい悪趣味だわ!

前へ|3|次へ



いいなと思ったら応援しよう!

ぶるうす恩田 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!