『Tシャツが乾くまで』第4話感想
というわけで第4話。何やかんや毎週文章を書いている。
「みんな言ってます、可哀想だよねぇ、って。こんな時にミスなく仕事できちゃう方が変です。フォローするんで言って下さい」
最近「フレネミー」という単語を知ったが、めちゃくちゃフレネミー感あるな。言ってる本人に自覚があるのかは分からんが、良かれと思って言ってるとしたらエグいねぇ。
「3人で来たいね」って、なんだっけ? 子どもとか? そんな話あったっけ?
「生のトマト以外は大丈夫」ってホントそれ。
しかしホント、特段ストーリーが進むわけでもないのに、「日常会話」の解像度がメチャクチャ高いからずっと観てられるよなぁ。ドラマでも映画でも、「こういう人はこういう時にこういうこと言う/するよね」みたいな言動ってあるものだけど、本作にはそういうのが少ない感じがする。そういうのはやっぱ好感持てるよね。
しかし4話にもなってまだ、物語の焦点がどの辺りにあるのか見えないなぁ。蒼井優と中島歩の恋愛的なものがメインになるのか、松山ケンイチの失踪がメインになるのか、あるいは今後の展開的にもっと何か別のものがあるのか。ミステリ的な作品だと、「こういう方向に向かってるよね」ってのを覆い隠すような展開はあるあるだろうけど、本作にその必然性はあまりなさそうだし、そういう中で「どうなっていくのか」がまだはっきり見えない(のに観れちゃう)みたいな感じはさすが。ちょっと前に観たドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』も同じような雰囲気があったけど、やっぱりこういう雰囲気の作品は好きだな。
「嗜好品とか、楽しむこととか、なんか抵抗あって」。さっきの「可哀想だよね」もそうだし、中島歩も「ミスしない」って言われてたけど、「こういう境遇の人は、こういう風でいるべきだよね」みたいなのって凄く嫌。腹立つよなぁ。「不幸になった人が、ずーっと不幸でいないと困るんですかね?」。いや、ホントそれ。映画『流浪の月』を思い出した。
どんな場面でもそうだけど、「私が思うイメージと違う」みたいな批判って存在し得る。でもホントそういうのには、「お前が勝手に決めたストライクゾーンに入ってないからって、何で俺が責められなきゃいかんのだ」って思う。いや、そういう人は「私が」じゃなくて「社会が」って主語を大きく捉えているのだろうし、自分を圧倒的に正しい側と捉えてるんだろうけど、そういう人にはホントに苛立ちしか覚えない。
だから僕は「不幸になること」は仕方ないと思ってるのだが、「不幸な人だと思われること」は避けたいと思う。「いつまで可哀想だったら、幸せになっていいんですかね」ってセリフはまさにって感じだが、他人から「分かりやすい枠」にはめられたくない。
しかし、「わざわざ水族館」「わざわざ花火大会」ってのは何かありそうだよなぁ。わざわざパートナーが嫌いなものを選んでることにポジティブな理由があったらいいなぁ。
しかし、「動きが悪くなったらここ掃除して」って手紙は凄いなぁ。松山ケンイチも、「蒼井優が電話に出た」って気づいたってことなんだろうし。しかも、「そう書くだけで伝わるべきことが伝わる」っていう信頼感(?)があるからこその内容なわけで。そういう「繋がってる感」の強い相手と離れる選択をした、っていうところに、どういう理屈があったのか、やっぱりそこは気になる。
ってか、さっき「焦点が見えない」とか書いたけど、終盤になって「中島歩→蒼井優」の気持ちがちょっと強い感じになってきたな。
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