社会人として無能
人間としての能力は決して低くはないと思っているのだが、僕は絶望的に、社会人としての能力がない。
いや、「ない」というほどないわけでもないか。大体何をやっても、人並み以上には出来るとは思っている。ただとにかく「やりたくないこと」が多すぎて、能力云々ではどうにもならないのだ。これを僕は「社会人として無能」と捉えている。「やりたくない!」と思うことがもうちょっと少なかったら、社会の中でもう少しちゃんとやれてたと思うんだけど。
中学生ぐらいの時点で「サラリーマンになるのはきっと無理だろう」と思っていたし、大学を中退してレールから外れまくった人生を進む決断をしたことを今でも正しかったと思っている。「レールを外れまくってる」みたいなことに対して「レールを外れる勇気がない」みたいに言われることもあるけど、僕からすれば逆に「みんな、レールを走る能力があるんだなぁ」と感じてしまう。僕には単に、その能力がなかっただけだ。
全然話は変わって、僕は「音楽に救われた」みたいな経験がほぼないのだが、唯一、欅坂46の『黒い羊』は、メンタルがメチャクチャしんどい時に聞きまくっていた。
黒い羊 そうだ 僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば 止まってた針はまた動きだすんだろう?
全員が納得するそんな答えなんかあるものか!
反対が僕だけならいっそ無視すればいいんだ
みんなから説得される方が居心地悪くない
目配せしてる仲間には僕は厄介者でしかない
とか、マジで最高の歌詞だよなと思う。あるいは、同じく欅坂46の『エキセントリック』は、「僕の主題歌なんじゃないか?」と思うぐらいの歌詞でビビった。
I am eccentric 変わり者でいい
理解されない方が よっぽど楽だと思ったんだ
他人の目 気にしない 愛なんて縁を切る
はみ出してしまおう 自由なんてそんなもの
いや、ホントその通り。
とまあ、欅坂46のことはどうでもいいんだが、僕が思う「やりたくないこと」は、普通の人からしたら「え? そんなこと?」と感じるようなものだと思う。例えば僕は、仕事で電話をするのがとにかく苦痛だ(友人となら別にいいのだけど)。電話に限らないが、「ちゃんとしなきゃいけない状況」全般が嫌で、冠婚葬祭とかは可能な限り避けて通りたいと思っている。
「資料を作る」「プレゼンする」「目標を設定する」みたいなことは全部嫌いだし、もちろん「ノルマ」とかも嫌だ。もちろんみんなだってこういうことは嫌だろうが、でもちゃんとやってる。僕は、「死んでもやりたくない」と思うぐらいにそういうことが嫌すぎるので、だから「嫌だけど、しゃーないからやるか」みたいにはどうしても思えないというわけだ。
これまで僕はこういう「やりたくないこと」を、「他の得意なことを過剰にやること」でどうにか避けてきた。「自分の得意分野で求められていること以上の成果を出すことで、やりたくないことをやってなくてもどうにか許される」みたいなポジションを作ろうと頑張ってきたつもりだ。書店員時代も、「圧倒的な企画力」みたいな部分を押し出すことで、他のやりたくないことをとにかくやらなかった。そうやってどうにか騙し騙しなんとか「社会人っぽいフリ」をしてきたなと思う。
あと、文章を書くことは圧倒的に得意なので、時々「ライターの仕事とかやらないんですか?」とか言われるが、その度に僕は「書きたくない文章は書きたくない」みたいなことを言うようしている。「自分が書きたい文章を書いてお金がもらえるならやるが、そんなわけはないから文章を書くことは仕事にしない」というわけだ。これも自分では今のところ、正しい選択だと思っている。
この辺りの感覚がもう少しまともだったら、生きることにももう少し前向きになれたかなと思う(というか、もう少し楽に生きられただろう)。ただ個人的には、社会にちゃんと出る前の時点で自分のこういう特性を的確に把握できていて良かったと感じる。僕のように「出来るか出来ないかで言えば出来るが、やりたいかやりたくないかで言えばやりたくない」みたいな人は結構いるんじゃないかと思うし、で、そういう人が社会に出てから自分の特性に気づくと結構苦労するんじゃないかなとも思う。
まあなんにせよ、世の中のというのは「多数派にとって心地よい状態」になるように作られているわけで、そしてそういう社会は僕には居心地が悪く感じられてしまうのだから、本質的にはどうにもならないんだろうなと考えてはいる。多数派に合わせることも全然出来るし、むしろそれさえ得意なことだったりするのだが、とはいえ「これを一生続けるのか?」と思うと絶望的な気分にさせられてもしまう。だったら、さっさと「多数派の社会」から離脱した方がいい。
「多数派の社会」ではなんとなく「『自分は正しい』って思ってる人」が「有能」とされている感じがして、そういう雰囲気にもどうにも馴染めなかったりはする。ただ、まさに今、その「有能」な人たちの仕事がAIによって奪われそうになっている感じもあって、それはまたちょっと興味深い社会変化だなと思う。インターネットが登場した時よりも遥かに激しい社会変化が起こっている最中という感じがするし、それはもしかしたら、今まである種「前提」でさえあった「多数派にとって心地よい状態」を総崩れさせるものかもしれないなとさえ考えている。
まあ、未来がどうなるかは分からないが、ワンチャン、僕のように「レールから外れまくった人間」が日の目を見るような時代がやって……は来ないだろうね(笑)
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