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VRChatプレイ一周年に寄せて―何が楽しく、何が厳しいか


私について

2023.07.11、VRChat Homeにて、ソーサツ・チエカ

「ソーサツ・チエカさんって……何者?」
「一つには、オカルトが好きだということ。もう一つには、表現の自由というものに関心があること。私を特徴づけるとすればこの二つでしょうね」

2023.08.12、ぐーたら和室 -Japanese Chill Room-にて、Manon〔麦茶〕さんとの会話


私は、2022年8月27日にVRChatのアカウントを作り、同8月31日に初めてログイン、9月3日に初めてHomeを出て初心者案内を受けました。JPTで産湯をつかい、案内人をミヤムラユウ、渡世の名をソーサツ・チエカと申します。

2022.09.03、ハッピー・メタバースデイ

始めた時の機材は、Valve Indexフルキット、マザーボード: ASUS TUF GAMING B660M、CPU: i5-12400F、GPU: ZOTAC RTX3060、メモリ: 16GB×2、ストレージ: SSD1TB、電源650W Bronze、です。2022年9月17日にValve IndexのHMDが故障し、その後長くデスクトップで過ごし、2023年5月13日にVIVE ProをHMD単体で買ってVRモードに復帰しました。Indexは結局今に至るまで直っていません。これを書いている2023年8月現在、機材の構成は上記に加えてBOYA BY-M1コンデンサピンマイク、VIVEフェイシャルトラッカーです。

アバターはVRoid Studioで自作したものを最初から使っています。小規模なアップデートはしており、Boothで買ったアイテムで衣装差分を作ることもありますが、全く別のデザインや販売アバターを使う予定はありません。最初からというのは、Japan Tutorial Worldに足を踏み入れる前にHomeで操作の練習をしていた時、ライテルとかいう怪しいアカウントから突然フレンド申請が届き、それでNew Userになってアバターをアップロードできるようになったからです(これが決め手になってJPTに行きました)。そのため、私は生まれた時から無課金でNew Userでした。

また、ボイスチェンジャーを使っています。2023年8月時点での構成は、DAWとしてVoicemeeter Banana、サンプリングレートは48000Hzでバッファは160サンプル、VSTホストとしてCantabile Lite x64、VSTとしてRX 8 Voice De-noise(環境音の除去) → reaeq-standalone(イコライザ) → pitchproof-x64(ピッチシフト) → Lisp x64(歯擦音の除去)、ピッチは+4.74、フォルマントは調整できませんがピッチと同じ変化割合だと思われます。RX8以外のソフトは全て無料で、RX8も無料のreafirで代用しても大差ないと思います。reaeqでは200Hz以下と10000Hz以上をカットしています(上の数字は共に-3dBとなる周波数です)。4000Hz付近もおまじないとして1dBだけ落としています。


ソーシャルVRの歴史の中で、新規ユーザーが大量流入した時期がいくつかあるでしょう。新型コロナウイルスの流行(2020)、Oculus Quest 2の発売(2020)、Facebook社のMetaへの改称(2021)、『メタバース進化論』の出版(2022)、そして恐らくはリアルVketか、スマホ版VRChatのリリース(2023)。私は露骨な『メタバース進化論』組で、私自身が長らく美少女について考えてきたところに技術と社会が追いつきつつあることを知り、慌てて機材を揃えて、かなりの予習をして入ってきた格好です。そのあたりのことは以下の記事に記録されています。

どう慌てたか:

美少女について何を考えたか:

2023.06.30、出会えてよかったと思っている、今は

つまり――つまり私はメタバース及びソーシャルVRを、景色の綺麗な観光地でも3Dアートの舞台でもリモートワークの新しいインフラでも体験型教育のツールでもなく、何よりもまず美少女アバターを用いた社会的・心理的実験場と捉えている、ということを最初に述べておかなければならないでしょう。

このことは、私のプレイスタイルの一部に如実に反映されています。まず、最初からPCVRとボイチェンの環境を整えて入ってきたことがそうです。とりあえずデスクトップで試して、合わなければやめればいい、ということを私は全く考えませんでした。VRの没入体験を通して美少女としての自認を確立し、人格の解離をはじめとする興味深い精神現象を全部体験してやろうという意気込みがありました。それだけに、Indexが壊れてデスクトップになった時にはかなり落ち込みました。

Userの全期間を、デスクトップで過ごしました。この間、私は積極的に交友関係を広げようとせず、しかし可能性を閉ざすのも忍びなかったので、twitterで知ったワールドをPublicで巡ったり、New Userの頃にJPTで出会ったフレンドのところにjoinしたりしていました。「デスクトップ・コンプレックス」――VRの体験価値に投資することに尻込みしているおのぼりさんだと思われたくないという心情――は根強く、会いたいと思っていた人や出たいと思っていたイベントにもjoinせずじまいでした。このデスクトップ・コンプレックスが、自分が他のデスクトップユーザーをそう見ていることの裏返しだという批判は甘んじて受けます。今はKnown Userですからデスクトップでもおのぼりさん扱いはされないでしょうが、初めて会う方にはできるだけ表現の豊かな自分を見せたいという気持ちは今でもあります。

フレンド付き合いの方針

2023年8月31日現在、私のフレンドさんは140人、そのうち私からjoinして自然にお話ができそうだと思う方は半分ほどです。これは、付き合いの深さ、私がついていける話題がありそうかどうか、相手のコミュニケーションの仕方の傾向、などによります。これをお読みの私のフレンドさんの中に「自分はどちらだろうか?」と思われる方がおられましたら、その方は私に多少興味をお持ちの方で、かつ自分が人からどう見られるかを多少気にする方だと思いますので、私が自然にお話できる部類の方だと思います。

フレンド申請をする/返す際には、イベントに初めて参加するために私からjoin先にフレンド申請をする場合を除いて、会話をして互いを尊重できることを確認することにしています。フレンドになった後にjoinする頻度はまちまちですが、半年以上の期間を空けてjoinしたこともあり、その都度の私の心境によります。言い換えれば、関係の自然消滅という考え方を私はしません。

Twitterでは、いくつかの情報発信者のアカウントを除いて、VRでフレンドになった方をフォローすることにしています。また、VRからログアウトした後には常に、その日VRで経験したことをtwitterに書いています。人と話した内容もテーマだけは書きますが、Inviteのインスタンスで話したこと、個人的な経験に深く関わると判断したこと、秘密にしてほしいと明示的に言われたことは書きません。写真の扱いもこれに準じます。

InviteやRequest inviteは迷惑ではありませんが、Acceptするかどうかは状況によります。撫でられるのも嫌いではありませんが、やはり状況によります(物理現実と同様に)。最初に言葉か一拍ので合意を確認するような動きがあると好ましいと思います。

お砂糖については、するつもりがあるとかないとか方針を決めておくことは私にとって意味がありません。あれ﹅﹅は、陥ることを避けられないものだからです。2023年8月時点でお砂糖経験がない、とだけ記録しておきます。

私は、三人以上の場では、よほど言いたいことがある時や私が会話に貢献できると思う時でない限り、ほとんど発言をしません。話の腰を折るのを好まないことと、口を挟むタイミングを摑めないことが主な理由です。一つ目の理由について、私は自分語りや知識自慢を、本当はしたいけれども恥じているので、つい発言がそうなってしまわないように慎重になっています。二つ目の理由については、今のトラッキング技術では身振りや表情から会話の間を読むことが難しく、読んだら読んだで同じように読んだ他の方と発声がかぶることがよくあります。

デスクトップになった時、私は自分のコミュニケーションが身振りと表情に大きく依存していることを改めて感じました。人と会った時には会釈をし、会話に加わる時には手を挙げ、別れる時にはまた手を挙げる。黙って聞いていた相手が目を合わせて息を吸い込むのを見て、何か言いたそうだと察する。物理現実のコミュニケーションではこのような肉体言語が無視できない比重を占めています。しかし、VRでは輪の全員が顔トラ・アイトラでもない限り難しい話です。ですので私の発言は、話の流れを記憶しておいて自分の意見をまとめておき、明示的に発言を求められた時に初めて箇条書きのように出す、という形になる傾向があります。

しかし逆に、繊細な表情や身振りを作らずに済む・読まずに済むことで救われている方もいるのだろうとは思います。これらはそれぞれ肉体を制御する技術と空気を読む技術の一部であり、訓練と発達特性に左右されるからです。

交友範囲

今の私のフレンドさんのほとんどは、JPT、哲学カフェ堂、理系集会、言ノ葉堂を通じてお会いした方たちです。普段はこれらの繋がりの間を回遊していますが、twitterなどで見聞きした他の系統のイベントに参加することも時折あります。

ぽこ堂

ぽこ堂に居着いたきっかけは、2022年12月17・18日のバーチャル学会2022にあります。かねてより美少女を人間の性別から切り離した形で、物語(ナラティブ)の擬人化という側面から捉えるべきだと思っていた私は、この機会に「美少女場の量子論」の演題でポスター発表をすることにしました。当日もデスクトップで出て、内容に対しては覚悟していた通りの冷静な突っ込みを多数頂きました。しかし、どこかで形にしておくべき考え方だと思っているため、後悔はしていません。

この数週間後、仮想山観心寺にお参りした時、境内の掲示板にぽこ堂のチラシが貼ってあるのを見て、Publicなのがいいと思い行ってみました。すると、私の学会発表のことを話題にしてくださった方がいたとのことで、その場にいたたくさんの方とお話をすることができました。理系の厳密さも文献的な知識も要求されない、知的好奇心と落ち着いて喋ることだけで緩く結びついた場というのが合っていたのかもしれません。ワールドの調度や音楽もよく、居心地のよい場所です。

美少女場の量子論:

2022.12.18、学界追放まで何マイル?(公式配信より)

言ノ葉堂

言ノ葉堂のコミュニティにも、時々顔を出しています。これもぽこ堂のフレンドさんがきっかけで関わりを持ち始めた場所です。VRに来る前の私は二次創作小説を書いていましたが、名刺代わりに使い勝手のよいオリジナル作品が欲しいと思って、言ノ葉ラジオの企画の「きっとあなたの140字」に2023年4月4日から投稿し始めました。同時に公開収録や「言ノ葉の集い」の集会に時々参加するようになり、そこで知り合ったフレンドさんたちがいます。私の作品に興味を持って話しかけてくださった方もいらっしゃいました。

言ノ葉堂繋がりで書いた作品については、140字がまとまった数になり次第作品集にして頒布しようと考えています。私はただ一つのテーマについて延々と書き続けているので、それらをまとめればそのまま本になるでしょう。しかし近年の風潮では、紙の本というものは新しく情報や体験を得る手段というより既に内容を知っている作品のプレミア版に近い代物だと思っているので、知ってもらうことを優先して、私の文章作品は全てネットで無料公開することにしています。

1400字:

25000字:

理系集会

理系集会にも参加しています。2022年10月15日にScience_cafe [lx]で特別講演を聴いて、次の回の10月29日に初めて本会場に行きました。私がタグに表示する分野は今のところあまり人数が多くないようですが、時々興味を持ってくださった方にお話しすることがあります。しかし、ここで大々的に講演をしたいとは思っていません。美少女場の量子論からも薄々お分かりのように、私は理系分野の専門家を名乗るにはあまりに不真面目だからです。また、物理現実での経歴や立場を極力メタバースに持ち込みたくないと考えてもいるからです。

それにもかかわらず普段から理系集会のグループバナーを表示しているのは、私が出入りする他のコミュニティが文系寄りであるために、希少価値を持てるからです。

何が楽しいか

始めてから一年が経った2023年8月現在、私のVRChatのプレイ時間はおおよそ450時間です。平均して一日一時間、一周年の節目にこのような記事を書く程度には思い入れができ、ログインする動機が維持されているというべきでしょう。

インターネットの楽しさ

私が今ソーシャルVRに感じている楽しさの一部は、単に物珍しさによるものかもしれません。私は流行に乗ることが得意ではなく、これまであった技術的流行、すなわちVtuberや暗号通貨やAIにも乗り遅れてきました(twitterが僅かな例外です)。全く触れないわけではないのですが、アーリーアダプターの「界隈」に交じるには遅い頃合い、といったところです。メタバースは、今からでは古参とは言い難いものの、まだ「発展途上の世界をこれから盛り上げていこう」という緩い一体感のようなものが感じられます。

そのためか、何かに挑戦することに全体として寛容だという印象があります。この世界の発展のためには、とにかく色々なことをして、メタバースであれもできた・これもできたという実績を積み重ねる必要があると、誰もが薄々理解しているのでしょう。私のフレンドさんの中にも、私が出会った後にイベントを主催するようになった方が何人もいらっしゃいますし、前述した私の美少女場の量子論のように怪しい成果物でも発表の機会があります。穿った目で見れば、オタク層によって技術的にも文化的にも政治的にも主導されている日本のソーシャルVR界隈が、自分たちの好きなものを抑圧から守るためには積極的に勢力と効用をアピールして権力を獲りに行くしかないという長年の闘争の教訓を実践している、ということでもあるのでしょう。


また私は、ネットの友人とボイスチャットで話す経験もありませんでした。上で、身振りがないと発言の間が掴めないと書きましたが、VRに来るまでこれに気づかなかったのも、会議などではない雑談をオンラインでする経験がほとんどなかったためです。声を出して話すとテキストよりも「どうでもいい話」を長く続けやすいですし、より親しく感じますし、口調によって微妙なな感情表現をしやすくなります。しかし私にとって真に物珍しかったのは、ボイスチャットではなく「ネットの友人と」の方だったのかもしれません。

同時代にtwitterがあったことはソーシャルVRにとって幸運だったと思います。短いプレイ時間(ゲームとして見れば長く、生活として見れば短い)の中でできた人間関係を、いつでも見られるテキスト型SNSが補強し、また「昼間呟いてたことですが……」のような形でVRに話題を提供するからです。

してみれば、ここで挙げた楽しさはほとんど「インターネットの楽しさ」であり、VRとは関係ないということになります。新しい技術であること、距離の制約を減らせること、物理現実とは違う振る舞いができること。しかし、それらを楽しむ媒体がVRに変わったことは、楽しさを劇的に増幅したと思います。

質の高い体験を高速で回す

私は、コンピュータ技術がもたらすものの本質を「速さ」だと考えています。天体の軌道を計算することも、遠くに住む人と話すことも、文書をコピーすることも、綺麗な景色を作ることも、十分な時間をかければコンピュータなしでもできなくはないものです。労力をかけ、資金を稼ぎ、アナログで代替技術を開発する時間さえあれば。しかし、コンピュータはそれを、画面の中に限定されることと引き換えに、現実的な時間で行うことを可能にしました。VRはここで引き換えにしたものすら奪い返そうとしています。

VR自体の利点は、リッチな体験ができる、ただそれだけのものでしかありません。しかし、これをコンピュータ技術が試みてきたありとあらゆることと繋げることによって、物理現実と遜色ない体験を高速で積むことができるようになります。特に人間関係に関わるところでこれは顕著です。一晩のうちに異なる複数のコミュニティを渡り歩き、それぞれでワールドを観光したり講演をしたり議論をしたりすることが珍しくなく、それらの全てを身振りと距離感を伴って経験できます。移動の手間がない分、興味のある集まりには度胸さえあれば簡単に参加することができます。また、前述したように発展途上の世界であり、何かに挑戦することに寛容であるため、創作・製品・イベントのアイデアが形になるのも早いという印象があります。「VRでは時間の流れが速い」と言われるのはこのためでしょう。ここで「時間」という言葉が使われているのは、恐らくソーシャルVRでの体験が物理現実での生活と対等な彩りを持っていることの表れであり、VRで初めて可能になったことだと思います。

質の高い体験を高速で積むことができれば、その中で自分のしたいこと・なりたいものを効率よく探せるようになります。シミュレーションこそがコンピュータのもたらした最大の価値だと私は思っています。仮想現実でアバターを使うことを現実逃避だと評する向きもありますが、自分が何をしたいかを改めて探してみるためには、仮想現実の安全さや気軽さはむしろ物理現実での生にとっても役に立つものでしょう。

人と深く触れ合う

特に刺激を求めない雑談の楽しさも別にあります。一緒に何かを作った、何かを遊んだ、または何かに立ち会った人同士では仲良くなりやすいですし、アバターという仕組み自体が自分のアイデンティティやセクシャリティを再考させる効果を持つため、そのようなナイーブな話題を切り出しやすく、その結果親近感が深まることもよくあります。会話だけでなく、ワールドに作者の人生観が表れていると思えることもあります。技術さえあれば心象風景を人と共有できるということですから、そのようなワールドに行って感傷に浸ることはソーシャルVRの特筆すべき楽しみです。

何が厳しいか

ルサンチマン

一方、ソーシャルVRには苦しみの種もあります。それらは、いわば「何が楽しいか」で挙げたことの反転です。

VRChat上の営みのほとんどは、今のところ、個人を単位としたものです。つまり、組織の歯車になるという過ごし方は多数派ではないということです。これは、個々のユーザーにjoinするという遊び方が基本であること、多くのアイデアは一人で形にできてしまうこと、報酬で組織を繋ぎ止められるだけの収益モデルがほぼないことなどによるのでしょう。このことには功罪があります。尖った発想が日の目を見やすいこと、個人が経験やスキルを蓄積しやすいことが美点だとすれば、何か強みを持っていなければ承認が得づらいこと、名声が個人に集中することが欠点だと思います。

VRでは時間の流れが速いということは、既にスキルや人脈を持っているユーザーは物理現実よりも効率よくそれを使って、さらなるスキルアップや交流を図れるということです。物理現実では、そうして得られたスキルや人脈は多くの場合は勤務先に還元され、あまり表には現れませんが、現状のメタバースではほぼ全て個人の名声になります。すると、スキルや人脈を持たないユーザーはそれを見て、「スペックが違いすぎる」という自己卑下か「分不相応な名声を得ている」という僻みに走りやすくなります。これはルサンチマンにすぎないと言ってしまうこともできますが、各ユーザーの創造性を重視する方針や「なりたい自分になる」といったスローガンにとっては痛いところだと思います。

現状のメタバースで役立つスキルとは例えば、会話のテンポに乗る技術、見ず知らずの人々の中に飛び込む技術と慣れ、大人数を動かすノウハウ、3Dモデリングの技術とセンス、すぐ読めて面白い文章を書く技術、プログラミングの技術と根気、実務経験に裏付けられた専門性、人に教えを乞うて学びを楽しめる謙虚さ、などです。これらが一つもない方は(世界には決して珍しくはありませんが)、VRChatでは苦しい思いをすることになると思います。特別なスキルのない人同士で集まることはもちろんできますが、集まった時の話題、友達の推し、大規模イベントなどを通して、組織の後押しのないただのVR一般人が脚光を浴び、少ない可処分VR時間を人から奪っているのを、やはり見聞きすることになるでしょう。

メタバースの中でもVRChatは利用の手軽さよりもユーザーの創造性を優先する方だと言われますが、創造性が自分にあると思えないユーザー、人に認められない方向で創造性を持ってしまっているユーザーはどうすればよいのでしょうか。「いずれ、ここでなら、気づいていなかった才能、認めてもらえる相手が見つかる」というのが最も楽天的な回答です。しかし、それは今すぐの話ではありませんし、今後メタバースユーザーの多様性が増していくかどうかは分かりません(何でもそうですが、新規ユーザーの大流入があるとニッチ表現者は得をする一方、マス向け人気コンテンツはそれ以上に得をし、相対的な不公平感は強まります)。とはいえ、今すぐにこれを解決する方法はなく、これからさらなる人口増加と発展によって思いもよらなかった変化が起こるのを待つしかない、というのが正直なところだと思います。

物理現実のレガシーが持ち込まれる

このように個人単位の名声の格差が可視化される世界では、物理現実で既に築いてきた実績を持ち込んでスタートダッシュを決めようという戦略が生まれるのは当然のことです。研究者などはそれがしやすい職業ですが、逆にこのことが、ソーシャルVRを物理現実のしがらみから離れたサードプレイスとして使うことを難しくしているのではないかとも思います(特に大学所属の研究者の場合、専門分野に少し踏み込んだ情報があれば物理現実での実名が特定されます)。

物理現実とは全く別の人間関係を一から築きたいが、そこでルサンチマンに苦しめられずに承認も得たいというのは、実は難しいことです。少なくとも時間がかかります。私がVRChatのアカウントを作ってからtwitterのアカウントを作るまでの八日間は、そのことに悩んだ八日間でもあります。今は幸い多くのフレンドさんもできましたので焦ることもなく、過去の実績よりもそれを通じて私の中に蓄積された無形のものが、私の語る言葉や書く文章から滲むならそれでいいと思っています。

ところで、「私がVRChatのアカウントを作ってから」という言い方を本当にしてよいのでしょうか? VRChatのアカウントを作る前に私は存在する? そういう問いはもう問われなくなったのでしょうか? これについては後述します。

文字媒体の苦闘

私のスキルと需要について言えば、先に述べた通り、私は小説を書きます。これは、お世辞にもVRと相性がいいとは言えない媒体です。文字媒体に関わる多くの方が既にそれに気づいていて、様々なイベントや活動形態を模索しています。それでも、物理現実ですら斜陽である小説が、VRで一躍脚光を浴びることは恐らくないだろうと思います。

可能な生存戦略は二つで、マルチメディア展開と自叙伝です。特に自叙伝は、一人の人間が生きて積み重ねてきたものを取捨選択・再構成してキャラクターの形にして出すVtuber、ひいては物語の擬人化の形式であると私が信じる美少女なるものの文化にとっては不可欠になるはずです(私はこれを「自己物語化」と呼びます)。現に実在ユーザーを題材にした小説を、依頼を受けてギャラリーの意見も取り入れて書く活動をされている方がいらっしゃいます。私自身も、生きた人間ならではの豊富な情報を学習して特徴を抽出し、分かる人には分かるコンテクスト盛り盛りに整形して、文字媒体ならではの遅効性劇薬としてお出しするナマモノパロディが大好きなんですよね……

一方で課題として、マルチメディア展開では原作者が絵・映像・ワールドの陰に隠れがちで、自叙伝では先立つ人脈が必要とされる上に同業者との競合が起こりやすいと思います。しかし、自叙伝の代筆が同業者との競合を生みやすいなら、従来の商業小説ではストーリーに対して副次的なものとみなされてきた「文体」という要素が差別化のために意識されるようになるかもしれません。ちょうどSkebで複数の絵師に自分のアバターのイラストを依頼するようにです。

また、お気づきの通り私が文章を書くと長くて理屈っぽくなるので、開き直って評論のような文章を書くこともあります。このような活動は、クリエイターさんと利用者・鑑賞者との橋渡しになるかもしれませんし、まだ世間的に理解を得られていないVRおよびアバターコミュニケーションの世界を今後の無用な圧力から守るために役に立つかもしれないと期待しています。

偶然の出会いが少ない

現状のメタバースで役に立つスキルとして「見ず知らずの人々の中に飛び込む技術と慣れ」を挙げましたが、これがなければフレンドを増やしていくことがほぼできないと思います。イベントでもなければなかなかPublicに出てこないと言われる日本人コミュニティでは特に、界隈同士が交わる機会が非常に少なく、関わりの薄いフレンドに積極的にjoinしていかなければ新しい世界を覗くことが難しくなっています。

ワールドやアバターの著作権の議論の文脈で、「メタバースではあらゆるものが誰かの作品」ということが言われます。人と会うことについても同じことが言えます。

FriendsやFriends+のインスタンスにjoinすることは、自動的に「あなたに興味があって来た」「そこにいる〇人のユーザーと知り合いたくて来た」という表明になります。これは、実は恐ろしいことではないでしょうか? 既にでき上がっている会話の輪を、自分が入ることで乱してしまうかもしれませんし、人に興味を向けること自体が迷惑に思われるかもしれません。物理現実の学校のような、強制的に通わされて強制的に同じ教室に詰め込まれる場なら、誰かと初めて話す時にも「お近づきになりたいという下心があるわけではない」という免罪符が働きやすいですが、VRChatではjoinという能動的な動作が挟まれるために、そのような言い訳はできません。見ず知らずの人の中に飛び込む技術と慣れが必要だと書いたのはそういうわけです。

これが最も顕著に現れるのが、Vtuberやライターのようなメディア関係者に会う時だと思います。Publicで見かけて話しかける場合であれRequest Inviteであれ、有名人にお近づきになりたい(あわよくばその拡散力の恩恵にあずかりたい)という下心があると思われたくない、という心情はまああります。

初心者を囲む文化は、囲まれる側にとっての不可抗力を演出してあげるという意味でこの問題への対策の一つですが、Userになると恩恵が得られません。恐らく、これを解決する方法はないと思います。メタバースでは自由である分、したくないことをしないのも自由ですから、何の欲望も表明しない人に気を遣う義理もないだろうからです。

2023.07.29、いつも端っこにいるのは身長のせい

意外だったこと

ボイチェン勢が少ない

ソーシャルVR国勢調査2021によれば、VRChatにおいて読み上げソフトを含まないボイチェン勢の割合は9%、両声類の割合は5%です。これは、VRChatのどこをすくっても、十人いれば一人はボイチェンであることを意味するでしょうか? 答えはノーです。ボイチェン勢の分布にはコミュニティによって偏りがあり、上に挙げたぽこ堂と言ノ葉堂の界隈では、私はボイチェン勢を私自身を除いてそれぞれ一人しか知りません。議論やラジオに向いた聞き取りやすい声を作るのには筋肉を併用する必要があり、しかし筋肉を併用した声は長時間維持できないという理由のためでしょう。理系集会の界隈ではそこそこの数のボイチェン勢がおり、これはVtuberが多いためだと思います。ちなみに2023年8月現在、私のフレンドさんの中に両声類の方はいません。

ボイチェンには技術的なハードルがありますが、そもそも声を変えることの需要自体も少ないのでしょう。Vtuberのように、親しみやすいキャラクターを作ることや「自分のキャラを変えられる」というメッセージを発することが重要な場合は声を変える動機になりますが、そうでないVRChatユーザーは普段と全く違う自分になることに必ずしも関心を持っていないように見えます。

私は、声を変えることは自己認識にとってアバターに劣らない影響を持っていると感じています。筋肉というコストを払うことがまさに重要です。漢字を書いて覚えるのと同じように、自分の筋肉を動かしている時に出た声や受けた反応は印象に残りやすいはずです。読み上げソフトやAIを使う場合でも、喋る時の口調を自分の筋肉で変えるなら近い効果が得られるでしょう。その意味で声帯とは無料のフルトラ機材であり、ボイチェン声というアバターにkawaiiムーブをさせることによって安価に美少女になれます。しかし、それこそが「声を変えると何らかの一線を越えた感じがする」という感覚を引き起こしているのかもしれません。

人格は崩壊しない

私はVRに来る前、そこは誰もがアバターの姿に引きずられて強迫的に美少女として振る舞い、その振る舞いが精神にフィードバックされて美少女としての自認が生まれ、物理現実との摩擦で人格がめちゃめちゃになる阿鼻叫喚の地獄だと思っていました。その地獄の血の池の中から全く新しい精神の在り方を持った新人類が現れるのだとも。実際には、それほどでもありませんでした。

私にとって意外だったのは、VRで物理現実と違う人格として振る舞おうとするユーザーが少ないことでした。これには前述の、声を変えている人が少ないことや、物理現実での実績を持ち込む人が一定数いることも含まれます。これに伴って、アバターを使うことによるアイデンティティの揺らぎや人格の解離に似た現象のことをVRユーザーに尋ねてもどうやらピンと来ていない、ということがままあります。

気分としては残念ですが、全く違うキャラクターを演じなくてもアバターの助けを借りるだけで人と触れ合えるようになるなら、歓迎すべきことでしょう。美少女の外見に引きずられてkawaiiムーブをすることは、おじさんの外見に引きずられてkawaiiムーブができなくなることと表裏一体ですから、この「承認の美少女特権」とでも呼ぶべきものが解体されるのは喜ばしいことです。

どこまで美少女要素をなくせば愛されなくなるか、という実験はVtuberにおいて先行していて、ねこますさんが地声で配信をしたことに始まり、顔以外は実写にするとか物理肉体の顔を時々公開するといった形で試みられています。私はこれらを見て、アバターコミュニケーションというのは単なる生まれ持った肉体からの逃避に留まらず、むしろ生まれ持った肉体(特に男性の)をどうすれば愛せるようになるかという模索でもあるのだと思っています。

それはそうとして、私は興味深い精神現象を全部体験してやろうと思ってやってきたので、もう一度メタバースを阿鼻叫喚のメス堕ち地獄にするための活動を細々としています。言ノ葉堂に投稿している作品はその一環です。

2023.07.22、結論ありきの問い(沈黙静寂さん撮影)

手っ取り早く人格を解離させたいなら、ソーシャルVR一般人をやるよりVtuberをやった方がいいと思います。キャラを作らざるを得ませんし、コンテンツを考える過程で自分の持ち味や見せ方を再考することになり、また上手くすれば収入(≒最も強力に「他者に求められる自分の形」を意識させるものの一つ)も得られるからです。しかし、長期的にはどちらが効率がいいのかということはまだ分かりません。難しいことを考えなくても茹で蛙のように人格が変容していく、という環境にソーシャルVRがなっていけば私としては面白いのですが……


私自身の場合、チエカは物理現実とは違う人格であるという表現も正確ではありません。チエカを含む複数の名義と、それらの名義が共有する記憶庫からなる群体があり、それぞれの名義の間は情報的に弱くリンクされている、という表現の方がより実態に近いでしょう。そしていつか他の名義から十分に独立した時、その時こそ他の名義と無理やりぶつけて混ぜ合わせて脳をめちゃめちゃにし、地獄の血の池の中から全く新しい精神の在り方を持った新人類を生み出す。そのために私はここにいます。私がメタバースで皆さんに見せる姿は、その過程の中にあるものです。

オフ会やリアルイベントに行く人が結構いる

上に同じ。

健康的な時間に寝る人が結構いる

考えてみれば当たり前ですが、平均的な日本人は午前二時までには寝てしまうようです。

Valve Indexコントローラの指トラは誤爆する

手の大きさなどにもよるのでしょうが、これでタイミングを逃さず狙った表情を出すのは難しいと思います。

Socialのバグが多い

全てのSocialバグを、生まれる前に消し去りたい。全てのOnline Friends、ブラウザとアプリ内メニューの全ての同期ずれを、この手で。
Canny様でも何でもいい。今日までイベントを楽しみにしてたみんなを、Private欄を信じた仮想美少女を、私は泣かせたくない。最初からGroup+かFriendsで表示してほしい。それを邪魔する仕様なんて、壊してみせる、変えてみせる。これが私の祈り、私の願い。さあ、叶えてよ! VRChat!

おわりに

文章が長くなるのは私の悪い癖ですが、VRであまり喋らない分の補償だと思って見逃してください。以上が私が一年間VRChatをやって感じたことの記録です。何か皆さんにとって非自明な知見が含まれていれば幸いです。そしてこれまでVRで出会った皆さん、これから出会う皆さん、次の一年もどうぞよろしくお願いいたします。


〈以上〉

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