イギリス音楽への誘い 第3回 ウォルトンとブリテンによる刷新(1)
お待たせしました!!
第1回から、えらく間が開きましたが。
第2回、つまりエルガー後編と、ヴォーン=ウイリアムズとホルストの回はあえて後回しにして、第3回に予定していたウォルトンとブリテンにまで先に進みます。
なぜそうするかというと、九州交響楽団の定期演奏会で、せっかくブリテンのバイオリン協奏曲とウォルトンの交響曲第1番という、そう滅多には出会えない渋い組み合わせで聴けた記憶が薄れ過ぎてしまうからです。


コンサートの曲の演奏順序はブリテン→ウォルトンですが、世代的にはウォルトンが上ですから、ウォルトンを先に論じます。
長らく音楽消費国に甘んじていたイギリス近代音楽の扉を一気に開いたのは、エルガーの存在あってのことです。
既に第1回で書いたように、エルガーの父は一介の楽器店経営者に過ぎませんでした。エルガーに音楽を学ばせることはできましたが、メンデルスゾーンが設立し、シューマンやクララらを教師に雇ったライプチヒ音楽院に留学させる蓄えまでは作れなかったわけです。
それで、エルガーは二十歳過ぎで、まずは精神障害者収容施設に楽団付き音楽家として雇われて作曲と指揮を担当したわけです。
ここでは、必要に応じてダンス・ミュージックを作曲して指揮する、ということを繰り返していたわけですが、ある意味では、自分のためのオーケストラで色々実験できるという機会に恵まれたわけで、この時のダンス・ミュージックという素材を、後に交響曲第1番に転用できていたりもします。
ただし、エルガーには、プロの作曲家から作曲の教育を直接受けるという機会がないまま、いわばアマチュアの創意工夫で乗り切っていくしかなかったところがあります。
もしメンデルスゾーンのもとで学べていたら?ということになりますが、メンデルスゾーンの楽曲技術が、モーツァルトの再来と言われた早熟の才能だけではなく、古典派の技法を完璧に身につけた、職人的に手堅いものだったことは間違いないでしょう。
彼はゲヴァントハウス管弦楽団を指揮する、歴史上最初期の職業指揮者の一人として、「マタイ受難曲」の蘇演や、シューマンが発見したシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」の初演等、音楽史に残る業績を数々残していますが、身体は病弱だったものの、幼い頃ゲーテに可愛がられたフェリックスの教養と言語レヴェルは完璧だったようです。
ある伝記によれば「非常にロマン的な言葉遣いを駆使」したそうで、伝記作者はそれがわざとらしさにすら感じられて好きではなかったみたいですが、繊細ではあるけれども社交性があったのは彼の取り柄でしょう。
さもなくば、かなりの変人で協調性には乏しかったはずのシューマンを引き立てて音楽院に招こうなどという芸当はできないはずだし、指揮者としての統率力もなかったでしょう。
メンデルスゾーン自身は早死するし、シューマンの作曲は天才肌で、正直、人に教えるのが上手い性格でもなく、これまた精神障害で表舞台から離れますが、メンデルスゾーンの跡を引き継いだ盟友のニールス・ガーデ(ゲーゼ)の曲なども、非常に良くできた曲ですので、ライプチヒ音楽院の作曲の指導陣がレヴェル高い状態維持していたのはまず間違いないでしょう。
結局、エルガーっていうのは、お聴きの方のかなりがお感じかもしれませんが、「確かにメロディをインティメートに人懐っこく歌わせ始める才能はあるけれども、手堅い簡潔で引き締まった構成力に欠けた、どこか緩くて取り留めもない曲が多い「ブラームスの亜流」みたいに受け取る人が、ドイツやフランスの本格的大作曲家たちを機範にする限り、どうしても出て来てしまう。
なるほどエルガーの交響曲第1番はイギリス生まれのかなりの出来の曲で、第1楽章冒頭のノビルメンテの序奏部の貴族的な響きの世界は、絶対にイギリス人、エルガーにしか書けなかった。
「・・・でも、序奏の後の展開、どこか締まりが悪いまま、延々進んでない?」
・・・エルガーはブラームスでは無いのだから、また、ドヴォルザークのようにブラームスの添削を受けながら曲作りを学んだわけでも無いから、曲のメリハリの効いた構成力で超別格のこの2人あたりとエルガーを比較するのは可哀想である。
むしろ、ちょっとだけ移り気で、何とな〰︎くシーン展開して曲の表情が変化していく、アマチュア的試行錯誤の工夫の果てではあるかもしれないし、少しエネルギー変換の効率が悪いけど、メロディーは繊細でチャーミングなセンス溢れるあたりが、エルガーの魅力とも言えるわけで、それが「序奏とアレグロ」「弦楽セレナーデ」「エニグマ変奏曲」「チェロ協奏曲」といった、エルガーの作品の中はまだしも広く聴かれている曲を虚心に堪能しようとすると、少なからぬ人にも伝わるはず。
でも一般には、エルガーに限らず、イギリス近代音楽のファンって、本国イギリスとアメリカにのみ集中する傾向はどうしてもあります。
これはアングロサクソン気質そのもののイギリス作曲家の曲想が、ノーブルで繊細な移ろいやすさこそあるが、ゲルマンやラテンという、インターナショナルでメジャーなクラシック音楽の規範からすればハッタリとケレン味がなさ過ぎ、色彩感覚に乏しい淡白さがあると感じさせもすると思うので、半分やむを得ないんですが、もし仮にエルガーにもう少しだけ音楽院でプロから学んだ構成力のスキルとかがあって、10%程度ブラームスの技量に迫っていたら、まるで別の評価だったかとは思います。
実はエルガーの後に出てきたヴォーン・ウイリアムズって、どうしてもイギリス民謡を下地にした「田舎っぽさ」をなかなか離れなかった人。
ただし第1次世界大戦への危機意識剥き出しの交響曲第4番だけは、別人のような、ショスタコーヴィチも思わせる、尖った切れ味だから、第2回飛ばした分の穴埋めに、この曲だけ、彼へのもったりしたイメージ払拭のために貼っておきます。
実はヴォーン・ウイリアムズの同世代のホルストも、やはりイギリス民謡の影響が濃いのが実は普段のスタイルでして、あの突出した有名曲、組曲「惑星」があそこまで尖っているのは、特に、これまた先行して単独発表された第1曲「火星 -戦争をもたらす者-」が、これまた第1次世界大戦への危機意識を背負って生まれた曲。
実は「火星」を別にすると、あの有名な第4曲、「木星 -快楽をもたらす者-」は、ホルストのイギリス民謡調アプローチの洗練の極みの最高傑作ということになるし、第6曲「天王星 -魔術をもたらす者-」こそ、フランスのポール・デュカスの交響詩「魔法使いと弟子」にもろに影響を受けた近代印象派次元の洗練された曲になったし、最後の「天王星 -神秘をもたらす者-」も、星占いに凝っていたらしいホルストの神秘主義あってのものではある。
ただ、あまり一般には知られてない事実だけど、この「惑星」という曲のオーケストレーション、実はホルストは別の人に依頼してるんです。
この曲、金管楽器が同じ楽器3本ずつという(4本ならわかる)、ちょっと異例な楽器構成してるのも、そうした背景と関係していそうです。
そういう意味では、ホルストの作品リストの中では、組曲「惑星」はむしろ非常に例外性が高いのです。
やっと第3回の本題に入りますが、実はイギリス音楽を本当に近代的にして、イギリスという国の根っからの保守体質に楔を打ち込めたのは、ウィリアム・ウォルトンという存在が現れたからこそなんですよ。
彼は教会の聖歌隊に所属して音楽を学びはじめますが、オックスフォード大学に進めたエリートでして、しかもオックスフォードで知り合えたシグフリート・サッスーンや、サシェヴァレル・シットウェルという人物たちに恵まれた。
そのサシェヴァレルが、なんと彼の為に専用の音楽実験室のある館を提供し、彼がオックスフォードを退学してまで音楽に打ち込むことを全面援助。
しかもサシェヴァレルの姉イーディス・シットウェルには作詞の才能があり、「ファザード」という、室内楽仕立ての、演劇性も持つ、独創的な連作歌曲集のために提供したわけです。


さて、この「ファザード」について、日本語のネットにはまともな解説がまだないのだ。
だから、ChatGTP様に、基本的にはWikipedia英語版に基づいて解説を依頼いたしました。
ファサード(Façade)
『ファサード(Façade)』 は、イギリスの詩人 Edith Sitwell(イーディス・シトウェル)による詩のシリーズである。
最も有名なのは、作曲家 William Walton(ウィリアム・ウォルトン)が付けた器楽伴奏の上で朗読される作品 『Façade – An Entertainment(ファサード ― エンターテインメント)』 としてである。
詩と音楽には複数の異なる版が存在する。
シトウェルは1918年から文芸雑誌『Wheels』で『Façade』の詩を発表し始めた。1922年には、その多くにウォルトン(当時シトウェルが支援していた若い作曲家)が管弦楽的な伴奏を付けた。
この「エンターテインメント」は1923年6月12日にロンドンの Aeolian Hall で初めて一般公開され、その前衛的な形式によって賞賛と悪評の両方を獲得した。
その後ウォルトンは音楽をフルオーケストラ用に編曲し、2つの組曲を作った。
1931年に振付家 Frederick Ashton が『Façade』をバレエ化した際、シトウェルは自分の詩を使用することを望まず、オーケストラ版のみが使われた。
シトウェルの死後、ウォルトンは1951年の総譜出版以前に削除されていた作品群を復活させ、朗読者と小編成アンサンブルのための補遺版を出版した。
主な版(Versions)
『Façade』には大きく異なる複数の版が存在する。
『Façade and Other Poems, 1920–1935』
シトウェル自身が1950年の詩集に収録した詩の出版版。
『The Sitwell-Walton Façade』(1951)
「エンターテインメント」の完全版総譜として初めて出版された決定版。
『Façade Revived』(1977)
1951年版には収録されなかった8編の詩と音楽。ウォルトン75歳を記念して出版。
『Façade II』(1979)
『Façade Revived』を改訂した版。一部削除・追加あり。
『Façade – the complete version, 1922–1928』
1993年にパメラ・ハンターが制作した42曲入りCD。ウォルトンが作曲したすべての詩と、作曲されなかった9編も収録。
『Façade Suites』
ウォルトンによるオーケストラ組曲(1926年版・1938年版)。
シトウェルが出版した『Façade』の詩
『Façade』はしばしば、
「エドワード・リア風のナンセンス詩」
と呼ばれる。
しかし、音やリズムの実験が行われている一方で、シトウェルの詩には確かな意味が存在すると研究者たちは指摘している。
文学研究者のジャック・リンゼイは、
「連想はきわめて素早く飛躍するが、全体としては高度に組織された意味の基盤を持っている」
と述べている。
また研究者のクリストファー・パーマーは、多くの詩にシトウェル自身の不幸な子ども時代が反映されていると指摘している。
たとえば
「Mariner Man(船乗り男)」=父の召使い
「Black Mrs Behemoth」=母親
などがモデルになっていると考えられている。
1950年版に収録された詩
The Drum(太鼓)
Clowns' Houses(道化師たちの家)
Said King Pompey(ポンペイ王は言った)
The Bat(コウモリ)
Lullaby for Jumbo(ジャンボへの子守歌)
Trio for Two Cats and a Trombone(二匹の猫とトロンボーンのための三重奏)
Madame Mouse Trots(マダム・マウスのトロット)
Four in the Morning(午前四時)
Black Mrs Behemoth(黒きベヒーモス夫人)
The Wind's Bastinado(風の鞭打ち)
En Famille(家族で)
Country Dance(カントリー・ダンス)
Mariner Man(船乗り男)
The Octogenarian(八十老人)
Bells of Grey Crystal(灰色水晶の鐘)
When Cold December(寒い十二月になると)
Came the Great Popinjay(偉大なオウム男がやって来た)
Fox Trot(フォックストロット)
Polka(ポルカ)
Mazurka(マズルカ)
Jodelling Song(ヨーデルの歌)
Scotch Rhapsody(スコッチ・ラプソディ)
Waltz(ワルツ)
Popular Song(流行歌)
By the Lake(湖畔で)
The Avenue(並木道)
Water Party(水辺の宴)
The Satyr in the Periwig(かつらを被ったサテュロス)
Dark Song(暗い歌)
I Do Like to Be Beside the Seaside(私は海辺が大好き)
Hornpipe(ホーンパイプ)
Something Lies Beyond the Scene(舞台の向こうに何かがある)
When Sir Beelzebub(ベルゼバブ卿のとき)
続けて、
「シトウェル=ウォルトン版『Façade – An Entertainment』の成立と、1923年初演でなぜ大スキャンダルになったのか」
から最後まで全部訳していきましょうか。こちらが作品史のいちばん面白い部分です。
お願いします。
それでは続きです。
『Façade – An Entertainment』誕生と大スキャンダル
シトウェルの詩をウォルトンの伴奏付きで朗読する『Façade – An Entertainment』は、1922年1月24日にまずシトウェル家のロンドンの邸宅で私的に上演された。
その後、1923年6月12日にロンドンの Aeolian Hall で一般公開された。
どちらの公演でも、
シトウェル本人が朗読
ウォルトン本人が指揮
を担当した。
奇妙な編成
ウォルトンは初演から約30年後に出版されるまで何度も改訂を加えたが、基本編成は常に6人だった。
楽器編成は、
フルート(ピッコロ持ち替え)
クラリネット(バスクラリネット持ち替え)
アルトサックス
トランペット
打楽器
チェロ
である。
さらにウォルトンは音楽の中に数多くの引用を仕込んでいる。
例えば、
Gioachino Rossini ロッシーニ
George Grossmith ジョージ・グロスミス
などの音楽が顔を出す。
『Swiss Jodelling Song』ではロッシーニの『ウィリアム・テル序曲』まで引用されている。
伝説の初演
この初演は、いわゆる
succès de scandale(スキャンダルによる成功)
となった。
つまり、
「大炎上した結果、有名になった」
のである。
問題は演出だった。
シトウェルは舞台にそのまま立ったわけではない。
装飾された大きな衝立(スクリーン)の裏に隠れ、
そこから突き出した
巨大なメガホン
を通して詩を朗読したのである。
その前でウォルトンが6人編成を指揮していた。
観客から見れば、
「変な音楽が鳴っている」
という異様な光景だった。
新聞の反応
新聞はほぼ壊滅的な評価だった。
ある新聞の見出しは、
「人々が金を払って聞いた戯言」
だった。
『Daily Express』紙は、
「ひどい作品だ」
と酷評した。
しかし同時に、
「妙に頭から離れない」
とも認めている。
『Manchester Guardian』紙は、
「容赦のない不協和音」
と評した。
『Observer』紙は、
「詩も音楽も取るに足らない」
と切り捨てた。
擁護する批評家もいた
一方で評価する人もいた。
音楽評論家エドワード・J・デントは、
最初、聴衆は冗談だと思った。
と書いている。
また著名評論家アーネスト・ニューマンは、
ウォルトンは音楽的ジョーカーとして一級品である
と評価した。
ノエル・カワード激怒事件
観客の中には後に有名になる文化人もいた。
Evelyn Waugh
Virginia Woolf
Noel Coward
などである。
しかしノエル・カワードは激怒した。
彼は、
前衛的すぎる詩
奇妙な舞台演出
に耐えられず、
途中でこれ見よがしに席を立って退場した。
後に彼はシトウェル一家を風刺する芝居を書き、
数十年にわたる確執へ発展する。
演奏者すら困惑
演奏者も戸惑った。
クラリネット奏者はウォルトンに向かって、
「ウォルトンさん、あなたはクラリネット奏者に何か恨みでもあるんですか?」
と尋ねたという。
それほど演奏が難しかったのである。
それでも名作になった
しかし不思議なことに、
最初は炎上したこの作品は徐々に支持を集める。
10年もしないうちに、
振付家 Frederick Ashton がバレエ化した『Façade』は大人気作品になった。
そして現在では、
『Façade』は
20世紀イギリス音楽を代表する前衛作品
として評価されている。
1951年決定版の曲目
ウォルトンは約30年間改訂を続けた末、1951年に決定版を出版した。
収録曲は以下の通り。
ファンファーレ
ホーンパイプ
アン・ファミーユ
マリナー・マン
長い鋼の草(猫二匹とトロンボーンの三重奏)
金色の格子を抜けて
タンゴ=パソドブレ
ジャンボへの子守歌
黒きベヒーモス夫人
タランテラ
遠い国から来た男
湖畔で
カントリー・ダンス
ポルカ
午前四時
舞台の向こうに何かがある
ワルツ
スイス・ヨーデルの歌
スコッチ・ラプソディ
流行歌
フォックストロット(老フォーク卿)
ベルゼバブ卿のとき
ここまでが『Façade』の中心部分です。
興味深いのは、この作品が単なる「ナンセンス詩の朗読」ではなく、
ダダイズム
シュルレアリスム
ジャズ・エイジ
音楽と言葉の境界実験
上流階級文化へのパロディ
をすべて混ぜ込んだ、1920年代イギリス版の前衛芸術運動そのものだという点です。
阿世賀さんが関心を持たれているフォーカシングや身体表現との関係で言えば、
「意味より先に音・リズム・身体感覚が立ち上がる芸術」
として読むと、むしろ非常に現代的な作品です。むしろ詩を「意味」ではなく「身体に起きること」として扱おうとした試みとも言えるでしょう。
もう少し、「ファザード」の位置付けを詳しく。
できればシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」との比較論として、
『Façade』を理解するうえで、Arnold Schoenberg の代表作である Pierrot Lunaire(『月に憑かれたピエロ』、1912年)との比較は非常に有効です。
実際、この二作品はしばしば20世紀前半の「言葉と音楽の新しい関係」を模索した作品として並べて論じられます。
ただし、似ているようでいて、芸術観はかなり違います。
まず共通点
19世紀までのクラシック音楽では、
歌なら歌
詩なら詩
音楽なら音楽
という区別が比較的明確でした。
ところが20世紀初頭になると、
「言葉を歌わせずに音楽化できないか?」
という発想が出てきます。
その代表が『月に憑かれたピエロ』です。
シェーンベルクはそこで、
Sprechstimme(シュプレヒシュティンメ)
(語るように歌う発声)
を発明しました。
これは
普通の朗読ではない
普通の歌唱でもない
という中間領域です。
『Façade』も同じ問題に挑戦しています。
ただし方法が違う。
シェーンベルクは
「声を音楽へ近づける」
方向だった。
ウォルトンとシトウェルは
「朗読そのものを音楽化する」
方向だった。
つまり、
ピエロ
言葉 → 音楽
ファサード
言葉 ←→ 音楽
という違いがあります。
世界観の違い
もっと大きいのは世界観です。
『月に憑かれたピエロ』は完全にドイツ表現主義です。
背景には
フロイト
無意識
狂気
不安
死
性
があります。
主人公ピエロは、
ほとんど精神病理学的存在です。
作品全体に
世界が壊れている
感覚があります。
一方『Façade』はまったく違う。
こちらは第一次世界大戦後のロンドンです。
背景には
ジャズ
ダンスホール
ナイトクラブ
上流階級文化
モダニズム
があります。
深刻な絶望よりも、
世界なんて全部演技だろ?
という態度です。
「ファサード」という題名そのもの
実はタイトルが重要です。
Façadeとは
「建物の正面」
「外観」
を意味します。
つまり、
人間も社会も外面しかない
という含意がある。
シェーンベルクが
仮面の裏にある狂気
を掘ろうとしたのに対し、
シトウェルは
そもそも仮面しかないんじゃない?
と言っている。
ここが決定的に違います。
モダニズムの中での位置づけ
芸術史的には、
『月に憑かれたピエロ』は
表現主義モダニズム
の頂点です。
一方『Façade』は
ポスト表現主義的モダニズム
です。
少し乱暴に言うなら、
ピエロ
苦悩する近代人
ファサード
近代人を笑い飛ばす近代人
です。
ダダとの関係
『Façade』はむしろダダイスムに近い。
例えば、
意味があるのかないのか分からない
言葉が音になる
高級芸術と大衆芸術を混ぜる
真面目なのか冗談なのか分からない
という特徴があります。
観客が
「これは芸術なのか?」
と困惑したのも当然です。
フォーカシングとの関係で見ると
阿世賀さんの関心からすると面白いのはここです。
フォーカシングでは、
意味になる前の身体感覚を扱います。
フェルトセンスは、
最初から概念ではありません。
まず
響き
リズム
雰囲気
気配
として現れます。
『月に憑かれたピエロ』は
その身体感覚を
「不安」
「狂気」
「無意識」
へ向かわせる作品です。
いわば深層心理学的。
ところが『Façade』は違う。
意味が崩壊しても、
そこに
ダンス
遊び
軽さ
ナンセンス
が生まれる。
だから私は、
『Façade』を一言で言うなら
「フォーカシング以前のフェルトセンスが、そのままジャズになってしまった作品」
と表現したくなります。
『月に憑かれたピエロ』が
身体感覚の深淵
なら、
『Façade』は
身体感覚の戯れ
です。
しかしどちらも、
言葉の意味が生まれる以前の層を芸術化しようとした点では、20世紀芸術の最前線に位置しているのです。
その意味で『Façade』は、単なる「奇妙な詩の朗読会」ではなく、『月に憑かれたピエロ』以後のヨーロッパ前衛芸術が到達したもう一つの重要な回答だった、と評価できます。
この「ファザード」の革命的な大成功を受けて、ウォルトンは一躍時の人となり、作曲依頼はいくらでも舞い込むようになりますが、彼は非常な遅筆型人間で、作品発表は、ひたすらマイペースでした。
代表作としては、ヴィオラ協奏曲の最高傑作とされる作品。
カンタータ「ベルシャザールの饗宴」。
ジョージ5世のための戴冠式行進曲「王冠」
映画音楽として、
シェイクスピア3部作
ローレンス・オリヴィエの制作・監督・主演による3作は映画史上も傑作とされる。
音楽も、ウォルトン自身(上述)やミュア・マシーソン、クリストファー・パーマーなどによって演奏会用に編曲されている。

リチャード三世(Richard III, 1955年)
そして、
交響曲第1番(1935年)、
交響曲第2番(1960年)
の2曲の交響曲です。
ただ、晩年はかなり作風は保守化したとも言われています。
交響曲は2曲ともイギリスの生み出した交響曲の別格的至宝ですが、若き日の第1番の方が、尖っている、実にかっこのいい曲で、イギリス産ということを超えて、私の非常に大好きな交響曲の一つですね。
若い頃、レナード・スラットキン指揮のCDをいきなり買ってこの曲を初めて聴いたんだけど、今でもスラットキン盤が最高と思っています。


Youtube上に、この演奏に近い爽快感のある、しかもライブ動画がなかなかセレクトできなかったんですが、意外や意外、イギリス音楽というクールな世界に、スペインのオケがスポーティな熱量で応えていました。
ちなみに、私が今回の九州交響楽団の定期演奏会できいた太田弦さんも大変な名演でしたが、最近は、山田和樹さん指揮の演奏がグラモフォンから出ていて、評価が高いようです。いずれ購入して聴いてみますね。
