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もう一つの世界26,創作大賞応募作品          恋するショッピングモール1/6

恋するショッピングモール

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


あらすじ  
不思議なことに、私は、リタイヤしてから、亡くなった妻が見え、会話ができ、生きていた時と同じように、家で妻と生活できるようになった。
ドクターは、妄想が作り出した幻聴と幻視の産物だといったが、私は、一緒に生活することをえらんだ。
また、友人の殿山のすすめで、ショッピングモールにもいってみた。
花田さんと知り合い、ひょんなことから社交ダンス教室にもかようはめになった。
ダンス教室で知り合った、もう一人のご婦人とは、仏像を通じて、また私の不思議な体験を通して、彼女も交通事故で亡くした夫と、夢の中で話せるようになった。不思議な日常体験が、愛の結びつきを教えてくれた。



恋するショッピングモール 1/6

「君が、亡くなっているのは知っているよ。
 でも、君がまだ生きていて、私と一緒に生活していると思うと、私はまた、生きる気力が湧いてくるんだ。気持ちが落ち着くんだ。」
 亡くなった妻に、ひとり語りかけているうちに、いつからか妻と会話が出来るようになり、妻の姿が見えるようになった。
「ひょっとして、認知症になったのかも?」
 不安になり、家の近くにあるクリニックにいくと、ドクターに、
「妄想からくる対話性の幻聴と、幻視ですね。」
「認知症の始まりですか?」
「簡易テストでは、30点中の27点ですから、認知症は大丈夫だとおもいますよ。それに、普通に生活しながら山本さんのように、亡くなった奥さんの幻聴や幻視をもっている人はたまにいますから、まあ問題はないですね。
 それだけ奥さんを愛していらっしゃる、ということだとおもいますよ。
 もし、わずらわしいのなら、お薬を出しましょうか?」
「いえ、別に問題なければ。
 というより、むしろ妻と会話できたり、姿が見える方が楽しいですから。」
  それ以来、私はいつも妻に語りかけている。
「いつも綺麗に家を片付けてくれてありがとう。」
「いいえ、私はなにもしてませんよ。
 あなたが ご自分で毎日されているんですよ」。
 妻は、にっこり笑って答えてくれる。
          
 私は、時間ができると、近くの図書館に行くことにしている。
 そして、いつも、雑誌をみている間に居眠りをしてしまう。
「すみません、もうすぐ閉館なんです。」
 その言葉で、私はうたた寝から起こされる。
 図書館の女性職員は いつも優しく声を掛けてくれる。
「明日は休館日ですから。」
 私のことを気遣って、わざわざ教えてくれる。
 リタイヤして以来、どうも曜日の観念が薄れている。まだ月、日の方が比較的おぼえている。
「ありがとう。」
 私は、顔なじみになった職員にお礼をいって、図書館を後にした。 
 家につくと、心配した妻が玄関の前で 私の帰りを待っている。
「駄目じゃないか、家の中にいないと。
 妻と一緒に家の中に中にはいる。
 生前、私はご近所に、
「妻は軽い認知症なんです。外にでかけると、たまに帰ってこれなくなるんです。」
 と、言っていたが、妻は私が認知症にかかっていると思っていた。
 それでも亡くなった妻と、まあ問題なく生活できていた。
 不思議なことだ。
 しかし、亡くなった妻と生活していると、どこまでが現実で、どこからが夢なのか、わからなくなるときがある。
 心地よい白昼夢。
 妄想と幻視と幻聴が一度にやってくる。
 実は今朝もこんなことがあった。
 亡くなった妻が、キッチンから話しかけてくる。
「あなた 会社に遅れますよ。もう八時ですよ。」
「何言っているんだ、今日は日曜日だよ。」
 言った後で、ふとカレンダーを見ると、今日は木曜日。
 二人とも間違えている。
 私はもう仕事を辞め、今は、悠々自適の身の上なんだ。  
 そこであらためて、リタイヤしたことを思い出す。
 しかし、妻にはなにも言わない。言ってもあまり意味がない。
 妻は、もう言ったことさえ忘れているんだから。おまけに妻は、もうこの世にいないんだから。 

 つい最近、こんなこともあった。
 朝食を食べ、ぼんやりリビングでテレビを見ていると、玄関の呼び鈴がなった。
 われに帰った私が、玄関にでると、
「こんにちは 回覧板です。」
 隣の家の吉田さんの奥さんだ。私の妻と仲良しで、よく二人で出掛けていた。
「あれ、奥さんは?」
 この人は私の妻が亡くなったのを、忘れてしまったのだろうか?
 私は言葉をにごす。
「ええ、まあ」
 吉田さんの奥さんが帰ると同時に、私の妻が帰って来た。
「えっ!」
 私が驚くと、妻は、
「いやですよ、スーパーに買い物に行くと言ったでしょ。」
 そして、なにごともなかったかのように、家の中に入ってきた。
 また、こういうこともあった。
 私が玄関わきの庭で草むしりをしていると、久々に娘夫婦が訊ねてきた。
 私は 厭味をこめて
「あれ、どちらさんですか?」
 娘は 一瞬凍りつくが すぐに作り笑いして 
「いやだ、お父さん忘れたの 娘のユキですよ」
 本当に心配している。
 そして、私の認知症の度合いを測るようにたずねてくる。
「今日は何月何日ですか?
 今日来るって、ちゃんとお母さんに連絡入れたはずよ。」
「ははーん、お母さんが私に言うのを忘れてたんだな。」
 私が娘のユキに言い訳していると、家の中から妻が、
「誰と話してるんですか?」と、玄関にでてきた。
「だれもいないじゃあないですか。
 いやですよお父さん、また独り言ですか?
 お昼ご 飯たべないんですか?」
 と、私を呼びに来た。 
 それで、ふと、われにかえる。
「回覧板も 娘の訪問も、やはり夢の中の出来事なんだろうか?」
 まあいい、だからと言って特に問題があるわけではない。
 私はキッチンに入ると、一人で簡単に食事をすまし、日課となった図書館にでかけようと靴をはく。
 すると、奥から声が飛んできた。
「今日は 図書館の休館日ですよ。」
 妻の声がわらっている。
 まあいい、さしあたっての問題は、このまま外出するか、居間に戻ってテレビを見るかだ。
 私は、散歩がてら図書館に行くことを選んだ。
 たんにせっかく履いた靴を脱ぐのが厭だったから。また、家に一人でいると、気が滅入ってくるときがある。このまま外にでるほうが、どれほど気分転換になるか。ちゃんと図書館に行くという目的がある。このことが大切なのだ。
 ともかく私はぶらっと歩き出す。
 私のほかにも図書館に毎日通ってくるひとが何人かいる。お互いに相手を意識しているが、言葉を交わすことはない。
 図書館だけでなく、ショッピングモールに毎日通っている人もいる。わたしの友人の殿山もそのひとりだ。
「図書館よりずっといいぞ。
 夏は涼しく、冬は暖かい。おまけに雨にぬれずに散歩が出来る。疲れれば柔らかいソファーもあるし、マッサージ機も備え付けてある。
 清潔なトイレもあるし、お腹がへればご飯も食べれる。帰りに一階のスーパーマーケットで安く買い物もできる。歯科医院も内科も眼科もある。
 老人には最高の場所だと思うけどね。」
 確かに!
 私はふと思い立って、ショッピングモールに行くことにした。図書館からだと、歩いてまだ二〇分ぐらいはかかる。
 夏の炎天下、カンカン照りの太陽が照りつける。
 さて、どの道を通って行くかな?
 私は、遊歩道として作られた『西方の小径』を歩いていくことにした。
 私の住んでいる街は、今でこそ住宅が建て込んで、賑やかな下町になっているが、街全体の歴史は古く、昔ながらの用水路が、網の目のように通っている、昔の田んぼのなごりだ。その用水路に沿って、人が通れる遊歩道がいくつも出来ており、日課の散歩道として、よく人が利用している。
 子どものころは、友だちとワイワイいいながら、ザリガニや、小鮒をとったものだ。
 私は、ゆっくり日陰をえらびながら歩いていった。
 
 ショッピングモールに着くと、確かに涼しい、生きかえる。
 噴き出た汗が、一度に全身から引いてゆくのが分かる。
 友人の殿山の言った通りだ。この中を三階から見て行くだけで たぶん三〇分以上かかるだろう。良い運動になる。
 散歩がてら歩いていると、私と同じように一人でブラブラ歩いている老人、休憩のために置かれたベンチソファーにすわっている老人によくであう。
 不思議なことに、ショッピングモールの中を歩いていると、幻視も妄想もあらわれない。周りの刺激が私を現実にひきもどすのだろう。
 そんな中、私は一人のご婦人と知り合った。
 さあ私と同じ年ぐらいだろうか、六〇歳代ぐらいで、細見のスラッとしたワンピースを上手に着こなしている。つばの広い淡い色の帽子を手に持ち、白いウオーキングシューズを履き、背筋をまっすぐ伸ばしてゆっくり歩きながら、ウインドーショッピングを楽しんでいる。
 二階の回遊路の端に置かれたソファーで休んでいると、ぐうぜん私の横に腰掛けた。
 私はつい声をかけた。
「先程は 失礼しました。」
 相手の老婦人は、ちょっとビックリしてこちらを見ると、
「えっ、なにか?」
「先程、3階のレコード店の前で、私がぼんやりしていて、あなたにぶつかってしまって、帽子を落とされたでしょう。」
 彼女は、やっと事情を飲み込めたのか、
「あー、いえ私もぼんやりして、気づかなかったもので、お互い様ですから。」
 さて、何を話していいものやら?
「このショッピングモールには、よくいらっしゃるんですか?」
「散歩がてらに 時々ですけど。」
 ぎゃくに、彼女がたずねてきた。
「よく こられるんですか?」
「いえ、久しぶりです。歩いてくると二〇分以上かかるので、普段は家の近くの図書館にいっています。」
 そこで、会話は途切れてしまった。
 気まずい沈黙。
 ご婦人は「それでは。」と小さく会釈すると、立ち上がって、背筋を伸ばし、スマートに歩き出した。
「どうも。」私も小さく会釈すると、後ろ姿を見送った。
 本心を言うと、もう少し喋りたかったが、サラリーマンを辞めてから、どうも人と会話する機会が減り、知らぬ間にそつのない会話をする方法を忘れてしまった。きっと、頭の回転がにぶってしまっているようだ。
 それに、公的な立場より、私的生活の比重が増えてからは、理性よりも感性、感情を優先させるような生活になっている。
 どうやら、リタイヤとは、そういうことらしい。
 たまにはショッピングモールにくるのも悪くないな。
 私は、暑い夏の夕暮れを、汗をふきふき家にたどりついた。

 出迎えた妻が、私の表情を読み取り、さっそく話しかけてきた。
「何か良いことがあったんですか?」
「いや、ショッピングモールまで歩いたんでねえ。少し疲れたよ。」
 妻は、もう一度訊ねてくる。
「それで、どんな良いことがあったんです?」
 完全 に、見透かされている。
「いや、別に、ちょっとご婦人と知り合っただけだよ。」
 と、そのいきさつを 簡単に話すと、
「そうですか、それは、ようございましたね。」
 妻は、少し不機嫌になり、キッチンから消えてしまった。
 私は、亡くなった妻でもやきもちをやくんだと思いながら、ショピングモールのスーパー・マーケットで買ってきた夕食のおかずをならべ、一人で淋しくご飯をいただいた。
 後はテレビを見て、風呂に入り、十時になったので、床に入って寝るだけだった。
 結局、妻はその日、最後まであらわれなかった。

 一週間後、私はまたショッピングモールにでかけた。
 心地よい冷気が私を迎えてくれる。
 三階から一階まで、ブラブラ歩きながら人の影を追っていた。
 ひょっとしたら、会えるかも?
 そんな淡い気持ちを抱いていたかもしれない。が、現実はそんなに甘くなかった。誰とも会うことなく、少し痛んだ右足の股関節をいたわりながら、 家にたどり着いた。
 妻は、私をいたわるように、
「お疲れ様、暑かったでしょ、どちらまで?」
「今日は、足をのばして、ショッピングモールまで行ってきたよ。」
 私は見透かされている。
「会えなかったんですか?」
「だれに?」
「この前のご婦人に。」
「別に、会うために行ったんじゃないよ。昨日は歩いてないので、今日はその分まで歩いただけだよ。」
「そうですか、ようございましたね。」
 亡くなった妻は、皮肉っぽく笑っている。
 私はできるだけ相手をしないように、
「さて、ゆっくり夕食の準備でもするか。今日は巨人・阪神戦があるから、早めに食べて、風呂にはいって、ビールを飲みながらゆっくりテレビをみるか。」
 私が嬉しそうに言うと、妻は、
「阪神が勝つといいですね。」
 と、私を応援してくれた。嘘でもそういってくれるとうれしい。
「ほんと、見る時は負けてばかり、たまには勝つ試合を見て、祝杯をあげたいね。」
 すると、妻は、可笑しそうに、
「たまに勝つから、祝杯の美味しさが忘れられないんでしょ。」
 と、笑っている。
「確かに、いつも勝ってたら、負けた時の苦さが身にしみる。だから、たまに勝った時の祝杯の美味さが、忘れられなくなるんだなあ。阪神ファンなら、だれしもがおもっていることかな。」
 とにかく、好きなプロ野球を、ビールを飲みながら一喜一憂するのが、私の夏の夜の楽しみだった。


第二話:もう一つの世界26, 創作大賞応募作品   恋するショッピングモール 2/6                    |穴木 好生 (note.com)

第三話:もう一つの世界26,創作大賞応募作品   恋するショッピングモール 3/6|穴木 好生 (note.com)

第四話:もう一つの世界26,創作大賞応募作品  恋するショッピングモール  4/6|穴木 好生 (note.com)

第五話:もう一つの世界26,創作大賞応募作品  恋するショッピングモール 5/6|穴木 好生 (note.com)

第六話:もう一つの世界26,創作大賞応募作品  恋するショッピングモール  6/6|穴木 好生 (note.com)


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