アディる、インパる、クレプる、マニる、とは?(「る」動詞ターム精神科編)(面白医学用語集⑤)
はじめに
これまで3回にわたって、末尾に「る」がつく外来語由来の動詞化タームを計60語、紹介してきました。前回は、特殊性の高い診療科である産科領域の用語を取り上げましたが、今回は、産科とは異なるベクトルで特殊な診療科であるところの精神科において使用されるディープな「る」動詞を見てみていきましょう。
その前に、あらかじめお断りしておきますが、本記事はあくまでも学術性を前提しており、単なる興味本位でお示しするものではありません。というのも、インターネット上には、精神科やメンタルヘルスに関連する「ネットスラング」が多数氾濫しています。例えば、プシコる、メンヘる、シゾる、ヤクる、イカレる、ラリる、パニクる、フラバる(フラッシュバックの意味らしい)といった用語ですが、これらの用語を安易に使用すると、社会における差別・偏見・スティグマを助長するとともに、精神疾患当事者の治療にあたって深刻な悪影響を及ぼすことが懸念されます。
今回の記事では、このようなネット上のスラングとは距離をとり、医療現場において精神科医など専門家が専門的見地から使用している医学用語に限って取り扱います。従って、専門家以外の方が、以下に列記する言葉を軽い気持ちで使用しないよう、くれぐれも注意をお願いします。
なお、今回も生成AIに、記事イメージに合致する画像作成を依頼しました。まずは、詳細条件を一切付与せずに「アディる、インパる、クレプる、マニる、とは?」という記事のイメージ画像作成を発注しました。果たして、こちらの意図とは異なる画像が出てきましたが、参考までに載せておきます。各用語の解説を付して再作成を依頼して生成されたのが、記事冒頭の画像です。

① アジる
日常用語としては、社会運動・デモで「扇動」することの俗語ですが、精神医療の領域では、認知症患者が、激越といって、情動的な苦痛を伴う過活動や攻撃的な言動をとって興奮していることを指します。語源はagitation(アジテーション)です。
② アディル
「アディダスの靴を履くこと」ではありません。依存症を発症すること、依存状態になることを意味します。薬物依存、アルコール依存、ギャンブル依存などがあります。語源はaddiction(アディクション)です。
③ アノレクる
荒れ狂う、みたいな響きの語ですね。摂食症の患者が、拒食状態になることを意味します。語源はanorexia(アノレクシア)です。
④ アパる
無気力・無関心、感情消失することを意味します。日常用語でも、スチューデント・アパシーとか表現されますよね。語源はapathy(アパシー)です。
⑤ アブる
火あぶりの刑に処する、みたいな表現ですね。電気メスを使用する外科や、不整脈のカテーテル治療を行う循環器内科では、アブレーションの略として「アブる」と略称されます。一方、精神科では、薬物乱用することを意味します。語源はabuse(アビューズ)です。
⑥ インパる
計画性がない突発的な衝動行動をとることを意味し、語源はimpulse(インパルス)です。病的な衝動買い行動を「Impulse buying(インパルス・バイイング)」といいます。「ブルーインパルス」の「インパルス」も語源は同じです。
⑦ カタる
「熱弁振るって語る」ことではありません。冒頭が「カタ」ではじまる精神医学用語はいくつも存在し紛らわしいので、実際に「カタる」という隠語が使われることはないと思われますが、「〇〇さん、カタッてるよ」と言った場合、以下の様態が想定されます。
1) カタトニア(緊張病/Catatonia)
統合失調症やうつ病、脳炎などの身体疾患によって引き起こされる、精神運動の異常な状態で、動かなくなる(混迷)、逆に突然興奮する、指示に全く応じない(拒絶症)などの症状をきたします。「カタトニる」という表現は、この症状を指します。
2) カタプレキシー(情動脱力発作/Cataplexy)
喜怒哀楽などの強い感情をきっかけに、突然筋肉の力が抜ける発作を指します。ナルコレプシーの典型的症状の1つです。ちなみに、ナルコレプシーを発症することを「ナルコる」、情動脱力発作をきたすことを「カタプレる」と表現されることがあります。
3) カタレプシー(強硬症/Catalepsy)
外部から無理な姿勢や奇妙な体勢を取らされた際、自分で姿勢を変えようとせず、長時間その状態を保ち続けてしまう症状です。様々な精神疾患や神経疾患に付随して現れるたり、催眠療法(ヒプノセラピー)で誘導されます。「カタレプる」という表現は、この症状を指します。
4) カタルシス(catharsis)
心の内にあるさまざまな不安、苦悩、怒りなどの感情を言葉にして表現することで、苦痛を解消し、安堵感や安心感を得るための精神療法用語です。
⑧ クレプる、クレプトる
「クレープを食べること」ではありません。窃盗行為をとることを意味します。kleptomania(クレプトマニア:窃盗症、病的窃盗)に由来しますが、ギリシャ語で「盗む」を意味する kleptein と、「狂気・熱狂」を意味する mania が語源です。
⑨ コンパる
パリピが、ウェイウェイとコンパをすることではありません。強迫症状(手洗いや鍵の確認など、儀式的に繰り返される行動)をきたすことを意味します。語源はcompulsion(コンパルジョン)です。
⑩ シクる
精神科病院において、自傷・他害のおそれが強い患者を保護室に「隔離」することを意味します。感染症による隔離とは別概念です。語源はseclusion(シクルージョン)です。
⑪ セレクる
場面緘黙(かんもく)の症状をきたすことを意味します。家などでは普通に話せるのに、学校や社交の場など「特定の場面(状況)」になると緊張や不安から声が出せなくなってしまう精神疾患です。語源はselective mutism(セレクティブ ミューティズム)です。
⑫ セデる
暴れたり不穏状態の患者を鎮静化する(鎮静剤を投与する)ことを意味します。語源はsedation(セデーション)です。
⑬ ソマティる
「悪い奴らに染まる」ことではありません。身体化現象(精神的なストレスや心理的な葛藤が、心の悩み(不安や抑うつなど)としてではなく、胃痛や頭痛などの「身体の症状」として現れること)が生じることを意味します。語源はsomatization(ソマティゼーション)です。
⑭ ディルる(デルる)
妄想の症状が出ることを意味します。語源はdelusion(ディルージョン)です。
⑮ デプる
うつ状態になることを意味します。語源はdepression(ディプレッション)です。
⑯ デリる(ディリる)
せん妄状態(時間や場所が分からなくなる、幻覚を見る、注意力が散漫になる、などの精神機能の混乱状態)になることを意味します。語源はdelirium(ディリリアム)です。ベルギービールの銘柄で、デリリウム・カフェというバーの名称にもなっていますが、この銘柄名の由来は「アルコール中毒による震え(振戦せん妄)」を意味し、「飲みすぎるとピンクの像が見える」ことのようです。
⑰ ブリミる
「ビビる(怖がる、驚く)」 や、電気の擬音「ビリビリ」 などを連想させる、可愛らしく少しコミカルな響きがありますね。摂食症の患者が、過食状態に陥ることを意味します。語源はbulimia(ブリミア)です。
⑱ マニる
「マニキュアを塗ること」「マニ教の信者になること」ではありません。うつ状態の逆で、躁状態になることを意味します。語源はmania(マニア)です。日本語の「マニア(熱狂的なファン)」とはニュアンスが異なり、英語の mania は「狂気的な熱狂」や「理性を失った興奮状態」という強い響きになります。
⑲ リスる
日本語の韻としては、「ディスる」と誤認しやすいですが、自殺企図があったり不穏が顕著、精神症状が強く生命危機のある患者を身体拘束することを意味します。語源はrestraint(リストレイント)です。
また、リストカットすることを「リスる」と略する学派もあります。「〇〇さん、リスる(リストカットする)傾向があるので、夜間は両手をリスって(身体拘束)ください」という精神科医の指示、わかりにくいですね。
⑳ ワンダる
介護保険施設でも用いられる表現ですが、認知症患者などが、徘徊することを意味します。語源はwander(ワンダー)です。ドイツ語のワンダーフォーゲルは「Wander(放浪・さすらう)」と「Vogel(鳥)」を組み合わせた言葉です。
