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仕事では『変えられない』と、簡単に決めつけない

前回、「頑張っても変えられないものまで、背負わない」ということを書きました。

仕事には、自分たちで変えられることと、変えられないことがある。

海外情勢。
お客様の経営判断。
相手がどう考えるか。

そうしたものを何とかしようとして時間を使い続けると、自分たちで変えられることへの対応を逃すかもしれない。

だから、コントローラブルとアンコントローラブルを分けて考える。

そこまでは、今もそう思っています。

ただ、書きながら一つ引っかかっていました。

その線は、そんなに簡単に引けるのだろうか。

前回書いた案件では、
海外情勢の影響を受ける見通しとなり、先方が予算を見直しました。
今回の契約も見送りになりました。

海外情勢は、こちらには変えられません。

先方が最終的にどのような経営判断をするかも、こちらが決めることではありません。

ここまでは、アンコントローラブルです。

でも、

「だから、何もできない」

となると、少し違います。

提案する時期を変えることはできる。

状況が変わったときにすぐ連絡できるよう、情報を残しておくこともできる。

先方の状況を把握しておくこともできる。
別の選択肢を準備しておくこともできます。
契約するかどうかを決めることはできない。
でも、契約につながる可能性に影響を与えることまで、できないわけではありません。

ここで、

「コントロールできないこと」と「何もできないこと」は違う

のだと思いました。

仕事をしていると、

「それは仕方ないですね。」

という言葉をよく使います。

私も使います。

会社の方針だから。
お客様の判断だから。
市場環境だから。
相手がそういう人だから。
システムの仕様だから。

どれも、本当にその通りのことがあります。

自分だけでは変えられません。

でも、「仕方ない」という言葉は便利です。

そこで考えることを終えることもできるからです。

たとえば、

「現場が入力してくれない。」

人が入力するかどうかは、完全にはコントロールできません。

だから、「仕方ない。」で終えることもできます。

でも私はこれまで、

入力項目が多すぎないか。
言葉が分かりにくくないか。
入力するタイミングが悪くないか。
そもそも、その情報が本当に必要なのか。

そんなことを見てきました。

項目を減らしたこともあります。
選択肢をまとめたこともあります。
設定を元に戻したこともあります。

人そのものは変えられない。

でも、人が仕事をする状態は変えられる。

私はSalesforceを直しているようで、その奥にある仕事を一つずつほどいてきたのだと思います。

以前、

仕事は、『理想の人』に合わせて設計しません。

と書きました。

何度説明しても、同じようには伝わらない。

相談してほしいと思っても、相談しないことがある。

人にはそれぞれ、考え方や受け取り方があります。

そこを無理に変えようとするのではなく、仕事の設計を変える。

迷わないようにする。
判断基準をそろえる。
相談するタイミングを分かるようにする。
履歴を残す。

人はコントロールできなくても、仕事の状態には手を入れられます。

そう考えると、

コントローラブルとアンコントローラブルは、二つにきれいに分かれるものではない気がしてきます。

たとえば、お客様の判断。

最終的な判断は、お客様のものです。

でも、判断するために必要な情報を渡すことはできます。
提案を分かりやすくすることもできます。
こちらへの安心感を積み重ねることもできます。

判断そのものはコントロールできない。

でも、その判断に至る環境には、少し関われます。

部下の行動もそうです。

本人が何を考えるかは決められません。

でも、仕事の渡し方は変えられます。

どこまで判断してよいのかを伝えることもできます。

経験する仕事を変えることもできます。

以前、「任せる」には仕事を渡すことと判断を渡すことがある、と書きました。

判断を任せる機会をつくらなければ、本人が自分で判断できるようになる経験も増えません。

人そのものは変えられない。

だから何もしない。

ではなく、

自分たちが関われる場所はどこまでなのか。

そこを探す。

たぶん、この方が実際の仕事には近いのだと思います。

もう一つ難しいのは、

同じことでも、立場によってコントローラブルかどうかが変わることです。

会社の方針。
担当者には変えられないかもしれません。

でも、経営者なら決められるかもしれません。

予算。
一人の社員には変えられなくても、マネージャーなら配分を変えられることがあります。

仕事のルール。
新人には決められなくても、チームで話せば変えられるかもしれません。

今すぐには変えられなくても、半年かければ変えられることもあります。
一人では動かせなくても、組織なら動かせることもあります。

そうなると、

「これはコントローラブルです。」
「これはアンコントローラブルです。」

と固定してしまうのは、少し危ない気がします。

誰にとって。
いつの時点で。
どこまでを。

この条件によって、線は動きます。

私は、考えがまとまらないとき、よく線を引きます。

効果と工数。
手段と目的。
個人最適と全体最適。

線を引くことで、頭の中で混ざっていたものが少し見えやすくなります。

でも以前、「『整理』しただけで、仕事をした気になっていませんか?」と書きました。

分類することが目的ではありません。

整理したあと、

何を変えるのか。
誰が動くのか。
何をやめるのか。

そこまで進んで、初めて仕事が始まります。

コントローラブルとアンコントローラブルも、同じなのだと思います。

二つに分類して、

「これはアンコントローラブル。」

と書いて終わるためのものではありません。

むしろ、そのあとに考える。

本当に全部、変えられないのだろうか。

一つ大きな塊で見ると、変えられない。

でも、少しほどいてみる。

海外情勢は変えられない。
先方の経営判断も決められない。
でも、情報を集めることはできる。
関係を切らさないこともできる。
次の提案を準備することもできる。
別の機会へ動くこともできる。

大きなアンコントローラブルの中にも、小さなコントローラブルが残っています。

だから、

変えられないものまで『背負わない』。

という前回の考えと、

『変えられない』と決めつけない。

という今回の考えは、反対のようで、私の中ではつながっています。

何でも自分で変えられると思えば、疲れます。
でも、何でも自分には変えられないと思えば、仕事は止まります。

その間で、

どこまでは自分たちで動かせるのか。
どこから先は相手に委ねるのか。
今は動かせなくても、何を残しておけば次に動けるのか。

その境界を探し続ける。

たぶん、仕事はその繰り返しなのだと思います。

「できない」で止まるのではなく、

「では、今の自分たちにできることはどこまでだろう。」

という問いに変わります。

私は「楽して稼ぎたい」と思っています。

だから、変えられないものを全部背負いたくはありません。

でも同時に、

「変えられないから仕方ない。」

という言葉で、本当は変えられる仕事まで手放したくもありません。

その線をどこに引くのか

たぶん私は、これからも仕事をしながら何度も引き直すのだと思います。


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