✴︎神と女神✴︎①
─はじめに─
「スッキリしたい」それは男子の本能。
自分ですればゼロ円なのに、二時間ほどの時間に十万円近く払ってもリピートする世界がある。
目的はただ一つ……何かを求めて。それが、高級風俗の世界。
これは、その世界に天国を作ろうとした神と、そこに待ち受ける女神とそこを訪れる旅人の、裸にならないと見ることのできない、心の内側の話。
一見、おかしいと思われがちなその世界と、その世界を知らない人たちが健全だと思い込んでいる外の世界。
本当に狂っているのは果たしてどちらなのか……。 私は今でもそう思う。
そして、そんな世界にいた一人の「元・女神」として言いたい。
【裸にもなれないやつに何ができるってんだよ。笑わせんな。】
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〈1〉世界の常識
時代が違うので今はどうだか知らないが、私の知る、所謂「昔ながらの高級店」にはある程度の基準があった。
身長・体重・スリーサイズ・胸の大きさなどこれらは全て実寸であり、痩せすぎても太っていてもいけない。
だがそれは合格基準ではなく、あくまでも面接を受ける資格の基準であり、リスカや傷跡、刺青など暗い影を連想させるものがある人は文字通り、門前払いされる。
当時はまだ合法だったスカウトを通していれば適切な場所を紹介するが、自分からの応募の場合は面接に落ちればもう少し安いところへと自らを下げていくしかない。
「一本」とカウントされるその仕事の報酬は最低と最高の間には十倍以上の差があり、自分の値段が初対面の他人によって決められる……そんなシビアな世界。
やっと仕事につけても「お茶を挽く」といって収入にならない日もある。
店舗型の場合は部屋数も限られるため「客持ち」といって、店ではなく自分目当ての客が沢山ついている人が優先され、稼ぐチャンスを得たい人の部屋を客持ちが使うためにどかすこともある。
すると、その世界には自然とカーストのようなピラミッドが出来、一度上に上った者はそこから落ちない為に、必死にしがみつく。
そんな、訪れる旅人に見せる光の分、真っ黒になる闇のような世界で、擦れずやさぐれずにいつかまた人間に戻りたいと願う女神と、訪れる旅人にとっての天国を作ろうとした神の物語。
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〈2〉神降臨
神は、執事の姿で現れた。
背筋が伸びてシュッとした体型に綺麗な長めの白髪、光沢のあるグレーのスリーピースにアームバンド、ピカピカに磨かれた靴。そしてなにより、物腰が柔らかく丁寧で執事のようだった。
「お客様が喜んでくださるならば、私で良ければなんでもします」と神は言う。
神は裏表なく、旅人のいない場所でも本気でそう思っている。実際に三つ指をついて挨拶しろと言われたらするだろうし、脱げと言われれば脱ぐだろう。
神は、女神たちが日常的にしていることに対して「高い給料をもらっているんだから当然だ」ではなく、常に同じ目線で見ていた。
神は「高級店」に拘ってはいなかったが、納得する店の立ち上げやコンサルタントをしようとしているうちに格安や中級店ではそのポリシーが受け入れられないため、結果として高級店に流れ着いたと言っていた。
「本当は、多数派である中級店こそ理想的であってほしい」と嘆く神。だが、多くの中級店は神を「チンタラしてるし、理想ばかり言って使えない奴」と見做した。
ある日、私の予約時間が押してしまい、四十分ほど旅人を待たせなくてはならなくなった。当然だが多くの旅人に余計な時間はない。忙しい中で時間を作って来ている人がほとんどだから、キャンセルになっても仕方ない……だが、体は一つだ。どうにもならないこともあると諦めかけていた。それでもなんとか大急ぎで支度をして迎えに行くと、旅人は上機嫌で神と話していた。
和気藹々とした空気から私を見つけるなり一転して、旅人に土下座する勢いで「いってらっしゃいませ!」という神に旅人はチップを渡そうとしたが、神は頑なに受け取ろうとしないので、代わりに私が受け取って、あとで渡すことにした。
不機嫌になって帰って、二度と来なくなってもおかしくないピンチをチップに変える神……一体、何が起きていたのかその時はわからなかったが、旅人はその後も神に差し入れするくらいには仲良くなっていた。
神は、私が暇な時間にタバコ休憩をしているといつも紅茶を淹れてくれる。
私はダージリンのセカンドフラッシュが好きなんだけれども、いただいたチップで買ったというその紅茶を淹れる姿は当に執事そのものだった。
「私なんて、色がついてりゃなんでも美味しいのにわざわざありがとうございます」と言うと、神はトレンディドラマのように爽やかに上を向いて大笑いする。
紅茶を受け取ると「ご一緒していいですか?」と前置きし
「岡村さんとお話できるのは私にとっては大切な時間です」と言う。
お世辞でもなんでも、自分にとって学ぶ要素のある、好きなスタッフがわざわざこうして来てくれるのは嬉しい。
私は多分、他の女神たちよりも神のことを好きだった。男女の好きではなく、人として。もともと物腰が柔らかく執事のようで居心地が良い神とはいろんな話をして、私もそれを参考にして接客に取り入れたりもしていた。
だが、一部のスタッフや嬢に神は嫌われていて、その悪口を聞くことも少なくはなかった。それらはやはり「チンタラしてる」とか「使えない」とか「贔屓してる」など。なかには「岡村を狙ってる」なんてのもあった。
そんな日々の中の、とある天候大荒れの日。
用事があって別の建物にある事務所に行くと神しかおらず、交通網も麻痺しているため当分タクシーも来ず、神とゆっくり話す時間ができた。そして今までずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。
「若い頃に大手商社マンだったと言われている神がなぜ、その地位を捨ててこの世界に来たのか」
──いつもより静かな風俗街。
遠くに救急車のサイレンが聞こえるくらい静まり返る、暖かく閉め切られたマンションの一室で
外はギラギラした看板に似つかわしく無い、神の髪色と同じ真っ白な雪が積もり始めていた。
