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がん治療のギアチェンジ~完治が難しくなったときの選択

がん治療は、常に「治す」ことだけがゴールとは限りません。
手術や抗がん剤など、できる限りの治療を尽くしても、がんの種類や進行の状況によっては、完治が難しくなる場面が訪れることがあります。そのとき、患者さんと医療者は、どのような選択をし、何を大切にしていけばよいのでしょうか。
大同病院 腫瘍内科部長の浅井曉先生に、治療の限界が訪れる理由、ギアチェンジの考え方、終末期の痛みやケア、そして「何のために治療をするのか」という根本的な問いについて、率直に語ってもらいました。(2023年10月11日、Voicyにて配信)

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抗がん剤治療の「限界」はどうやって訪れるのか

イズミン がんは治る時代になってきたとはいえ、進行してから見つかった場合や、転移がある場合、がんの種類やできた場所によっては、治療が難しいケースもまだありますよね。どのようなときに、「治療の限界」という判断になるのでしょうか。

アサイ 理想は手術でがんを取り切ることですが、それができない場合、多くは抗がん剤治療を行います。その抗がん剤が、ある段階で限界を迎えることがあります。一つは「効果の限界」です。がんも生き物ですから、薬を使い続けるうちに耐性ができ、だんだん効かなくなっていく。永遠に効く薬があれば、がんは怖い病気ではありませんが、現実はそうはいきません。
 もう一つは副作用の問題です。抗がん剤治療は「毒をもって毒を制す」方法ですから、副作用は避けられません。治療を重ねるうちに副作用が蓄積したり、がんの進行も相まって体力が落ちてきたりする。効果と副作用のバランスが取れなくなったとき、「これ以上の抗がん剤は難しい」という判断になります。

イズミン 体力の限界、という面も大きいわけですね。

アサイ はい。そのとき、「何とかならないか」と、藁をもつかむ思いになるのも無理はありません。ただ、治療法があるからといって、何でも試せばいいわけではない、ということは意識しておいてほしいと思います。
 治療を続けるうえで大切なのは、「何のために治療するのか」という原点に立ち返ることです。抗がん剤はあくまで手段であって目的ではありません。ときどき「死んでもいいから治療してほしい」と言われる方がいますが、それは本末転倒です。抗がん剤は精神安定剤ではなく、毒薬です。効果が見合わない段階で無理に続けると、寿命を縮めてしまうことさえあります。患者さんだけでなく、医療者側も「何かしなければ」と焦ってしまうことがありますが、越えてははいけないラインがある。
 私はよく登山に例えるのですが、嵐が来ると分かっているのに頂上を目指すのは危険ですよね。抗がん剤も同じで、「ここから先は嵐だ」と分かっている場所に進んではいけない。引き返す勇気が必要なのです。

シノハラ 判断には冷静さが必要ですね。

「戦う」から「共存する」へ。ギアチェンジという考え方

アサイ がんと戦う治療から、がんと共存する治療へ切り替える。緩和医療の世界では、それを「ギアチェンジ」と呼びます。車のギアを入れ替えるように、考え方を変える時期が、完治しないがんでは必ずやってきます。私は治療を始める段階から、「いつかその日が来る」ということをお伝えしています。

イズミン 実際に、そのタイミングを患者さんと一緒に見極めていくのですね。

アサイ そうですね。効果がなくなってくると、患者さんも医師も強い焦りを感じます。でも、「そういう時期は必ず来る」と心のどこかで分かっていれば、いざその場面になったときの混乱や不安は、少し和らぐのではないかと思います。

シノハラ やはり、あらかじめ「そういう時期が来るかもしれない」とイメージしておくことが大事なのでしょうか。

アサイ そうですね。怖いことではありますが、人は先の見通しがあると、たとえ結果が厳しいものであっても、心の準備ができます。これは、最初に説明する主治医の責任も大きいと思っています。
 例えば台風も、「来るかもしれない」だけでは備えができませんが、「直撃する」と分かれば、対策ができますよね。病気も同じで、ある程度進行具合が見えてきた段階で、「今後こういう流れが考えられます」という大枠は、医師からお伝えする必要があります。

イズミン 患者さんとしても、何が起こり得るのか分からないままだと、不安が大きくなりますね。だから「こうなる可能性があります」「別の可能性もあります」といった形で、起こり得ることを知っておきたい。その上で、もし治療が難しくなった場合でも、緩和ケアという選択肢があり、できるだけ穏やかにご家族と過ごす時間を大切にできる方法がある、といった先の可能性が示されると、気持ちが違いますね。

シノハラ ただ難しいのは、抗がん剤治療を「頑張ろう」という段階で、どこまで具体的に話すかという点ですよね。イメージを持ってもらうことは大切ですが、患者さんの性格や受け止め方によっても、伝え方は変わるだろうし、そこの判断が難しいですね。

終末期の経過と痛み

イズミン ギアチェンジが必要な時期に入った後、いわゆるがんの終末期は、どのように進んでいくものなのでしょうか。

アサイ 「がん」と一口に言っても、本当にさまざまです。何年もかけてゆっくり進むがんもありますし、乳がんのように比較的長い経過をたどるものもあります。一方で、肺がんのように、進行し始めると一気に進むタイプもあります。ですから、これはもう十人十色で、一概には言えません。
 ただ、心筋梗塞や脳梗塞のように、ある日突然倒れる、という経過は、がんでは比較的少ないです。もちろん急激に悪くなることもありますが、多くの場合は、調子の良い時と悪い時を繰り返しながら、徐々に進行していくことが多いですね。
 それから、患者さんから「最後は痛いですか?」という質問もよく聞かれますが、こればかりは「人によります」というのが正直なところです。痛みは、がんがどこにできるかで大きく変わります。痛みは神経が刺激されて起こるので、神経の少ない場所で進行すれば、あまり痛みを感じないこともあります。
 痛みが強く出やすい場所として、代表的なのは骨です。骨転移では、骨そのものではなく、骨膜が引っ張られて強い痛みが出ます。骨に転移しやすいがんは、肺がんや前立腺がんなど、ある程度決まっています。逆に、そうでないがんでは、痛みが強く出ない場合もあります。肝臓がんの場合は、肝臓の中だけなら痛みは少ないですが、表面に及ぶと皮膜が引っ張られて痛みが出ることもあります。ただ大事なのは、がんの痛みは我慢しなくていい、ということです。
 例えば痛みの緩和薬としてよく聞くモルヒネは、適切に使えば決して危険な薬ではありません。実際、モルヒネを使いながら通勤したり、車で通院している方もいます。緩和ケアを含め、適切に管理すれば、痛みは十分にコントロールできます。

シノハラ 薬だけでなく、放射線治療などを組み合わせて、痛みをできるだけ和らげるなど、痛みへの対処法はいろいろあるということですね。

イズミン 骨の痛みも薬でコントロールできるものなのでしょうか?

アサイ 10の痛みを完全にゼロにするのは難しい場合もありますが、5~3もしくは2ぐらいまで下げることは十分可能です。

イズミン 穏やかな終末期を迎えることも、決して不可能ではないのですね。

食べられなくなったとき、どうしますか?

イズミン 終末期になると体力が落ちて、食事が取れなくなることもありますよね。その場合は、どう考えたらいいのでしょうか。

アサイ 特にご高齢の患者さんでは、「食べられなくなったら点滴を」という声がよく聞かれます。ただ、がんの終末期に点滴を行うと、水分が体の中にたまってしまい、むくみが出たり、痰が増えて呼吸が苦しくなったりすることがあります。
 そのため最近は、無理に点滴をせず、口から取れる範囲の水分で十分ではないか、という考え方も出てきています。ただ、ご家族、特にたまにしか顔を合わせない親戚の方から「どうして点滴をしていないんだ」と言われ、対応に悩むことも少なくありません。医療行為は、やればやるほど良い、というわけではないということを覚えておいていただきたいです。

イズミン 昔は「枯れるように亡くなるのがいい」と言われてきましたよね。状態に応じて、選択することが大切なのですね。

アサイ 医学的にも、水分をたくさん入れるより、軽い脱水傾向のほうが、苦痛が少なく最期を迎えられることが多いとされています。ですので、何でもかんでも点滴をすればいい、というわけではありません。患者さんの楽さを第一に考えて、その時々で最善の選択をしていくことが重要だと思います。


ゲスト紹介

浅井暁(あさい・ぎょう)
大同病院 腫瘍内科部長。静岡がんセンターや愛知県がんセンターなど国内有数の専門施設で研鑽を積み、病院の開院と閉院の両方を経験した稀有なキャリアの持ち主。現在は外来化学療法室を中心に、各診療科の抗がん剤治療のサポートや、がんサポートチームを通じて緩和ケアにも携わり、縁の下の力持ちとして患者さんを支える。
趣味はアマチュア無線。世界160の国・地域と交信した実績を持ち、アマチュア無線連盟のアワード「DXCC」も取得。遠い国の知らない人とつながる面白さと“どこまで電波が届くか”という挑戦が魅力と語る。


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