がん治療、最善の最前線
がん治療の選択肢がかつてないほど広がる中で、患者さん自身が「どう治療を選ぶか」という意思決定が重要視されています。しかし、標準治療・先進医療・民間療法…多くの情報が飛び交う中で、何を信じ、どこに軸足を置けばよいのか迷う方も少なくありません。今回は、大同病院腫瘍内科の浅井曉先生を迎え、がん治療の最前線で行われている“本当に患者さんのためになる治療選択”について聞きました。数々のがん専門施設で研鑽を積んだ医師が「標準治療が最善である理由」「新しい治療との付き合い方」「医師として守りたい姿勢」について教えてくれました。(2023年10月4日、Voicyにて配信)
🔗Voicyで聴く
🔗YouTubeで聴く
🔗YouTube Music で聴く
🔗Spotifyで聴く
🔗Apple Podcast で聴く
🔗amazon music で聴く
「標準治療」とは、人類の叡智の集大成
イズミン 昔は「がん=不治の病」というイメージが強く、患者さん本人に告知されないことも多かったですよね。でも今は、検診や診断技術が進歩して早期発見が可能になり、治療成績も格段に良くなってきました。
アサイ 本当に、この数年での進歩はものすごいです。専門に携わっていないと、もう追いつけないほどです。
イズミン がんの治療といえば、手術・放射線・薬物療法(化学療法)が基本ですよね。これらは「標準治療」と呼ばれると思うのですが、そもそも標準治療とはどういうものなのでしょう?
アサイ そうですね。手術・放射線・抗がん剤が大きな柱ですが、実は“方法としてそれらを使うこと”だけで標準治療になるわけではありません。
例えば肺がんの手術なら、どの部位をどう切るか、どこまでリンパ節を取るか、といった細かい手順が明確に決まっています。放射線も、どの種類の放射線を何回に分けて、どの範囲に照射するかという細かな規定があります。抗がん剤も、薬の組み合わせや投与量、投与間隔まで細かく定められています。
ですから、そもそも手術が適さない患者さんに手術をしてしまえば、どれだけ手順が正しくても標準治療とは言えません。
こうした細かな規定は、過去の臨床試験を積み重ねてきた結果生まれた、医学の集大成ともいえるものです。それが標準治療です。
イズミン まさに“人類の叡智”ですね。
アサイ 「標準治療」という言葉、実は患者さんが誤解しやすい部分でもあると思います。“標準”と聞くと、どんなイメージを持たれますか?
イズミン 「普通」「平均的」「並み」という意味が思い浮かびます。
アサイ 学校の成績で「標準」といえば“平均的”という印象が強いですよね。でも辞書を引くと、“平均的”のほかに“よりどころ”“目標”“手本・模範”という意味もあります。がん治療の「標準治療」は、まさにこの“目標”“模範”の意味。「最善の治療」と言い換えてもいいと思います。ここを誤解されている方が多いのでは、と危惧しています。
シノハラ 「標準」という言葉が誤解を招きやすいのかもしれませんね。いわゆる「スタンダード」が、結局はあるべき治療っていうことですよね。
イズミン ただ、患者さんにとっては、その標準治療を続けていって、どこかで限界が出てきてしまったときに、「標準治療ではどうにもならないんだ」という話になり、そこにいろいろな情報が混ざりあって、複雑になるのかもしれないですね。
「先進医療」は期待のルーキー 4番打者はあくまで「標準治療」
イズミン 標準治療に対して、「先進医療」という言葉もよく耳にします。これはどういったものなのでしょうか。
アサイ 先進医療や高度先進医療と聞くと、“最先端の夢の治療”というイメージを持つ方が多いと思います。でも実は、明確な定義があります。「厚生労働大臣が定める高度の医療技術を用いた療養その他の療養であって、保険給付の対象とすべきものであるか否かについて、適正な医療の効率的な提供を図る観点から評価を行うことが必要な療養」。これが先進医療です。
つまり、一定の有効性や安全性は確認されているものの、まだ保険適用の手前の段階にある治療になります。今後データが蓄積されれば保険診療になる可能性もありますし、さらに進めば標準治療になる可能性もあります。
もちろん、最先端の技術を使うので設備や環境が必要ですし、どうしても費用は高くなります。ただし“高額=より効果が高い”というわけではありません。ここが大事なポイントです。
私はよく野球に例えるのですが、先進医療は“話題のドラフト1位ルーキー”。一方で標準治療は“4番打者”。どんなチームでも、いきなりルーキーに大事な場面を任せたりはしませんよね。
ですので、先進医療を選べる条件が合えば挑戦する価値はありますが、標準治療を“格下”のように扱うのは間違いです。標準治療こそ、今もっとも信頼できる主軸の治療です。
イズミン 標準治療は4番打者、先進医療は将来性のあるルーキー。とても分かりやすい例えですね。
アサイ 先進医療という言葉が広がる中で、少し気になる点もあります。私たちのような総合病院やがんセンター、大学病院で行われている先進医療は、国の基準に基づいた正式な医療です。しかし一方で、“先進医療”のような言葉を使いながら、実態は“民間療法”に近いものも存在します。テレビのワイドショーで紹介された直後に商品が売り切れるケースもありますし、医師が関わっているように見えるものもあります。こうした情報に惑わされないよう、注意が必要です。
シノハラ 新しい治療は、効果が確実とは限らないのですよね。
アサイ その通りです。期待できる可能性はあっても、効果が全く証明されていないものもあります。実際、かつて“高度先進医療”と呼ばれていたのに、今では姿を消している治療もたくさんあります。裏づけとなるデータが十分に得られなかったということですね。
シノハラ とは言え、新しい取り組み自体は医療の進歩には欠かせないですよね。新しい治療に挑戦しなければ医学は前に進まない。ただし、“新しい=良い”ではなく、エビデンスや実績を丁寧に積み上げながら、何が本当に必要な治療なのかを見極めていく。そのバランスが非常に重要で、難しいところですね。
イズミン 薬には治験がありますが、手術や放射線治療はどうやって評価していくのでしょうか。
アサイ 確かに手術は担当医の技量に左右されやすく、評価が難しい面があります。ただ、手術も「どこまで切除するか」「どの範囲のリンパ節を取るか」といった条件を比較した臨床試験のデータをコツコツ積み上げることで、より良い手術方法が確立されてきました。
放射線も同様です。皆さんがイメージする陽子線や重粒子線治療は、まだ標準治療を上回ると確定した評価はありませんが、期待されている治療です。条件に該当する患者さんを対象に、従来の放射線との比較試験を行い、効果を検証しています。
イズミン 民間のがん保険だと高度先進医療特約がありますよね。
アサイ ありますね。ただ、僕なら入らないです。というのも、今の日本の保険診療が非常に幅広く高度な医療までカバーしているからです。実際、高度先進医療として保険適用外の治療が必要になるケースは、現状ほぼ陽子線・重粒子線くらい。300万円ほどと高額ですが、選べる人自体が限定的です。
昔は海外で承認されている薬が日本では使えない“ドラッグラグ”も問題でしたが、今はかなり短縮されています。ですから「保険外じゃないと良い治療が受けられない」という状況はほとんどないですね。
民間療法は「お守り」のようなもの
イズミン 標準治療が確立されているのに、民間療法に流れてしまう人がいるのは、なぜなのでしょうか。
アサイ 有名人の方が、標準治療ではなく民間療法に頼ってしまい、残念な結果になったというケースを耳にします。
その背景には、大きく2つのタイミングがあると思っています。ひとつは「がんの告知を受けた直後」。もうひとつは「標準治療を受けて期待した効果が得られなかったとき」です。がんと告げられた瞬間、患者さんの頭の中は真っ白になります。私たちはそのあと治療の流れを丁寧に説明するのですが、後日確認すると「がんと言われたこと以外ほとんど覚えていない」という方が本当に多いです。最近は検査予定が紙で出るので助かっていますが、それでも初期の混乱は避けられません。
その混乱の中で、焦った患者さん本人やご家族が、中途半端な状態でインターネット、テレビ、雑誌、SNSなどから大量の情報を拾ってしまいます。そこで“耳障りのいい言葉”で語られる民間療法が、すっと心の中に入り込んでしまいます。「副作用がない」「○%の患者に効果」「奇跡の○○治療」「末期がんからの生還」などのキャッチコピーは特に危険です。家族が熱心に調べれば調べるほど、その情報は繰り返し刷り込まれていきます。いったん信じてしまうと後から修正するのが非常に難しい。そして、期待した効果が得られなかった場合、「どうして治らないんだ」という気持ちが強くなり、医療者への不信感につながることもあります。ただ、普段から患者さんとしっかり信頼関係が築けていれば、極端な方向に行きにくいのも事実です。我々医療者側のコミュニケーションもとても大事です。
イズミン どんな民間療法に注意すべきでしょうか。
アサイ 「保険が利かない高額医療」。そして「入院施設を持たないクリニックが提供する治療」。この2つのどちらにも当てはまるものは、ほぼ確実に注意が必要です。
よく「○○学会に所属」「○○学会で発表」「○○博士」といった肩書きを掲げるケースもありますが、学会員になるのは誰でもできますし、学会発表も“ただ発表しただけ”なら医療的信頼性とは別の話です。こうした“きらびやかな肩書き”や“希望をくすぐる言葉”に惑わされないよう、まずは疑ってみてほしいと思います。
シノハラ 厳しい現実の中で、心地よい物語に惹かれてしまう…という心理もあるのでしょうか。
アサイ まさにそこですね。希望が欲しい時期に、「あなたは特別」「この治療なら副作用もなく治る」といった“心地よい物語”を提示されると、人はどうしてもそちらに惹かれます。そして、そういう物語を作るのがとても上手な人たちがいる。ここが一番危険なのです。
イズミン 学会に関しても、厚生労働省が広告可能な学会を定めているのはその対策の一つですよね。
民間療法にもさまざまありますが、標準治療を補完する形で取り入れると良いものはあるのでしょうか。
アサイ 医学的な観点で「ぜひ取り入れたほうがよい」と断言できる民間療法は、正直なところ私の知る限りありません。もし本当に効果が高いものがあるなら、すでに医療者側から提案していますし、日本には多くの製薬企業がありますから、科学的に有効であれば保険医療として承認され、莫大な利益が生まれているはずです。そう考えると、「特別これをやってください」という民間療法は現状ないと考えています。
ですが、昔から「病は気から」と言うように、治療に影響がなく健康な人がやっても害のない範囲のものであれば、患者さんの気持ちを支える目的で取り入れるのは良いと思っています。
例えば「これを飲んで頑張ろう」とサプリを摂ることで前向きになれるなら、その精神的効果は決して小さくありません。ただし、サプリの中には健康被害を出した例もあるので注意は必要です。
私はよく、患者さんに「お守りやお札と同じですよ」と説明しています。神様を信じていなくても、正月には初詣に行ったりお賽銭を投げたりしますよね。1000円のお札を買って前向きに祈るのと、10万円の壺を買うのとで、効果がどちらにあるかというと、どちらも“心の持ちよう”の範囲です。問題なのは、この“心の弱みに付け込む商売”が存在すること。高額な壺だけでなく、民間療法も同じ構図があります。そこは特に警戒してほしいですね。
シノハラ 患者さんの心理状態や背景を考えると、医療者として相談に乗るなど、関与していく必要がありますね。
ゲスト紹介
浅井暁(あさい・ぎょう)
大同病院 腫瘍内科部長。静岡がんセンターや愛知県がんセンターなど国内有数の専門施設で研鑽を積み、病院の開院と閉院の両方を経験した稀有なキャリアの持ち主。現在は外来化学療法室を中心に、各診療科の抗がん剤治療のサポートや、がんサポートチームを通じて緩和ケアにも携わり、縁の下の力持ちとして患者さんを支える。
趣味はアマチュア無線。世界160の国・地域と交信した実績を持ち、アマチュア無線連盟のアワード「DXCC」も取得。遠い国の知らない人とつながる面白さと“どこまで電波が届くか”という挑戦が魅力と語る。
