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「人生のポケット」 脱出 10周年

青空を見て気分も晴れやかになる, のではなく, 逆に悲しい気持ちが増す, どんよりした曇り空の日の方がかえって気持ちが(少しぐらいは)楽だ, 後にそんな日々が続いたのは, 「気がついたら入りこんで出られなくなった『人生のポケット』」のようなものに嵌まり込んだから。

二度と戻ることのない「人生のポケット」から脱出して, 気づいたら 10年。


「人生のポケット」 脱出 10周年

青空を見て気分も晴れやかになる, のではなく, 逆に悲しい気持ちが増す, どんよりした曇り空の日の方がかえって気持ちが(少しぐらいは)楽だ, 後にそんな日々が続くことになる「人生のポケット」* に入りこんだのは, 後から振り返ればおそらく 2001年の晩秋頃もしくは 2002年初夏辺りで, それがいよいよ深くて暗いものになり「気がついたら入りこんで出られなくなった『人生のポケット』」の底に落ちた(んだろう, おそらく)のは 2009年の秋が深まった頃。

その「人生のポケット」から出たのはいつだったのか, 当時 書いたメモ類などを家の何処かから見つけ出せば(おおよその)時期がより正確に分かるかもしれないが, それが 2016年の 1月末から 2月初め頃だったのは確か。要するに, 今からちょうど, というか「ほぼ」, 10年ほど前。

どうやら「人生のポケット」から出られそうだ、などと思ったことは一度もなかった。そうではなくて、気づいたら、出ていた。つまり、出た後で、あ、俺はどうやらあのポケットから出たようだなと気付いた。で、1日か2,3日後だったか、間違いなく出ているという確信に変わった。そんなもんだった、「人生のポケット」は。

https://note.com/dailyrock/n/n3f7f29cb565b

今日のタイトル上の写真は, 今朝 撮った写真。我が家の2階, 出窓。青空。右端は, 小庭の枇杷の木。しばらく前から花が咲いている。今年も初夏になれば美味い枇杷の実を食べられる, 去年のように。

*「人生のポケット」は筆者の手による造語ではない。それについては 次章で。

「いつか必ず、自分はポケットから出ている。気がついたらポケットから出ていた。何でもいい。とにかく、いつか出ている。」

いま note に昔のウェブ日記など転載しても大した意味も意義もなさそうだけど, まぁ自分にとっては「脱出してから10年経ったのか」という感慨めいた感情はあって, というわけで, 個人的には「もう二度と戻ることのない『人生のポケット』」に係る思い出話のようなものなのかもしれない, 今日のこれは。ま, 今日はこんな note でもいっか(笑)。

2003年 4月12日(土) 人生のポケットから出る方法はどこかにある

 最近、名前なら大抵の日本人が知っている日本の俳優と香港の俳優が自殺した。古尾谷雅人とレスリー・チャン。二人ともファンというのでは全くないが、名前なら知っている。古尾谷雅人なら、たぶん何かのテレビ・ドラマで何回か観ているに違いない。レスリー・チャンは、やはりテレビで顔くらいなら観ているだろう。二人とも40代半ば。自殺の理由は知らない。ファンではないし、理由に関心はない。ただ、何となく、自殺なんて嫌な話だなと思った。そう言ったら、ほとんど誰もが似たようなことを言うのだろうけど。

 二人の自殺に関して、劇団主宰の人が、何日か後の新聞のコラムにこんなことを書いていた。その人のことは知らない。だけど、この人の感想は気になった。曰く、「気がついたら人生のポケットに入りこんで出られなくなった。そんな怖さを彼らの死に感じた。」

 ポケットに入ってしまってそこから出たいと思い、しかし出られない。出られなくて苦しい。少なくともそこまでなら、何だか自分のことを言われているような気がしてくる。「人生のポケットに入りこんで」「出られなく」・・・何だかわかり過ぎるよ、この表現は。わからなければ幸いです。別にわかる必要なない。いや、ある種類の人々は、どうやらそういうものがあるらしいってことは意識していた方がいいかもしれないけれど。人のこと気にしている余裕はないか。

 人生のポケットから出る方法はあるか? その回答はない。具体的な正解はない。はっきりしているのは、ポケットから出なければならないということだ。あるいはポケットだと思わないこと? 思わなければ話は簡単。思わなくなった瞬間、それはポケットではなくなる。そんなことが簡単に出来れば悩みはないね。

 件のコラムはこう締め括っている。「一度、人生の物差しを取り換える作業が必要かもしれない。」
 締め括り以外はよくわかるコラムだったが、最後の言葉は自分にはあまり届かない言葉だ。言いたいことはわかるし、この言葉が届くような状況にある人、あるいは心の隙間にピタッとはまる人はいるだろう。そう思った。しかし、今現在の自分自身にはしっくりこない。もっと前の自分には必要だったし、意味があったかもしれない。物差しを取り換えるっていうよりも、物差しを少しずらして気持ちを楽にしてみるってことならね。それが以前に出来ればどれだけ良かったかと思うけれども、でも今の自分には、そんな作業は効き目がないように思う。
 以前から入りかかっていたんだろうが、その先がポケットの中かもしれないということを十分に意識できないままやり過ごし、結局ポケットにはまり込んだ。自分自身の有り様と人との関係がややこしくなり、どうにも息苦しい。おそらくは物理的に脱出しなければ解決しないんじゃないかと思うのだが、物理的な脱出なら既に1度経験済みのところに抜け抜けと舞い戻ってしまったんだから、全てがねじれ過ぎてしまっていてどうにもならない。このままでいながらポケットから出られると思えるほどの物差しの交換でもしたら、万一そんなことが可能なら、その時は自分は自分でなくなっているってことだと思う。要するに、そういう方法は、今現在の自分にはいいアイディアだとは思わないんだな。

 人生のポケットから出る方法はあるか? 正解もその手掛かりも持たない時は、とにかく「方法はある」と思っていることでしょう。ポケットから出る方法は必ずどこかにある。あるいは、いつか必ず、自分はポケットから出ている。気がついたらポケットから出ていた。何でもいい。とにかく、いつか出ている。なぜなら、方法は必ずあるからだ。まるで「念仏」か。いや、それが必要な時もあるのです。いつまで言い続けているんだ、こんなこと。わかりませんな。必要なうちは、言い続けます。必要がなくなったら言いません。来年の今頃も言っているかもしれません。言ってないかもしれません。とにかく、メシを食い、愛する者を気にかけ、愛し、勉強し(何を何のために?)、ものを考え、眠り、眼を覚まし、メシを食い、そうやって生き続けることです。そう言い続けながら、生き続けることです。死んで花実が咲くものか。そう言うじゃん、昔っから。

http://dailyrock.konjiki.jp/nikki12.html#mustbesomewayoutofpocket

「人生のポケットから出る方法はどこかにある」

「ポケットから出る方法はある。どこかにある。これは出られないポケットではないのだ。方法はきっとある。いつかポケットから出ている。いつの日か、今はわからない。しかし、いつの日か、必ずポケットにいない自分を発見するだろう。」

いま note に昔のウェブ日記など転載しても大した意味も意義もなさそうだけど, まぁ自分にとっては「脱出してから10年経ったのか」という感慨めいた感情はあって, というわけで, 個人的には「もう二度と戻ることのない『人生のポケット』」に係る思い出話のようなものなのかもしれない, 今日のこれは。ま, 今日はこんな note でもいっか, 前の章にも書いたじゃん(笑)。

2003年 4月12日(土) 人生のポケットから出る方法はどこかにある(2)

 昨日、人生のポケットのことを書いた。
 そういう言い方をするなら、自分はまさしく出られないポケットに入ってしまったと意識したりもしている。・・・とこの後もいろいろ書いてみたけれども、あんまり生々し過ぎて世界に公開する(笑、どんな顔して笑ってるのかね)のは辛いのでやっぱり消します。まぁいつものは、これでも生々しくないんです。全部書いたら発狂するからね(笑、同上、再笑)。一言言えるのは、自分は消えはしないってこと。消えてしまいたいような気分はあるけれども、たぶん、消えられないし消えたくないからこその苦痛だと思う。
 極端に辛く苦しいだろうとは簡単に想像できたし、考え抜いて覚悟もしたつもりだったけれども、出られない人生のポケットだと感じることの怖さは、正確に認識して予測することなど出来ていなかった。ただ、「出られないポケット」みたいなものという意味では、ある程度は予測していたとも言える。というのは、間違いなく苦しいことになるということ自体は容易に予想できたけれども、しかし一方で、それでもそうしようと想う過程で、その過程の後にはもう動きようがなくなって、そのことで否が応でも落ち着かざるを得なくなる、したがって、結局は、土日にまで引きずって「生き方」をもやもやと苦しむこともなくなるのではないか、そう考えた事実があるからだ。もちろん苦し紛れにそう考えていることは承知していた。ただ、そういう可能性にすがろうとしたことは確かだろう。馬鹿な話だ。全く馬鹿な話だ。「動きようがなくなって」ということから始まる考えには、そこで動きようがなくなることの、自分にとっての底なしの苦しさへの正確な想像力が働いていなかった。その先の方向を都合よく、何とか、かろうじてでも正当化しようとしていたのかもしれない。「動きようがなくなって」とは、まさにポケットに入りこんだ状態なのだ。承知の上で意思を固めたはずだったし、覚悟をした上でのことだったはずなのだけれども、ただ、そこが人生のポケットであること、その怖さを、正確に予測できてなどいなかった。人生のポケットから出られないことを意識する苦しさを覚悟していたのではなかった。死ぬほど悩みぬいたつもりだったが、それもそう思い込んだだけだったのかもしれない。頭が割れるほどに考え抜いたと思ったが、実は決定的に認識不足だった。逃れれば逃れるほど気がつけばさらに苦しいところに入りこみ、その繰り返しで辿り着いたところが人生のポケットだったというわけだ。いつも納得させようとしてきた。自覚的には逃げているというつもりはなかった。しかし距離を措けば、時間を措けば、違う自分の姿がはっきり見えてくる。どう考えても情けない話だ。

 しかし、ポケットから出る方法はある。どこかにある。これは出られないポケットではないのだ。方法はきっとある。いつかポケットから出ている。いつの日か、今はわからない。しかし、いつの日か、必ずポケットにいない自分を発見するだろう。同じことを何ヶ月も、ヘタしたら1年も2年も言っていても意味がないんだが、しかし言っていないと自分を保てないのなら、やっぱり言い続けるしかない。言い続けながら、生き続けるしかない。生きないよりはマシだ。そのうちマシな生き方になるかもしれないよ。手掛かりを感じてればもう喋りませんよ。そうでなければ、生きるために喋ります。

http://dailyrock.konjiki.jp/nikki13.html#mustbesomewayoutofpocket2

「人生のポケットから出る方法はどこかにある」

本当に 「音楽は人を癒す」 のか? 〜 というわけで, 音楽を聴きつつ ..

「本当に」へこんだ時は、音楽は力にならない。これは自分の場合、だけど音楽は自分にとって個人的な体験だから、これが全て。

音楽は人を癒すか。癒す時もあれば癒さない時もある。音楽を忘れる時もある。「本当に」へこんだ時は、音楽は力にならない。これは自分の場合、だけど音楽は自分にとって個人的な体験だから、これが全て。

本当にへこんだ時、ある一線を超えて(越えて)落ち込んだ時、音楽は自分の傍らになかった。というか、聴く気にもならなかった。この世に音楽があることを忘れていた。

「本当に」落ち込んだ時は、音楽すら傍らにない。音楽はその時、力にならない。音楽が癒しになる時は、いずれ再び立ち上がる可能性を秘めている。

"Blues Run the Game" (Jackson C. Frank) 〜 歌詞和訳

Jackson C. Frank の歩んだ人生は, その苦難のレベル, 艱難辛苦のスケールが, 想像を遙かに超えていた。

Blues Run the Game, the opening track from the self-titled debut and only studio album by Jackson C. Frank (March 2, 1943 – March 3, 1999), released in December 1965

英語原詞 https://genius.com/Jackson-c-frank-blues-run-the-game-lyrics

船に乗ってイングランドへ行こう, ベイビー
スペインでもいい
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
いつも同じ憂鬱が ついてくるんだ (*1)

ウイスキーを頼んでくれ, ベイビー (*2)
ジンも注文してくれ
俺とルームサービス, ハニー
俺とルームサービス, ベイブ
俺とルームサービスだけで十分だ
ああ, 俺たちは 罪深い人生を生きてるんだ (*3)

酒を飲んでない時は, ベイビー
おまえのことばかり考えてるよ
寝ていない時は, ハニー
眠れない時は, ママ
寝ていない時は
わかるよね, 俺が泣いてるのを見つけるはずさ

他の街へ行ってみよう, ベイビー
他の小さな町でも
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
憂鬱が 俺を追いかけてくるんだ

生きることは賭けさ, ベイビー
愛することも同じようなもんさ
どこで 賭けをしようが
いつ サイコロを振ろうが
どこで 賭けをしようが
憂鬱が 俺を追い詰めるんだ (*4)

明日かもしれないね, ハニー
とにかくいつの日か (*5)
目覚めて年老いた自分に気づくんだ
ずっと年とってるんだ, ママ
年老いて目を覚ますんだよ
それで俺は, もう抗うことをやめるんだ

船に乗ってイングランドへ行こう, ベイビー
スペインでもいい
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
いつも同じ憂鬱が 俺についてくるんだ

….. ♫ ….. ♫ ……

訳注その他, 上掲 note の中で。

"Blues Run the Game" (Sandy Denny) 〜 歌詞和訳

Blues Run the Game from Early Home Recordings by Sandy Denny (January 6, 1947 – April 21, 1978), written by Jackson C. Frank (March 2, 1943 – March 3, 1999)

英語原詞
https://www.sandydenny.co.uk/lyrics/bluesrunthegame.htm

船に乗ってイングランドへ行こう, ベイビー
スペインでもいい
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
いつも同じ憂鬱が ついてくるんだ

ウイスキーを頼んでよ, ベイビー
ジンも注文して
私とルームサービス, ハニー
私とルームサービス, ベイブ
私とルームサービスだけで十分ね
私たちは 罪深い人生を生きてるの

酒を飲んでない時は, ベイビー
あなたのことばかり考えてる
寝ていない時は, ハニー
寝ていない時は, ハニー
寝ていない時は
わかるよね, 私が泣いてるのを見つけるはず

明日かもしれないね, ベイビー
とにかくいつの日か
目覚めて年老いた自分に気づくの
ずっと年とってる, ハニー
年老いて目を覚ますの
それで私は, もう抗うことをやめるの

生きることは賭けね, ベイビー
愛することも同じようなもの
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
憂鬱が 私を追い詰めるんだ

船に乗ってイングランドへ行こう, ベイビー
スペインでもいい
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
いつも同じ憂鬱が 私についてくるんだ

….. ♫ ….. ♫ ……

訳注その他, 前章にリンクを掲載した note の中で。

"Who Knows Where the Time Goes?" (Fairport Convention, Sandy Denny) 〜 歌詞和訳

邦題「時の流れを誰が知る」, 早逝のイギリス人シンガーソングライターで, 一時期 ブリティッシュ・フォークロック・バンド Fairport Convention のリードシンガーでもあった Sandy Denny が, その短い生涯を終える前の最後のステージで最後に歌ったとされる Who Knows Where the Time Goes?, 今日はこの歌の歌詞和訳を中心に置きながら ..

Who Knows Where the Time Goes? from Fairport Convention's third studio album "Unhalfbricking" released in July 1969, written by Sandy Denny (January 6, 1947 – April 21, 1978)

英語原詞 https://www.sandydenny.co.uk/lyrics/whoknows.htm

夕暮れの空を横切って, (*1)
鳥たちが皆 飛び去っていく,
だけど なぜ彼らは分かるんだろう,
彼らに去るべき時が来たってことが
冬の暖炉の前で (*2)
私はまだ夢を見ているはず
時間のことなんて何も考えてない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

悲しげな, 人けのない岸辺,
気まぐれな友たちは去っていく,
ああ, だけどそれで分かるよね,
彼らに去る時が来たんだって
でも私はまだここにいるつもり,
去ることなど考えてもいない,
私は 時間をカウントしたりしない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

それに私は一人じゃない,
愛する人がそばにいるのなら,
ずっとそうなんだって分かってる,
いつか去る時が来るまでは,
だから 冬の嵐が来ても,
それから春の鳥たちが戻ってきて,
私は 時の流れを恐れたりしない

だって 誰が分かるの
私の愛がどう育つのかなんて (*3)
誰に分かるの
時間はどこへ行くのかなんて

♫ … ♫ … ♫ …

訳注その他, 上掲 note の中で。

昔々の話 〜 澄み切った青空を見て 悲しくなる時もある, 「人生 舐めんなよ」

タイトルに付けた写真は, 2021年12月13日に撮ったもので, "澄み切った青空を見て 悲しくなる" ような時代は 2016年の1月末か2月頭くらいに脱け出たので, それはこの写真の5年以上前の話。今日, 2026年2月4日から振り返れば, もう10年も前までの, そんな一時期いや一「時代」の話。

"Sunny Skies" (James Taylor) 〜 歌詞和訳

この "Sunny Skies" は, 「晴れた空」ではない。

Sunny Skies from James Taylor's 1970 album Sweet Baby James

英語原詞 https://genius.com/James-taylor-sunny-skies-lyrics

サニー・スカイズ(晴れた空), 朝になっても眠ってるんだ (*1)
いつ起きればいいのかなんて 知ったこっちゃない
一日を前にして疲れた目を閉じてる
ほら見てごらん, もうあくびしてるよ
そうやって朝の時間を無為に放ってしまうんだ ..

彼はのんびりやる術なら知ってるさ
最後には皆うまくいくんだって
君らも知ったら いい気分になるだろう
サニー・スカイズには 友達がいないってこと ..

サニー・スカイズ は 夕方になると泣くんだ
理由なんて大した問題じゃないさ
彼はただ 時々は泣かないといけなくなるんじゃないかな
みんな去っていくのに
サニー・スカイズは後に残る他ないんだ

それでも 彼はのんびりやる術を知ってるのさ
最後には皆うまくいくんだって
君らも知ったら いい気分になるだろう
サニー・スカイズには 友達がいないってこと ..

サニー・スカイズ は 朝になっても眠ってるんだ
いつ起きればいいのかなんて 知ったこっちゃない
一日を前にして疲れた目を閉じてる
そうやって 何もかも放ってしまうのさ

窓の外に広がる雪と木々を眺めながら
僕を置いて通り過ぎていくものを眺めながら
僕が辿り着いた場所は これまでに乗り越えてきたものに見合うものなんだろうかって思うんだ
サニー・スカイズって名の友だちと共にこの歌を終えるよ

… ♫ … ♫ … ♫ … ♫ … ♫

訳注その他, 上掲 note の中で。

青空を見て少しでも気分が晴れるなら,

青空を見て少しでも気分が晴れるなら, 大丈夫でしょう。気持ちよく晴れた空を見て, 少しでも気分が(気持ちよく)晴れるなら, あなたはきっと大丈夫だと思う。まぁ気分が「気持ちわるく」晴れるようなことはないだろうから, これはもちろん妙な言い方なんだけど。

青空を見て浮かんでくる歌, 程度の軽いノリで投稿しようと思って書き始めたのに, 打ち始めたのに, 気づいたら前口上の話題の方に随分と文字数を使っていた。まぁしかし, 今日の投稿の「気分」自体は, まったくもって, 歌の方です。

"Was a Sunny Day" (Paul Simon) 〜 歌詞和訳

ポール・サイモン, 1973年5月5日リリース There Goes Rhymin' Simon, 日本語にするなら「ほら、サイモンがまた韻踏んでるよ」, 意味的には「サイモンが韻を踏みながら行っちゃったよ」って感じになるんだろうか, しかし日本語の言い回しとしてはまだるっこしいな, あ, 今日は収録曲 Was a Sunny Day の歌詞の和訳なんだ, いきなりの「ひとりごと」が長くなってしまった, しかしあの傑作アルバムが日本で売られた時の, ってか今もそうなのか, その邦題は「ひとりごと」なんだよな, まぁ筆者の「ひとりごと」はこのくらいにして, 今日は Was a Sunny Day 歌詞和訳を。

以下の第3章がその Was a Sunny Day 歌詞和訳(歌詞・訳そのものはシンプル, それに続く「訳注を兼ねた解説」が マジで 超絶 面白い読み物かと!),

その他の章は, この曲やこの曲の歌詞の和訳作業に関わる諸々, そして更に, ポール・サイモンの「今」と彼の音楽や歌の歌詞(と和訳)に関わる諸々。

Was a Sunny Day from Paul Simon's 1973 album There Goes Rhymin' Simon

英語原詞 https://genius.com/Paul-simon-was-a-sunny-day-lyrics

よく晴れた日だった, 雲ひとつない空だったよ
通り過ぎる人々からネガティヴな言葉なんて全く聞こえないさ
よく晴れた日だった, 木々で遊ぶ小鳥たちだって
それにラジオだって歌ってたよ, みんな お気に入りのメロディさ ..

彼は海軍の兵士だった, ニューポートニューズに配属されていたんだ (*1)
彼女は高校時代は女王, 今は失うものが何も残ってない
彼女は高校時代は女王, 今は失うものが何も残ってない (*2)

よく晴れた日だった, 雲ひとつない空だったよ
通り過ぎる人々からネガティヴな言葉なんて全く聞こえないさ
よく晴れた日だった, 木々で遊ぶ小鳥たちだって
それにラジオだって歌ってたよ, みんな お気に入りのメロディさ ..

彼女の名前は ローレライ, 彼女は彼のただ一人の愛する女性だった (*3)
彼女は彼を スピードゥと呼んだけど, 彼のクリスチャン・ネイムは ミスター・アールだったよ
彼女は彼を スピードゥと呼んだけど, 彼のクリスチャン・ネイムは ミスター・アールだったよ (*4)

よく晴れた日だった, 雲ひとつない空だったよ
通り過ぎる人々からネガティヴな言葉なんて全く聞こえないさ
よく晴れた日だった, 木々で遊ぶ小鳥たちだって
それにラジオだって歌ってたよ, みんな お気に入りのメロディさ

よく晴れた日だった, 雲ひとつない空だったよ
通り過ぎる人々からネガティヴな言葉なんて全く聞こえないさ ..

🎶 .. ♫ .. 🎶 .. ♫ .. 🎶

訳注その他, 上掲 note の中で。

人生の底にいても 大丈夫だった

感謝。

人生のポケットから出る方法はどこかにある

という名のマガジン。

今日の最後は, これで締め。

"The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)" from Simon & Garfunkel's 1966 album Parsley, Sage, Rosemary and Thyme

英語原詞 
https://www.paulsimon.com/song/59th-street-bridge-song-feelin-groovy/

歌詞和訳

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