コンビニとハギさんと|人ではなく、コンビニの風景になった人の話
Project MOON No.01
人は、
毎日同じことを続けていると、
やがて風景になる。
ハギさんは、
コンビニのベテランスタッフである。
年齢は聞いたことがない。
見た目は五十代くらいだろうか。
中肉中背で、
真っ白な髪は
根元からびっしりと生えそろっている。
白髪を染めようという気配はなく、
その髪だけが
何年も変わらない時間を生きているようだった。
縁なしの眼鏡をかけ、
清潔感のある服装をしている。
ただ、
ときどき寝癖だけがぴょこんと跳ねている。
その小さな寝癖を見るたびに、
「この人も朝は慌てることがあるんだな」
と少しだけ安心した。
朝九時。
ハギさんは、
今日も少し早めに店へ来る。
タイムカードを押す前に制服へ着替え、
事務所で店長と
スイーツの話をしながら楽しそうに笑う。
「美味しいスイーツ出てますねぇ。」
出勤してきたスタッフには、
「おはよー。」と、
柔らかな声で声をかける。
遅刻してきたスタッフには、
ほんの少しだけ眉を動かす。
でも、
注意はしない。
何も言わず、
そのまま仕事へ戻っていく。
昼前になると店内の空気は一変する。
会社員が次々と弁当を手に取り、
レジには長い列ができる。
レジの電子音、
温め待ちの電子レンジ、
店内放送、
お客様の足音。
店の空気が
一気に慌ただしくなる。
それでも、
ハギさんは変わらない。
視線を慌てて泳がせることもなく、
レジへ立ち、
いつも通りの手つきで商品を通していく。
ミスはない。
慌てもしない。
だからといって、
特別速いわけでもない。
自分のリズムを崩さないまま、
目の前のお客様を一人ずつ送り出していく。
品出しをしているスタッフが
レジへ目を向ける。
「呼ぼうかな。」
そう思った、その少し前。
ハギさんは、
もうレジへ歩き出している。
目配せをするかしないか。
その絶妙なタイミングで、
いつも自然に助けに入ってくれる。
派手ではない。
でも、
その「少し早い」が店全体を支えていた。
コンビニの制服は私服の上から着る。
だから、
制服の隙間から、
その人らしさが少しだけ見える。
好きなブランド。
派手な色。
アクセサリー。
歩き方。
話し方。
誰もが制服の下に、
自分らしさを隠しきれない。
でも、
ハギさんだけは違った。
制服の下に、
個性が見えない。
休憩になれば、
お気に入りのわかめラーメンを作り、
その日のお弁当を選ぶ。
タバコは吸わない。
休憩時間が終われば、
ぴったり時間通りに持ち場へ戻る。
体調を崩して休むことも、
ほとんどない。
朝九時に来て、
夕方五時に帰る。
その毎日を、
何年も繰り返している。
コンビニのスタッフは思っていた。
ハギさんは、人ではなく、
コンビニそのものなのではないか。
◇
どんな人にも、
ひとつくらい苦手なものがある。
ハギさんは、
コンビニの仕事を
ひととおり知っている。
店にはスタッフの力量を
表す星制度があり、
三ツ星が最上位。
その下に二ツ星、
一ツ星、
一般、
研修生と続く。
ハギさんは一ツ星スタッフだった。
三ツ星ではない。
でも、
一ツ星であることを、
どこか誇りにしているように見えた。
分からないことを聞けば答えてくれる。
困っていれば自然と助けてくれる。
仕事を覚えるなら、
まずハギさんについていけば間違いない。
そんな安心感があった。
ただ、
いつも落ち着いているハギさんにも、
はっきりと動揺する瞬間がある。
それは、
店長や社員がいない時間に
トラブルが起きたときだった。
レジが止まる。
コピー機が動かない。
機械がエラーを表示する。
そんな瞬間、
ハギさんの表情が少しだけ曇る。
受話器を握り、
店長へ電話をかける。
一度切れても、またかける。
繋がらなければ、もう一度かける。
事務所の中を
何度も行き来しながら、
落ち着かない様子で
携帯電話を見つめている。
その間に、
一般スタッフや研修生が
手探りで対応を終えてしまうことも
少なくなかった。
するとハギさんは、
何事もなかったように
笑いながら戻ってくる。
「いやぁ、
店長がいないときに
機材トラブルとか起こると困るよねぇ。」
そう言って、
またいつもの穏やかなハギさんに戻る。
万能に見える人にも、
頼りたい相手はいる。
そして、
もう一人。
ハギさんには苦手な人がいた。
スーパーバイザーである。
その人が店へ来る気配がするだけで、
背筋は少し丸くなり、
歩く速さまで控えめになる。
スーパーバイザーは、
店を一通り見回ると、
帰り際にいつも同じことを言った。
「いつまでも
こんなところにいたらダメだぞ。」
その言葉を聞くたびに、
まわりは不思議な気持ちになった。
もしかしたら、
ハギさんは
五十代ではないのかもしれない。
夕方五時。
ハギさんはタイムカードを押す。
売場をゆっくり歩き、
新作のスイーツを一つカゴへ入れる。
レジで店員と少しだけ雑談をして、
「お疲れさま」と手を振る。
そして、
退勤から五分もしないうちに、
店の外へ消えていく。
昼間までそこにいた人が、
すっと風景からいなくなる。
今日もハギさんは、
不思議な空気を店に残して家路に着く。
了
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