見出し画像

第5章|夕日―魅惑の赤、覚醒の赤―【#創作大賞2026 #ホラー小説部門 】応募作品。全13章・完。


【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】小説『夕日』第5章『金と作業』の章タイトル画像

「クラブリッチ」には
後輩が入ってきた。

表に立つ仕事から、
フロアに回された。

吉田の補佐だ。

やることがある分、時間は過ぎる。

賑やかな音楽、
女の子の楽しそうでいて
大袈裟な笑い声。

そのくせ、席を変えろと
サインを送ってくる。

俺は吉田に教えてもらった通り、
灰皿の吸い殻が3本になる前に取り替える。

氷が半分になる前に持っていく。

女の子のドリンクは薄めに作ってやる。

そんなことを繰り返す。
やることは単純だ。

作業と思えばいい。

客には「すみません」と言っておけば
大抵揉めずに済む。

常連の客も女の子の名前も簡単に覚えた。

中でも女の子たちに
「ナマハゲ」と呼ばれている
常連は嫌なやつで、すぐに覚えた。

2日に1回は来る。
何が楽しいのかさっぱり分からない。

女の子に嫌われている。
本人は気づいていない。

ナマハゲは、
女の子の手首を笑いながら掴む癖があった。

女の子は笑っている。
でも、目は笑っていない。

やめさせてほしいとサインを送ってくる。
俺は灰皿を替えるふりをして、
ナマハゲと女の子の間に入る。

いい気はしてないだろう。

中でも、めぐみという女は
頻繁にチェンジしろとサインを送ってくる。
やたらと目が合う。

新しいボーイが珍しいのか。
何かミスをしているのか。

どうでもよかった。

仕事は作業だ。
作業を繰り返すだけで金がもらえる。

あの男からの仕事も増えていく。
時間指定のものばかりになった。

腕時計は持っていない。
だからG-SHOCKを買った。

何がおかしいのか、
店員はヘラヘラ笑っていた。

「丈夫ですよ。それに見やすいです。
暗がりでも見えます。」

店員はそう言って、
G-SHOCKを勧めてきた。

デジタルではなく、
秒針のあるものにした。
目的の時刻も分かりやすい。

「設定次第でカウントアップも
カウントダウンもできますよ。」

無視した。複雑なものを覚えるより
単純なことを正確にやる方がいい。

指定された時間に、

指定された場所へ行く。

指定されたものを持って、

指定された場所へ届ける。

それだけだ。

指定時刻にピタリと合ったときの快感は
他に代えられない。

ポストには金が貯まり、
工場は休みがちになった。

工場に休みの連絡を入れるのが
面倒になっていった。

そのうち、行かなくなった。

最後に渡された紙には、
「解雇」と書いてあった。

「失業保険、すぐ出るから。
悪く思わんでくれ。」

表情がこわばっている。
俺に怯えてるのか。
そんなに俺が怖い顔なのか。

実際には何も思っていない。
辞めさせてくれてありがたい。

「解雇」の紙は
工場のゴミ箱にそのまま捨てた。

十分に食っていける。
そういう仕事を見つけた。
工場に休みの電話をする手間も省ける。

工場に行かなくても、
カローラワゴンを喜ばせてやれる。

そんなとき、
あの男から初めて夜の仕事が入った。

時間も指定された。
指定の時間は0時だった。

「クラブリッチ」の仕事がある。
迷ったが、吉田に電話した。

「風邪ひいたみたいで。
今夜、休ませてもらえませんか?」

「大丈夫かいな。
マネージャーには、うまいこと言うとくわ。
その代わりメシ奢ってもらうでぇ。」

助かった。
リッチの方はなんとかなりそうだ。

男からは、
指定時刻は1秒もずらすな、
と言われた。

早すぎてもいけない。
遅れてもいけない。

待つ。

エンジンには火を入れたまま。

回転数がわずかに高い。

下げる。

また上がる。

落ち着かない。

秒針を見る。

あと3分。

2分。

1分。

動く。

アクセルを踏む。

指定の場所に入る。

止める。

降りる。

取る。

戻る。

届ける。

それだけだった。
誰もいない。
誰も見ていない。

カローラワゴンとG-SHOCKは
相性が良さそうだ。

家に戻ると、いつも通り
ドアポストに金が入っていた。

厚みが違った。
机に置く。

封筒には、入れられていない。
1万円札がそのまま入っていた。

数えた。
25枚。

昼か夜かの違いだけで、
やることは変わらない。

作業だ。

報酬だけは、桁が違う。

電話が鳴る。

「正確だね。頼もしいよ。」

それだけ言って、切れた。

仕事の後に必ずある電話。
部屋に入ったとたん鳴る。
そして一方的に切られる。
あの男も正確だ。

どこから見ているのか。
考えても仕方なかった。

次の日、リッチに行くと
吉田が話しかけてきた。

「風邪、大丈夫やったん?」

「治りました。」

「よかったわ。自分、治るの早いなぁ。」

冗談なのか、
本気なのか、
嫌味なのか。

吉田との会話は、
いつまで経っても成立しない。

いつも通り、
缶コーヒーを渡してくる。

熱い。
ポケットに入れる。

「最近、顔色ええやん。」

「そうですか。」

「金回り良さそうな顔しとる。」

「顔で分かるんですか。」

「分かる人には分かる。」

笑っている。

知ってるのか
知らないのか全く分からない。
知っていたとしても、何も変わらない。

「武井はん、今度の休み、平和島どう?」

またそれだった。

「そのうち。」

「ほんまに?」

「ええ。」

「ほな約束や。」

めぐみが走ってきた。

「吉田さん、武井君、
マネージャーが呼んでるよ。」

マネージャーは高圧的で
いかにも機嫌が悪そうだ。

「武井ぃ。お前昨日風邪か?
熱あったのか?」

「はぁ。すいません。体調不良で。」

「そっかぁ。俺は熱があったのか?
って聞いたんだよ。
体調不良は、分かってんだよ。」

「38度くらいです。」

「甘いなぁ。クリスマスケーキかよ。
吉田はなぁ。根性あるぜ。」

「インフルエンザで40度の熱のときも
マスク3枚重ねて仕事してくれた。」
「ボーイの鑑だよなぁ。」

「その先輩が優しいからって、
煙草はスパスパ、
コーヒーはガブガブ。」

「おまけに当日欠勤って
武井ぃ。お前舐めてるな。
また表に立つか?ああ?」

ポップコーンを食べながら
汚い手で胸ぐらを掴んできた。
ネクタイが曲がる。
襟が汚れる。
胸ぐらを掴む手を振り払いたい。

「汚い手で触るんじゃあねぇ。」
そう言いかけたとき、
吉田が割って入った。

「すんません。
今度から、きちんとさせますわ。」

「吉田ぁ、ちゃんと教育しとけよ。」

マネージャーは出て行った。

「吉田さんすみません。
俺、もう辞めますから。」

「給料もまだやのに、働き損やがな。」

「吉田さんはともかく
あの人には、ついていけないっすね。」

もうリッチの給与さえも要らない。

カローラワゴンがあればいい。

「まぁそんなカッカせんと。」

「今日はもうマネージャー来んと思うさかい
早退したらええがな。
出勤したことにしとくわ。」

めぐみが見ている。

「今日は帰ります。
明日は来ますから。」

カローラワゴンに座る。
静寂。何もかも忘れさせてくれる。
このままあの男の仕事が増えれば
リッチも辞めていい。

缶コーヒーを開ける。

深く息をついた。

カローラワゴンに火を入れる。
回転数が高い。

部屋に戻る。

押入れを開ける。
ナンバープレートが増えた。

いつからあったのか、
覚えていない。

最初は2枚だった。

気づくと、
4枚になっていた。

6枚。

10枚。

まとめて、奥に押し込む。

考えない。
考えても仕方ない。
仕方ないことは作業にする。

テーブルの上には、
札の束が増えた。

輪ゴムでまとめる。
同じ厚さで揃える。
並べる。

それだけでいい。

灰皿に吸い殻が溜まる。
3本で替える。

分かりやすいように
店と同じルールにした。
ルールを決めると、楽だ。

自分で自分のルールを決める。

それだけで、
全て作業にできる。

札の束を見ながら考える。
あの男の仕事だけで十分だ。

舐めて見下してくる連中と
無理に付き合う必要はない。


俺はカローラワゴンとだけ
うまくやれればいい。




創作大賞2026_ホラー小説部門_夕日_第6章へ
次の章【めぐみ(侵入1)】へ

創作大賞2026_ホラー小説部門_夕日_目次へ
【目次】へ
創作大賞2026_ホラー小説部門_夕日_第1章へ
最初から読みたい方は【第1章】へ

【前の章】へ


■ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
・創作大賞2026 ホラー小説部門 応募作品なので「スキ」で応援してもらえると巨大なエネルギーになります。


■はじめての方へ
・僕のメチャクチャな人生の紹介です。

創作大賞2026 ホラー小説部門【プロフィールへ】
【プロフィール】へ

■以下連載(ノンフィクション)
・僕のメチャクチャな人生の恥を晒して書いています。
「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」

【第一章・失踪編】

【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】-失踪編-目次へ
【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】-失踪編-第1話へ


【第二章・新聞配達編】

【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】-新聞配達編-目次へ
【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】-新聞配達編-第1話へ

【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】「夕日」マガジンへ

#創作大賞2026
#ホラー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!