第12章|夕日―魅惑の赤、覚醒の赤―【#創作大賞2026 #ホラー小説部門 】応募作品。全13章・完。

深い眠りから覚めたあと、
すぐにめぐみの携帯電話が
ブルブルと震えた。
「あっ、久保田さんだ。」
「俺と一緒ってことは言うな。」
「分かった。」
めぐみが携帯に出る。
「もしもし。はい。部屋です。
はい、ひとりです。」
めぐみは、こちらを見ない。
うつむき加減で表情が見えない。
「え?」
めぐみの声が変わった。
「はい。分かりました。」
電話が切れた。
「なんて言ってた?」
「大変。吉田さんがお店のあとに
五反田で怪我して病院にいるって。」
吉田が襲われた。
五反田。
鹿島の夜に使ったインターだ。
「すぐに行くぞ。」
病院はすぐに分かった。
受付で名前を言うと
救急の奥の部屋に通された。
吉田はもう吉田の顔ではなかった。
大きく腫れあがっている。
「話せるのか?」
吉田はうなずいた。
「来てくれて、ありがとう。」
と言った。そして、
「言わんかった。言わんかったで。」
と続けた。
「なにを?」
「バイトのこと。紹介したことや。」
「でも、すまん。
赤い車に乗ってることは
言うてしもうた。なにか言わんと
殺される思て。堪忍や。」
「誰にやられた?」
「ナマハゲの連れや。若いやつ。」
「他に何か言ってたか?」
「バッグはどこだ?って。
そればっかり何回も聞いてきた。」
「顔、治るのか?」
「あぁ、傷は残るかもしれへんけど。」
「生きてて良かったな。」
「ナマハゲと連れのこと。
知ってること、全部教えてくれ。」
「ナマハゲとは、
何度か外でも会うとる。」
「家も知っとる。
連れの若いやつも、
だいたいの動きは分かる。」
そして、最後に言った。
「治ったら平和島連れてってぇや。」
「ああ、治ったらな。」
吉田が襲われた。
俺が久保田に初めて会ったとき
「吉田」と名乗ったからか?
理由はどうでもいい。
吉田はやられた。
次は俺か、めぐみだ。
やられる前に、やってやる。
一番危なそうなのは
ナマハゲの連れだ。
コイツを最初にやる。
吉田はナマハゲの家と
ナマハゲの連れの行動パターンを
知っていた。
明日になれば、向こうも動く。
考える時間を与えたら、
こっちが終わる。
それは確かだ。
病室を出てからも吉田の声が
耳に残った。
「言わんかった。言わんかったで。」
あの顔で、
吉田はそれを先に言った。
俺は病院の外で煙草に火をつける。
指先が震えている。
ほんの2ヶ月前。吉田と出会う前は
俺は工場に勤める男だった。
3年間変わらなかったルールが
ずいぶん変わった。
これからも変わるのだろうか。
夜まで待つ。
めぐみが作ってくれた
たまごサンドを食べた。
眠くならない。
コーヒーメーカーでいれた
コーヒーを飲んだ。
クリスマスプレゼントだと言って、
めぐみがライターをくれた。
Zippoのライターだ。
シルバーに輝いている。
「Solid Bond」と刻印されている。
シルバーか。錆びるなよ。
そう思いながら、着火してみた。
Zippoの乾いた音が静かな部屋に響く。
夜になっても待った。
めぐみと二人ぼっち。
何も話さず待った。
時間が来た。
カローラワゴンに火を入れる。
回転数が異常に高い。
興奮を抑え切れない。
めぐみは部屋に残してきた。
灯りはつけるなと言ってある。
子供の頃の、
隣の犬と同じと思えばいい。
あのときから、
もう始まっていた。
1998年のクリスマスに。
ナマハゲの連れの男に。
名前も知らない相手に。
鉄パイプを使った。
1。
2。
数えながら振り下ろす。
5。
鈍い音がした。
10。
男はもう動かない。
11。
それでも、身体が止まらない。
15まで数えた。
信号が全部青に見えた。
鉄パイプが手から離れなかった。
初めて人を殺した。
ジャンパーもジーンズも、
血で汚れていた。
それなのに、
先に気になったのは、
カローラワゴンのことだった。
血がついていないか。
傷がついていないか。
重なる記憶。
子供の頃の記憶。
床に落ちた鉄パイプを、
足で蹴って壁際に寄せた。
カラカラと、乾いた音が響く。
音が止むと、
部屋はまた静かになった。
その静けさの中で、
めぐみの息づかいが
部屋の空気を揺らしていた。
カローラワゴンのエンジン音。
安定したエンジン音も
耳の奥で鳴り続けていた。
吉田の分は終わった。
あと2人だ。やってやる。
「終わったの?」
めぐみが言った。
俺は手を見ていた。
指先で擦ると、
固まった血がポロポロと落ちる。
「終わりじゃない。」
声は、自分でも驚くほど
落ち着いていた。
「始まったんだ。」
めぐみは、俺の手を見て言った。
「もう乾いてる。大丈夫。
武井君は悪くないよ。
私を守ってくれたんだから、悪くない。
掃除屋さんもいるし、大丈夫。」
それから静かに、
でも、はっきりと言った。
「あとは、ナマハゲさんだけだね。」
静かな暗闇の中、
めぐみは、
わずかに、微笑んでいるように見えた。



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