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認知症介護で、あなたが「壊れてしまう」前に

こんにちは。医師のくんぱすです。
いつもnoteを読んでくださり、ありがとうございます。

もしあなたが今、認知症介護という暗く長いトンネルの中で一人で光を探しているのなら。

この記事が、その出口を照らす、一つの灯りになるかもしれません。

今回は、【医師の私がなぜ、認知症介護者家族の相談に乗るのか】その理由と、私の“覚悟”についてお話させていただきます。

現場で出会った介護者さんたち

ケース① 介護から解き放たれた途端、うつ病を発症した介護者

80代後半の老夫婦は二人で暮らしていました。
認知症の夫と、それを支える妻。
徐々に認知機能の低下は進行し、それに伴って奥様の介護負担が増え、いよいよ老老介護の限界を迎えました。

施設に直接入所するのは難しい症状であったため、薬剤調整と施設の打診を並行して行うため入院となりました。

入院時、妻は嗚咽で言葉を詰まらせながら私にこう話してくれました。

「本当に毎日の介護が大変で、思うようにいかなくて、たくさんの酷い言葉を本人にかけてしまったと思います。
子どもたちに迷惑もかけられないし、誰を頼ったらいいか分からなくて、、
家で看てあげられなくて本人には本当に申し訳ないけれど、どうにかなっちゃいそうだったから、、」

「今まで十分すぎるほど頑張られましたよ。一旦、旦那さんのことは我々に任せてください。」

涙をふきながら奥様はゆっくりと頷かれました。
これで介護に押しつぶされそうな日々から解放されてゆっくりと心に余裕を持って過ごしてくれたらいいなと思い、背中を見送りました。



入院後数日して、突然奥様から私に電話がありました。

「先生、、、助けてください!
主人が入院してから私、どうしていいか分からなくなっちゃって。
何をしていても落ち着かないし。
なんだかもう、、このまま飛び降りてしまいそうです。」

朝出勤してすぐの電話でした。
唐突の内容に、医師の私でさえも戸惑いました。
すぐに気持ちを持ち直して、私はこう伝えました。

「今から病院に来れますか?
私がお話を聞くから大丈夫。
ゆっくり落ち着いて私に会いに来て欲しいんです。」

その後病院に受診していただき、強い抑うつ状態であったため精神科医の診察を依頼して、入院を勧めました。

私は自分の認識の甘さを痛感しました。
【認知症を診る】というのは、患者さんご本人のみを診ることに留まらないんだ、と気が付きました。

認知症という疾患は、その人の人生のみならずそれを支える人の人生にも大きな影響を与える。
患者本人の診療と同じくらい、それを支える人のサポートをしないと”認知症を診る”ことはできない。

奥様は、【空の巣症候群】という抑うつ状態になっていました。
自宅で自分の全てを夫の介護に充ててきたため、ふいに夫が入院し手を離れたことでとてつもない空虚感が襲ったのです。

クラッシュシンドロームという病態をご存じですか?
震災などで瓦礫の下で長い時間足を挟まれていたとき、その瓦礫の圧を一気に取り除くと溜まっていた物質が血流再開とともに急に心臓に戻ることで致死的な不整脈を引き起こす、というものです。

介護という圧はこれに近いものがある、と感じました。
知らず知らず重く永くのしかかっていた”介護”という圧を、一気に取り去ると家族に予期せぬ心理的ストレスがかかることもある。

そこまでの重圧に永い間さらしてはいけない、と強く思いました。

そして、重圧に耐える介護者は、押しつぶされていることに自分で気が付いていないことが多いということも現場でよく感じます。

ケース② 「このままでは事件を起こしてしまいそうです」認知症の両親を抱えた息子からの悲痛の叫び

両親と息子さんの3人暮らし。
要介護の認知症のお父様を、日中はお母様が介護していました。

そのうち、だんだんとお母様の様子もおかしくなったと息子さんは語ってくれました。

「なんだか両親2人を家に残して仕事に行くのがだんだん不安になってきたんです。
そこで、僕が外出するときには外から南京錠をかけて仕事に行くようになりました。
けれど、そうやって閉じ込めるようになってから一気に母親の認知症が進行したんだと今になって思います。
母には申し訳ないけれど、あのときはそうするしかなかった、、」

認知症のお父様の介護をしていたはずのお母様にも認知症の症状が出現し始めたのです。
仕事に行かなきゃならない中で、認知症の両親を残して外出することに不安を感じた息子さんは、二人を家の中に閉じ込めるしかないと追いつめられていました。

認知症の進行とともに、説明をしても分かってもらえないイライラや行動を制止すると反抗されるようになり、両親へ手を上げてしまったと自ら役所へSOSを出しました。

役所からは”虐待ケース”として私のところへ入院相談となりました。

入院されたお母様の認知機能の低下は重度で、会話もままならない状態でした。少なくとも、働きながら見守ることは難しい病態でした。

入院後しばらくして施設入所が決まったときに息子さんは私にこう言葉をかけてくれました。

「先生には本当に感謝しています。
あの時、入院できなかったら僕は母をどうしてしまっていたか自分でも怖いです。
本当にありがとうございました。」

あなたの思い込む当たり前は、当たり前じゃない

【介護者のサポートが足りない】

こう痛感したエピソードは他にも数えきれないくらいあります。
今も日々受ける入院相談の中には、「こうなる前に介入できなかっただろうか」と考えさせられるケースがたくさんあります。

(いつまでも門戸を広げた受け身のままでいいのか、、?)

私の中でこの想いが膨らんでいきました。

一般的な介護の話は介護者のみなさんは一度はどこかで見聞きしたことがあると思います。
けれど、正直なところどれもどこか綺麗ごとな気がするのは私だけでしょうか?

(認知症の世界はそんなに綺麗じゃない。)

  • どこにも行き場のない認知症の徘徊高齢者

  • 一旦は入所した施設で、看続けることが難しいと追い出されるケース

  • 認知症と診断後、どこからか湧いて出た知人にどうやら定期的にお金を渡しているらしい

  • 排泄物を認識できず、不快感から触れてしまい清潔が保てない

  • 入院・入所した後、家族と音信不通になる

こういった泥臭い現実があるのです。
私は、綺麗事ではなく泥臭いことから目を背けずに、介護者の本当の声を出せる世界になって欲しいと思っています。
介護者が自分の人生を犠牲にして介護をする社会はおかしいと思っています。

けれど介護の海から沼から抜け出せないから、だから悲惨な事件が起こったり、音信不通になるしかなかったんだと思う。

介護されている方は口を揃えて言います。

「不謹慎だけど、事件を起こしてしまった家族の気持ちが分かります。
明日は我が身だなと思う。」

誰も悪くないのに、こんなにも関わるみんなが傷つく介護の世界は悲しいと感じます。

私の経験、知識、行動力、持っているもので、介護の沼にいる方へ発信し、対話して、”もっと広い視野”と”たくさんの選択肢”を見せてあげたい。
「あなたの思い込みの当たり前は、当たり前じゃないよ」と伝えてあげたい。

【介護で潰れない社会】

それが、私の目指す未来です。
そのために始めたのが、この【認知症診療医による介護者相談】です。

もし、あなたが今、たった一人でその重圧に耐えているのなら。
あなたが抱えるモヤモヤを、是非私に話してくれませんか?

私の相談の強みは
・相談者のモヤモヤした気持ちを言語化しクリアにする
・継続して伴走し、いつでも専門家の後ろ盾がある安心感を得られる
・現役の認知症診療医という専門性の高さ

家族の関係性、その方の軌跡、家族が大切にしたいことなど相談の背景までよく伺って個別のアドバイスをさせていただいています。

この記事をお読みいただいて私の想いに共感してくれたなら、次に↓以下の記事を読んでみてください。
家族介護者の揺れる想いや、そこに対話しながら伴走する私の唯一無二のストーリーになっています。

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