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原爆忌8.9スタンディング;多声的空間で「平和」を考える

1.被爆者を睨みつける理由

2回の原爆投下が行われた81年前を思い、人々があらたに「平和」への声を
つよくする中、世界では戦争の止む気配がない。

昨日、ReHacQで辻田真佐憲が、この8月は日本の国民的「物語」になって
おり、戦争ジャーナリズムが主導し、人々はそれを消費し終わってしまっている
というような主旨のことを言っていた。
とにかく「辛かった、大変だった」というばかりで、原因が冷静に分析されていないんじゃないか、と。

原因が分析されることは言うまでもなく必要だ。
しかし、戦争体験者が語る「実相」を、戦争を知らない自分たちが、想像力
で補おうとしても限界が感じられ、焦りがある。
noteでも同じようなことを書いている人たちがたくさんいた。

特に、「非核3原則」に国のトップが手をかけようとしている現在、戦争を実体験をした人々の声を丹念に聞き取ることは大切である。
だが、広島でも長崎でも、平和を訴える被爆者に対する首相の態度には、
隠そうとしても隠しきれない冷ややかなものが滲み出ていた。
端的に、戦争のできる国づくりへの舵切り、に対する障害と思っているの
だろう。
カメラが回っていないとでも思い油断したのか、被爆者を睨みつけるようすが映っていて、非難の声が上がった。

2.広島、長崎、そしてイラン

非核三原則の見直しが進められた延長には、日本が、原子力潜水艦を保有
する可能性
が出てくる。

小泉防衛大臣や防衛大臣経験者の木原官房長官は、記者会見で、自衛隊への原子力潜水艦導入の可能性を問われると、「あらゆる選択肢を排除しない」と答えるのが常になった。

ただその寄港地の選定には困難が伴うこと、製造には途方もないコストが
かかる
ことが考えられる。
候補地として可能性のある以下の場所や、他の場所を決定したとしても、
混乱は常につきまとう。

横須賀は、アメリカ海軍の原子力空母の寄港実績があり、核管理のノウハウが一定程度、存在する。
しかし、同地は首都圏にある超人口密集地のため、万が一事故が起きた時の影響が甚大だと考えられる。

は、日本最大の潜水艦拠点であり、整備・人員教育の蓄積がある。
一方で、被爆地の広島に近く、住民の心理的抵抗感が強い。

佐世保は、東シナ海に近く、「戦略的な立地」としては最適と見なされる。
ただ、すでにアメリカ海軍と海上自衛隊で飽和状態になっており、被爆地・長崎に近いという政治的な課題もある。

原潜1隻の配備は、町に1基の原発が来るのと同じだ」。
この論理は、福島第一原発の事故を経験した国民にとって、極めて強い説得力を持つ。

他にも課題は多い。
たとえば、冷水漏れや事故の噂だけで、地元の水産業は「風評被害」という
壊滅的な打撃を受ける。
さらに、寿命を迎えた原潜の原子炉をどこで解体し「核のゴミ」をどこに
捨てるのか
という問題もある。

だが、そうであるからこそ、国民は監視の目を光らせ、「反対」の声を上げねばならない。
そこに軍拡抑止の契機もある。

原潜の導入には、設計から配備まで最低でも15年から20年の時間がかかる。その間、日本の政府・与党は「数年ごとの選挙」という荒波を乗り越えなければならない。

仮に配備予定地の知事選挙や市長選挙で「原潜反対」を掲げる候補が当選すれば、その時点でプロジェクトは数年間、凍結される。
国政では、左派系野党が、原潜の導入・配備を「平和憲法への挑戦」
「核武装への布石」として最大の攻撃材料にするだろう。※

首相が被爆者を睨みつけていた裏で、国民に知らされないまま、このような計画がすでに進行中と推測される。
惻隠の情など持ち合わせず、むしろ核への人間的反対感情を現内閣にとっての「荒波」と見なしている、ということだ。


門ひろ子議員が、デモを「ごっこ遊び」と切り捨てた後、国会前のデモに
参加した森田冨美子さん
の存在が、ニュースで取り上げられていたのを
見た人は多いだろう。
8月6日の広島原爆忌に、森田さんは、江戸川区のキャンドルデモにおいて
人生で初めて直接の被爆経験を語っている。
森田さん自身は、香焼島(長崎県)の軍需工場で働いていた16歳の時に
被爆をした。

これまで色々な被爆体験者の話を聞いたが、森田さんの回想には、ことばを
失ってしまった。
自分以外の家族を、身体がかたちをとどめないような状態で、目の前で失くしたこと、そのすすと血を混ぜて掌にこすりつけ、自分の中に残そうとした話は、壮絶でありつつこれ以上人間らしい行為はないと思われた。

そうして、「アメリカではなく、政治家に対して憎しみがある」という意見も傾聴すべきものと感じられた。


8月6日に広島で行われた原爆記念式典には、アメリカのミサイル攻撃により
イランの小学校で学んでいた子どもを亡くした両親も参加していた。
7歳のマカン君が、他の子どもたちと違うのは「遺体が見つからなかった」ことである。
現場には彼の靴だけが残されていた。
他人が聞いても、どれだけ非道な話かと震えがくるほどだが、遺体の消えた
わが子に対する両親の気持ち
は、想像を絶する。

自分が、デモに参加するようになったきっかけの一つも、この攻撃が許せなかったことによる。
何より、この小学校にミサイル(トマホーク)攻撃を行ったのが、横須賀
から出撃したアメリカの軍艦だと知った
から。

両親は、広島の子どもたちと交流し、彼らを見るといなくなったわが子を
思い出し、寂しくなるが、この日本人の子どもたちが将来戦争のない世界を
つくっていくことに期待すると語った。
これから、世界を回り、アメリカが行った攻撃がAIでつくられたフェイクでなく事実であることを訴えていくという。

イランは、親日国家だが、あまりに日本に優しい気がする。
非武装の民間人に、人体が形跡をとどめないほどの殺戮方法を、繰り返し
行っているアメリカは、第二次大戦中とまったく変わっていない。

3.アメリカと原爆とキリスト教

ずっと心に引っ掛かっていたことがあった。

高校生の時、修学旅行で長崎県に行き、キリスト教の歴史における聖地を
踏めたのは貴重な体験だった。
主として隠れキリシタンの歴史について学んだが、第二次大戦中、なぜそこにキリスト教国であるアメリカが原子爆弾を「落とし得たのか」?
については、話がなかったと記憶している。

教会へ規則的に通っているクリスチャンではないが、これほど重大なことを看過できるわけもないと感じており、今回それについてnoteを書いた。

2回の原爆忌が行われた先週は、関連するnoteをたくさん読んだ。
その中に、当該の問題に触れている文章があった。
Kohさんという方が、爆心地となった浦上天主堂とそれが取り壊された経緯
について書かれている。

「占領期には原爆被害への報道統制が敷かれ、戦後には浦上天主堂の廃墟が失われた。そこには、原爆が人間に何をしたのかを直視させまいとする何らかの力が、時代や形を変えながら働いてきたのではないかという疑いが
残る」。

自分が感動したのは、おそらくクリスチャンではないKohさんが、長い迫害に耐えて信仰を守った末、キリスト教国アメリカから原爆を投下された信者と自分事のように痛みを共有し、彼らに詫びている態度だ。

決定的な証拠がなくても、アメリカからの圧力がかかり、世界へ、特に世界のキリスト教徒へ、事実が知らされづらくなったことは想像にかたくない。

何より、アメリカが「カトリック」でなく「プロテスタント」国であった
こと、日本が白人のキリスト教国でなかったことも大きく関係している

だろう。

やはり、これは日本のキリスト教徒自身が声を上げねばならない問題で
ある
、と再認識する機会となった。

4.プラカードまで3cm

8月9日は、夕方noteを投稿した後、タスクを済ませると予定より家を出る
のが遅くなったため、先週参加した大きな駅には行かず、過去2回一人
サイレントスタンディングを行った小さな私鉄駅で立つことに決めた。

この日、良かったことは二つ。
いつも立っている大きな駅に比べると、通行人の量はそこまで多くないにも
かかわらず、若者の反応がよかったこと。
前々回の一人サイレントスタンディングに続いて、またも飛び入りの同志
が現れた
ことである。

(1)共有される空気
18時45分にスタンディングを開始。
この駅の良いところは、小さいのでポジショニングに迷わないこと、そして
比較的新しく瀟洒な作りであることのおかげか、絡んでくるような人が
歩いていないこと。

先々週一人で立った二か所は、どちらもJR駅で、元々一人スタンディング
している人を見かけたことがなく、手ごたえが得づらかった。
だが、自分にとって3回目になるこの私鉄駅頭はなじみがよく、気がつくと肩の力が抜けていた。

地元の特徴として、人の気質が淡々としていることが挙げられる。
そして、声出しをしないため、複数でもそうだが、一人だとより目をつけ
られづらいのか右翼のような連中には会った記憶がない。

立ってすぐに、小さい反応がいくつかあった。
軽く会釈をして過ぎる人。
カップルの女性の方が手を振ってくれる。
3人組の浴衣を着た姐さんたちのうち、一人が、巾着(この言い方で
合ってる?)から小さいペンライトを出して振ってくれた!
全員でないのがリアルというか、ささやかな連帯に励まされる。
その後、遠くの方で花火が上がる音が聞こえ、夏真っ盛りの風情が漂う。

ただ、花火には死者への鎮魂の意味がある。
今日は8月9日…

この日、いちばん印象深かったのは、大学生くらいの若者4人組が、こちらに向かい真っすぐに歩いてきて、プラカードに顔を近づけメッセージを読むと、お互い顔を見合わせ、黙って去っていったこと。
プラカードまで3㎝くらい。
じーっと見ていた。

デモに関するnoteもたくさん読むが、東京でも他の地域でもスタンディング
中、通行人(多くの若者を含む)の反応がよくなってきているのがわかる。
草の根運動が、少しずつでも日本全国で実を結んでいるようだ。

上述した若者の「無言」の反応は、何かを言うより切迫感があり、戦争への
危機をはらむ空気が確実に「共有」されているのだと感じられる。

(2)あたらしい同志が増えた!
スタンディングが後半に差し掛かったころ、一人の女性が足早に歩いてきて
己のプラカードを読み、「撮ってもいいですか?」と聞いた。
顔を隠して「どうぞ」と答える。
すると今度は、「一緒に立ってもいいですか?」と言った。

よろこびがこみ上げる!

「もちろんです」と答え、並んで立つのではなく「分散」しましょう、と
話して、お互い向かい側に立つことにした。
大学生くらいの年齢か?
おそらく今年デモデビューした同期と思われるが、ニコニコしながら
プラカードを出すと、こなれた身のこなしで立った。
話を聞くと、己が参加するのを取りやめた大きい駅でのスタンディング
を終え、通りかかったとのこと。

「一人スタンディング」の告知をデモカレンダーに載せたことはない。
どのような形式で行うか決めるのが、直前になることが多く、臨機応変に
しているためだが、無告知なのに、最近はよく同志の飛び入りに出会う。

本当にこのような形式が効いているのか?
憲法が変えられるのに間に合うのか?
もっとよい方法があるのではないか?
と葛藤は常にある。

だが、知り合いでも何でもない人が、同じ時期に同じことを考え、同じような行動に出ていることを知り、湧き上がるような力をもらう!!

20分ほど一緒に立った後、終了を告げ、また少し話をした。
あちらの駅では、通行人の量がものすごいが、認知度も高いので
今日も「応援してます!」などと言われたそうだ。

自分は、ここで立つのが3回目で、この場所は一人スタンディングに向いていると話すと、少し驚きながら「そういえば、できそうですね」と辺りを
見回していた。
そのうち、この人もここで立つようになるかもしれない。
そして、この駅からほど近い駅でも、また新しいスタンディングが始まる
と教えてもらった!
「デモカレンダーで確認してください」と。

最後に「今日は一人だと思っていたので本当にうれしかったです!
と挨拶し、名前も連絡先も聞かない地元の流儀で、淡々と別れて行った。

5.護憲派野党との連帯をつよめよう!

最新の政党支持率調査によると、何と、野党の中で日本共産党がトップ
立った!!
戦争の記憶を喚起させる8月に国民の厭戦感が高まっていると想像される。

信頼感の強い護憲の野党が、維新、国民、参政、公明、みらい、保守などの
改憲派を抜いたことは本当に喜ばしい。

護憲派野党の中でも、前々回書いたように、日本共産党は従米からの脱却を
いちばんに訴えており
国際性があること支持者以外の意見にも広く耳を
傾ける姿勢
(たむともさんのストリート対話!)が高く評価できる。

デモなどで、戦争反対を訴えていると「この共産党が!」と罵倒される
いう話をよく聞くけれど、自分はこれまで「共産党支持者」だったことは
なく、これからも基本的には無党派だ。

いのちの党の伊勢崎賢治さんは、政治家になる前から国際的な交渉ごとに
多く当たってきており(知力と経験!)、国会質問を聞いていると、現役の大臣より能力が高いと理解される。
東京外国語大学の教員だったのに、「中立性を捨てる」と言って政治の世界
に飛び込んだ。

まさに「投企」の人。
伊勢崎さんレベルの政治家がもっと増えれば、日本の凋落に歯止めがかかるのにと思う。

また海保とくまさんは、衆院選では落選したが、その翌日から街頭に立って道行く人々に話しかける朝活を続けている。
支持者以外とも積極的に交流しようとする姿勢は◎
理系なのもつよみで、同時に人文的教養もあり、勉強熱心なので、時間が
かかっても是非国会に行ってほしい。
noteを始める前、海保さんの自己紹介を読んで好印象を持った。
家庭での苦労(母親に頼れず父親は早世)も、自分と共通点があり、応援
したい気持ちになったのだった。

デモが、変わらず訴え続けていくのは、無党派中の「政治に無関心な人に
対して」である。
無関心な人はいても無関係な人はいない!
デモ参加は、明後日を予定しているので、明日は、もしできれば別種の記事を書こうと思う。


※「イランへの先制攻撃で世界は『ジャングル化』…日本が急ぐ『原子力
潜水艦』導入の全内幕

原潜基地が配備される有名都市の名前…わが町に核が持ち込まれる途方もない政治的コスト」(現代ビジネス2026.3.24 増田剛 を編集)

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