男性性のケアが女性性開花より重要な理由
いきなりだけど
男性性の不安は未来や世間体から来るからスルーでOK。
女性性の傷は過去の体験が元だから丁寧に癒す必要がある。
っていうようなポスト見かけたんだけど、めっちゃ違和感。
っていうか、そもそもね、男性性過多魂と女性性過多魂で、そのとらえ方に差があるんだよね。
だから、男性性・女性性の絶対的な定義ってなくて、
どっちが過多になってるかで、見方って全然違ってくるっていうのは大前提なんだけど。
おそらくだけど、こういう発言をする人は女性性が優位、もしくは過多な魂だと感じる。
表向きは、“女性性の解放”とか“女神としての目覚め”とか謳ってるけど、
根底では、根深い男性不信と女性蔑視がある。
例えば、
“女性の価値を決めるのは男性、女性は男性から搾取されてるか弱い存在”
とか
“男性が女性を支配してる、世界を牛耳ってる”
みたいな価値観がある。
だから
女性性vs男性性
っていう古い二項対立の構図で捉えてて
女性性>男性性
みたいな発想の仕方になってる。
っていうか、そもそも女性性と男性性って融合してるから、厳密には分けられないんだけどさ。
私は、インナーチャイルドが傷ついていると
“女性性は満たされない娼婦となり、男性性は報われない社畜となる”
って思ってるんだけど、
それも、娼婦の皮をかぶった社畜であり、社畜マインドを持った娼婦なんだよね。根っこは同じなんよ。
で、これはあくまでも私個人のとらえ方なんだけど
過去も未来も、今この瞬間に存在していない時点で、それって全部男性性なんだよね。
というか、私はそもそも女性性は傷つかないと思ってる。
女性性の本質って、ただ単に今ここの豊かさを味わうことだから。
女性性の性質は、子どもや動物と同じ。
子どもや動物が
自分は存在していいのか
自分は生きていていいのか
疑問を持たないのと同じように、
女性性は、ただ咲くだけ。ただ今この瞬間の豊かさを味わうだけ。
って、前の記事にも書いたんだけど、
だからさ、ケアすべきは男性性なんだよね。
女性性は、ほっといても女性性だから。
けど、男性性は、傷を放置していても回復はしない。
人生に絶望して希死念慮を抱くのも、
愛として生きる喜びに目覚めるのも、ぜんぶ男性性の分野。
正確に言うと、女性性と断絶されているか、
女性性の素晴らしさに目覚めているか、
ってだけなんだけど。
だから、タイトルの
男性性のケアが女性性開花より重要な理由
っていうのも、厳密に言うと正しくなくて
男性性の傷が癒えるにつれて、女性性が自然と開いていくんだよね。
なんだ、頑張る必要なかったんだ
ただ、在るがままでよかったんだ
っていう気づきとともに、女性性が勝手にゆるんでほぐれていくから。
だから、誰がどんな定義をしようと自由なんだけど、
男性性を軽んじるような考え方は、私はどうしても違和感を持ってしまう。
つまりさ、現実のパートナーシップと同じなんよ。
女性性あっての男性性。
男性性あっての女性性。
どちらが欠けても、私たちは成立し得ない。
結局さ、男性性(相手)を否定することは、女性性(自分)を否定することと同じなんだよね。
大事なのは、どっちも抱きしめること。
自分の価値を高めるために、相手を否定しない。相手の価値を貶めない。
違いがあるからこそ尊重しあえるし、補い合えると、その認識を書き換えること。
それが、風の時代のあるべき性の姿だと思ってる。
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