男性性の本音に迫ってみてわかったこと
世界一愛する女の快を全力で追い求め与えることこそ、イイ“男”の条件であり、“男”としての悦びなのだ。
前回の記事を書いて読み返したら、
どうも心がざらつく。
それはなぜか、深堀りしてみた。
そこで聞こえてきたのは、男性性の“本音”。
女の幸せを追求するなんてつまらない
もっとパーッと派手なことがしたい
そして、人からの賞賛を浴びたい
たくさんの人から持て囃されたい
チヤホヤされたい
モテたい
これは私個人というより、
古くから続く、男性の集合意識のようだった。
もともとモラハラだった私の男性性
言ってしまえば
コツコツと積み上げていくのが好きな
“ドM”体質。
耐えて耐えて、やっとの思いで獲得する。
努力した先で、ドカンと大きなリターンをゲットする。
そこで、男性性は満足感を得る。
やー、大変だったしさ、
すごい苦労したんだけどサ。
俺ってスゴイだろ?
俺って優秀な人間だろ?
俺に惚れてもいいんだぜ。
みたいな。
…自分で書いててもウザいくらいなんだけど、
私の男性性の根っこには、こんなマインドがずっと存在していた。
ただ、女性性とはぐれると
男性性は、報われない社畜にしかならない。
だから私は、ずっと満たされなかった。
どれだけ目標を達成しても
思ったよりも成果が出たとしても
満たされるのはほんの一瞬。
気づいたら
“ここが足りない”
“もっと認められたい”
がムクムクと湧いてきて
『報われない俺』
をアイデンティティにして
自己憐憫まじりの自己研鑽に励んでいた。
派手なことをして賞賛されたい男からすると
女の幸せを追求することは、つまらないのだ。
そんな地味でちまちましたことやってられるか。
俺は、もっとパーッと、派手で
誰の目から見ても明らかに
“すごいね”
“素敵だね”
“かっこいいね”
って言われることを成し遂げたいんだよ
それが、男の本音なのだ。
けどね、
それって、女性性とはぐれてるからなんだよね。
女性性と離れ離れになってると、
派手なことをして認められたい男
それでいて
中身は空洞のままで永遠に満たされない男
になってしまうの。
本当に心の底から満たされて
自分でいることに“赦し”が起きるのは
女性性の願いを叶えたとき。
“生まれてきてよかった”
のカタルシスが起きるのは、
大きなことを成し遂げることでもなく
他者からの賞賛でもなく
ただ、自分の中の女性性を満たしたとき。
女性性の地味でちまちました願いを叶えたとき。
そこではじめて
“このままの自分でいてもいいんだ”
っていう、自分との和解が起きて、
今の自分で、幸せになる道を堂々と選択していけるようになる。
人から愛されることも
無理なく、自然な形で人を愛することも
できるようになる。
世界一愛する女の快を全力で追い求め与えることが
ダサい
カッコ悪い
つまらない
のは、自分(女性性)の力を見くびっているから。
女の、
嬉しい♡
楽しい♡
幸せ♡
が、男としての満たされなさを真の意味で埋めてくれると、まだ知らないから。
ただ与えるだけじゃない。
与えるだけで、愛を受け取っている。
それも、男が本当に欲しかった愛を。
いつもありがとう
だーい好き☺️💕
これからも仲良しでいようね
を、女性性からもらうことで、それが本当の自分を生きる活力になることを、まだ知らないから。
【追記】
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