ポテトチップスと愛
──記憶の奥に、静かに溢れていたもの
昨夜、ひとりでポテトチップスを食べていた。
日付が変わる少し前の、静かな時間だった。
ただそれだけのはずなのに、急に一つの場面が脳裏に蘇ってきた。
スーパーのお菓子売り場。
小さな私が、ポテトチップスを手に取っている映像。
その場面が、まるで今そこにいるかのような感覚で立ち上がった。
その瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。
あれは、愛だった。
そう、はっきりわかった。
私は長いあいだ、子どもの頃の記憶のほとんどを失っていた。
思い出せなかったというより、思い出さないようにして生きてきた。
当時は、感じてしまうと壊れてしまいそうだった。
だから、感情にふたをしていた。
ふたをすれば、記憶ごと見えなくなる。
それが、私の生存戦略だった。
でも今は違う。
神経言語プログラミング(NLP)を学びはじめて9年。
最初は「変化を起こすための技術」だったこの学びが、
いまでは私の“生きる前提”そのものになっている。
知識として学んだだけでは見えなかったものが、
暮らしの中のふとした瞬間に、まるで波のように押し寄せてくるようになった。
それは、記憶の“内容”が戻るというより、
一枚の映像のような場面が、ある日突然立ち上がってくる感覚。
光や空気感、匂い、体の感覚とともに、あのときの世界が「今ここ」にやってくる。
そして、その中に含まれていた “想い” が、初めて、私に届く。
言葉にされなかった気持ち。
不器用だけど確かにそこにあった関わり。
うまく伝えられなかった愛情。
そういうものが、今になって、ようやく私の感受性に届いてきたのだ。
ポテトチップスの袋を開けたときに蘇った、あの記憶。
それは、ただの思い出ではなかった。
あのとき、大人たちは大人たちの精一杯で私と関わっていた。
きっと、足りなかったこともたくさんあったけれど、
それでもそこには確かに「私を守ろうとした気持ち」が含まれていた。
私は、長い間それを受け取れなかった。
まだ、痛みの方が大きすぎたから。
でも今は違う。
何かが新しく与えられたわけじゃない。
ただ、前からそこにあったものが、ようやく私の目に届くようになっただけなんだ。
過去が変わったわけではない。
でも、私の知覚が変わったことで、同じ出来事の“別の層”が見えるようになった。
過去の記憶は、今の私にとっての「新しい出会い」になっている。
今、私は暮らしの中でふとした瞬間に、
あれも、これも、全部が愛だったのだと気づくことがある。
誰かの仕草、かけられた言葉、何気なく過ぎた時間。
それらが、ただの出来事ではなく、確かに愛の現れだったのだと感じる。
泣きそうになるくらい、静かで、あたたかい。
世界は変わっていない。
ただ、私がようやく、そこに触れられる場所まで来ることができた。
そして今、この静かな喜びとともに生きている。
▼前編はこちら
著者プロフィール:
Effica株式会社 代表取締役
全米NLP協会認定トレーナー
柳下早紀
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